第22話 さようならクロード
水を被ってここまで上がってきたのだろうその体はびしょ濡れだった。
「大丈夫か? 怪我は?」
「あ・・あ・・・アスラン様」涙が溢れて、なりふり構わず彼に抱き着いた。
(来てくれた)
「しっかり掴まっているんだ。目を閉じて」
私を抱きかかえるとアスラン様は2階から飛び降りた。
着地しても抱かれたまま、燃える屋敷から離れてもう一度「大丈夫か?」と聞かれた。
「はい だいじょうぶです」
「良かった」そう言ってアスラン様は座り込んだ。
彼にしがみ付いたまま燃えるお婆様のかくれんぼ屋敷を見ていた。
「思い出が全部消えていく」
思い出の中にはクロードもいた。
「さようならクロード」
プツ────ンと何かが切れて私の意識は遠ざかっていった。
***
「クレア! 気が付いたかい」
目が覚めるとベッドの上で、傍にはお父様とミハイルがいた。
「私が悪かった、こんなことになって本当に済まない」
体を起こして「セシリーとヘンリーが!」と私は叫んだ。
「ああ、犯人は捕まった。セシリーも捕まった。すまない」
巡回している警備隊の二人が通り過ぎてセシリー達は家の窓ガラスを割って侵入し、私に乱暴しようとした。
だがそこで火事を起こしてしまって、逃げている途中に巡回していた警備隊の二人に見つかって足止めされたのだ。
ヘンリーは伯爵令息に対して無礼だと怒ったがどうも様子がおかしいので連行しようとすると4人は逃げ出し、セシリーはすぐに捕まって全て自供した。
平民の自分では分が悪いと思ったのか、すぐにヘンリーの名前を吐いたそうだ。
「クレア、家に戻っておいで。父上はとても後悔しているよ」
ミハイルが私の手を取って指先にキスをした。
「僕と結婚しよう。クレアを大切にするよ。幸せにするから」
「ミル兄さんごめんなさい。私は・・・好きな人がいるの」
ミハイルのことは大好きだ。でも結婚できない。
私は2回も流産させられた────マックスさんに毒を盛られて。
マックスさんはクロードを選んだ私を憎んでいた。
最愛の息子が命を落としたのは父と私のせいだと恨んでいた。
いつもにこやかな彼の裏の顔は残酷だった。
今の彼には関係ないかもしれない。それでもあの時の傷は消せない。
私は二人も子どもを失ったのだ。
マックスさんと一緒にお店を守ることなんて出来ない。
「クレアや、そのお相手は誰なんだ?好きならその人と結婚すればいいじゃないか」
「身分が違い過ぎるの」
「はぁ~ 嘘なんだろう? うちに戻ってくれるだけでいいんだよ」
「いいえ、本当です」
嘘なんかじゃない私はアスラン様が好きだ。
もうずっと前から惹かれていた。
「それなら誰なのか教えて欲しい。そうすれば僕も諦めがつく」
私が黙り込んだので嘘だと思ったのだろう。もう一度ミハイルは私の手にキスをした。
「それは俺だと思います!」
突然の声に二人は振り返った。
杖をついたアスラン様が立っており、足に包帯を巻いている。
着地の衝撃で痛めたのだわ。
「アスラン様、ケガをされたのね、ごめんなさい」
「いや、大したことないんだ、こんなの大袈裟なんだ」
「貴方は娘を救ってくれた方ですね。有難うございました」
「君がクレアの想い人だって?」
「はい、俺がクレア嬢の・・・こ、恋人です」
え、いつの間に恋人になったの? 告白すらされてないけど?
「コホン」と咳払いして「その手を放して頂きたい」とミハイルを睨んだ。
「身分違いってどういうことだ。警備隊員なんだろう?」
「俺はローラング侯爵家の次男なんです。クレア嬢はそれを気にしているんだ」
「クレア 本当だったのか。疑って済まなかった」
「いえ、男爵様・・・アスラン様と二人にして下さい」
男爵と呼ばれてお父様はガックリと落ち込み、その顔は憔悴している。
「クレア、僕はやはり諦めきれない。待ってるよ」
そんな言葉を残してミハイルは父を支えて病室を出た。
二人っきりになると、椅子が見当たらず、アスラン様はベッドの傍まで来たので私は体をずらして「どうぞここに」とベッドの端に腰を下ろしてもらった。
「足は大丈夫なのですか?」
「ああ、ちょっと捻っただけだ」
「アスラン様、救って下さって有難うございました」
「いや・・・クレア嬢すまない」
「え?」
「君が困っているようだったので嘘を言ってしまった。すまない」
「嘘だったのですか。うそ・・・」
ぬか喜びだった。
当り前だ、彼が私なんかを愛してくれるとは思えない。
「あ、クレア嬢」
「もういいです、嘘ならいいです。嘘だった・・うそ・・・そう」
「あ、いや、君にとって嘘だと。俺は本当だったら嬉しいが」
ヘーゼルの瞳で彼は私をじっと見つめてくれている。
お父様に『好きな人がいる』と何度も言った。
『身分違いの恋』自分でそう言っていた。
「私は・・・ずっとアスラン様をお慕いしていました」
「あ、ありがとう。俺もクレア嬢を慕っている」
「本当に? ただの同情ではないですか?」
「違う、俺はクレア嬢が、す、すきだ」
まさかアスラン様が私に好意を持ってくれていたなんて。
「手を握ってもいいだろうか」
「はい」
アスラン様は私の手を取って、手の平にキスを落とした。
「俺は、クレア嬢が好きだ」
もう一度熱を込めて、そう言ってくれた。
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