第9話

 雪の降る午後にナタリーはやって来た。

「こんな寒い日に来るなんて、ナタリーも風邪ひくわよ」

「今夜雪が高く積もりそうね。早く帰るわ」


「お見舞いありがとう。すっかり元気よ」

「肺炎だなんて、やっぱりクレアは普通の体じゃないわね」


 ナタリーは昔から私を病弱だと言い続けている。

 実際わたしは弱い体ではあるが『普通の体じゃない』は少々カチンと来た。


「病弱でなければ私でも、クロード様とお付き合い出来たかもしれないわね」

「・・・クレアはお店の後継者でしょ?クロード様は婿入りしてもいいそうよ」


「あの方は騎士になりたいのよ。邪魔したくないわ」

 全く、婿入りまで二人で話し合ってるのね、本人抜きで。


「それに私は後継者は辞退するわ。だもの」

「え、そうなの? クレアはお店一筋だと思ってたわ」


 今回店を守ったのはマックスさんや従業員の為よ。


 『愛してくれる人を探すため』死神さんは過去に連れてきてくれたのよ。

 (夢が覚めたら消えちゃうけどね)


「えーっと、今日はね、カフェの外でアスラン様に声を掛けていたでしょう? 実はあれが気になっていたの。クレアは親しいの?」


「親しくなんかないわ。事件の事を聞いていただけよ。まさか貴方アスラン様の事も好きだなんて言わないわよね」


「そんなんじゃないわ。クレアはアスラン様の事知らないの?」

「何を?」

「あの方ローラング侯爵家の次男よ」

「なんで警備隊に・・・王宮騎士になれそうなのに」


「あの方は第一王子殿下の側近だったの、でも殿下の不敬を買ってお顔を切り付けられたのよ。それで侯爵家はアスラン様を家から追い出したの」


「知らなかったわ。酷い話ね」

「2年前に王族の婚約破棄事件があったわよね」

「それは知ってるわ。公爵家のご令嬢と第一王子殿下ね」

「そそ、第一王子殿下が浮気したのよ。それを諫めたのがアスラン様」

「アスラン様は悪くないじゃない」


 その後、陛下の怒りを買った第一王子殿下は他国に婿入りさせられて、今や第二王子殿下のエドガー様が王太子候補だ。


エドガー殿下は王立学園に通われており、セシリーも追っかけをしていたが相手にされなかった。ローラング侯爵令嬢ロザリア様はエドガー王子殿下の婚約者候補となっているそうだ。


「侯爵家はアスラン様を家に戻そうとしているけど、拒否されてるのよ」

「ふーん そうなのね」

「クレアはアスラン様とは関係ないのね?」

「あるわけないじゃない、むしろ悪い噂のせいで嫌われていたわ」

「あらまぁ」とナタリーは嬉しそうな顔をした。


 矜持の高いナタリーは私が侯爵家の次男と付き合うのは許せないのだろう。

 常識で考えてありえない話なのに。


「スッキリしたから帰るわね。ねぇ、お茶がぬるかったわよ。いい茶葉使ってるのに勿体ないわね」


「男爵家だからいいメイドを雇えないの、悪かったわね」

「ふふふ、教育しないとダメよ」

 ナタリーはご機嫌で帰っていった。


 ご令嬢達のお茶会にも参加しているのにナタリーは積極的に私の悪評を訂正してくれなかったわ。

 学園でもそう、前回の私は特に気にしていなかった。

 所詮は噂でいつか消えるだろうし、ナタリーが好きだったから彼女がいればいいと思っていた。


 私の噂はクロードと結婚したら消えていったけど、クロードとミモザ様との噂は消えずに細々と続いたわね。ナタリーが操作していたのかもしれない。



「ところで私の愛されたい願望はどうなってるの? 今の所は候補者がいないのですけれど?」


「お元気になられましたね。候補者はご自分で探してください」

 いつの間にか死神は部屋のソファーに座っていた。


「はぁ~ 共学の王立学園に通えば良かったかしら。出会いが無さ過ぎるわ」


「世界は広い。もっと視野を広げれば良いのですよ」そう言って消えた。


「世界は広いか・・・そうね私の世界は狭すぎたわね」

 でもどうやって広げたらいいのか分からない。

 とりあえず出来る事からやるしかないわね。



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