第21話 4人の侵入者

直ぐにでもホテルに移ってしまおうかと思ったが、危険なのは夜だけかもしれない。

この家には2階に隠し部屋がある、そこで夜を過ごせば大丈夫だろうと思い留まった。


今は手元の持ち合わせが少ない。

銀行でお金も出して、トランクの荷物整理もしておきたい。


裏門から出て商店街に行きパンと果物など食品を買っているとアスラン様に会った。


「戻ってきたのですね。男爵の元には戻らないのですか」


「ええ、お手紙に書いた通りよ。できれば護衛を雇いたいのですが」


「知り合いに声を掛けますが、すぐには手配できません」


「では明日にでもホテルに移動します。一つ星ホテルの予定よ」


「それがいいですね。俺から連絡します」


丁寧にお礼を言ってアスラン様とお別れした。

彼に気にかけて貰っているのがとても嬉しい。


家に戻って裏門の鍵もしっかりと掛けて、家じゅうの戸締りを見直した。

夜になって2階の寝室に行きランプに灯を付け、窓から外を見ても怪しい気配はなく、胸を撫でおろしてクローゼットの中に入った。

奥の壁が扉になっていて隠し部屋になっている。


お婆様の遺品が並ぶ部屋のカウチで寝ようとしたが、窓が無いから暑い。

「一晩だけの辛抱よ。明日は快適なホテルだわ」


1階で ボーン ボーン と21時を知らせる音が小さく聞こえた。

いつも警備隊が巡回してくれる時間だ。


濡れタオルを頭に乗せてウトウトしていると カチャッ と音がした。


耳を澄ませると「いないぞ」と男の声がした。

(侵入者だわ)

心臓がバクバクと音を立てて体が震える。


「ボブ!戻っていると言ったじゃないか」

その声は間違いなく、ナタリーの婚約者ヘンリーの声だった。


「2階で灯が付いたんだ絶対にいるよ」

「どこかに隠れているのよ。探しましょう!」


セシリー・・・・・どこまでも屑ね。声から侵入者は4人。

宝石を換金してでもお金を用意してすぐにホテルに行くべきだった。


「くっそ、別荘に来ればこんな面倒な事しないで済んだのに」

「あの女、メチャメチャにしてやってよ!」


「お前らは1階を探せ。俺とセシリーは2階だ」


セシリーとヘンリーが繋がっていたなんて、ナタリーは知っていたのかしら。


前回、セシリーが気弱な伯爵令息を掴まえたのはヘンリーが手伝ったのかもしれない。

冷汗がにじみ出て体が冷える。震えが止まらない。


別荘に誘ったナタリーも共犯なのだろうか。

前回別荘ではクロードがいたので守ってもらえた。

ずっと傍にいて、男たちの視線から守ってくれた。


(クロード、クロード …助けて)


彼が来てくれるはずがない。だって今回は何度も拒否したんだもの。

冷たく素っ気ない対応で、優しい彼を傷つけた。

ごめんなさい、罰が当たったのね。


「なんかこの家って金目の物が少ないわね~しみったれてるわ」

ぶつぶつ言いながらセシリーは花瓶など陶器をバリン バリンと割って歩いている。


ガチャッ とクローゼットが開けられた。

私は飾ってあった銀のナイフを手に、もし見つかれば刺してやろうと構えていた。


「ここにもいないか・・・クレアちゃ~ん どこかな~」

「服もダサイのばっかりね」そう言ってクローゼットから二人は離れた。



「ほぅ」と息を吐いて冷静になれと自分に言い聞かせる。

ここに隠れていれば見つかる可能性は低い。

彼らが諦めるのを待てばいい、私が一つ星ホテルに居なければアスラン様が不審に思ってここに来てくれるわ。


ただアスラン様がいつ訪ねてくれるか分からない。

漠然と約束を交わしただけだ。

この暑さ、窓もないこの部屋で長時間耐えられるだろうか。


逃げ出すとすれば、警備隊はもう1度巡回に来るはずだ。

25時頃に2階の窓を割って助けを叫べば気づいてくれるかもしれない。


きっとアスラン様が助けてくれる。



じっと息を凝らしていると「た、大変だ火が付いた!!」1階から駆け上がってきた男が叫んでいる。


「馬鹿が、何をやってるんだよ!」


「ランプが落ちて火が燃え移ったんだ、ボブが消してる」


「きゃははは クレア~ あんたの家燃えちゃうよ。出て来なさいよぉ!」


「何をやってるんだ! セシリー行くぞ」


「ええ~~ もう面倒ね~」


「ボブ、消えたか?」


「わぁああ、なんでこんな火の回りが早いんだよ!」

大騒ぎしながら3人は階段を下りて行った。



火事だなんて冗談じゃないわ。絶対消しなさいよ!

お婆様とクロードとの思い出の家よ。

セシリー達のせいで、失うなんて許さない!


ずっと耳を澄ませていたが、連中が2階に戻る気配は無かった。

(罠かしら)クローゼットの前にいるかもしれない。


ナイフを胸に恐る恐るクローゼットから出ると煙が階段を伝って2階まで上がっていた。


「嘘・・・消せなかったの?」


階段に行くと既に階下は火が回って下りられそうになかった。


貴重品を入れた鞄を窓から投げて身を乗り出したが飛び降りる勇気が出ない。



「クレア!」


階段下から声が聞こえた。


「2階よ! 下りられないの、逃げて~」


膝がガクガクしたが、窓から身を乗り出し飛び降りようとした刹那────


後ろから引き寄せられて力強く抱きしめられた。

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