第5話 妙縁奇縁?!

「はぁ?!」


 思わず大声を上げてしまい、誰もいないのに香澄は取り繕った。


 原因は突然届いた母からのメール。


 曰く。


 ――貴女もそろそろ良い年頃なんだから、身を固めて頂戴。良い人を見繕ったので会いに行きなさいね。日時と場所は……――


「お見合い、かあ」


 香澄だって一応年頃の女性である。結婚に憧れがないわけではないし、婚活に興味がないわけでもない。


 ない、が……。


 母の思惑通りに結婚するのだけは真っ平御免なのである。相手の男性の性格も母が選ぶなら想像がつくというものだ。


「はぁ……」


 めちゃくちゃ気は重いが、形だけでも参加しないと後々面倒なのは分かりきっている。断る気しかないが、とりあえず行くだけ行かねばならない。


「どこかに素敵な王子様がいたら、とまでは言わないけど……せめて結婚相手くらい自分で選びたいよなあ」


 深いため息をつきながら、見合いの日付と場所を確認すると。


 ――今週金曜の夜19時、ゆきむらを押さえてあるわ。遅れないように!!


「ゆきむら?! 超高級料亭じゃない!!」


 政治家御用達との話もよく聞くほどの名店にビビり散らかすこと、しばし。


「そんなとこに来ていく服なんてあったかな?」


 色んな意味で非常に不安である。

 胸の中に沸き起こる嫌な予感に、香澄はこれ以上この件について考える事を放棄した。


 ◇◇◇◇


 とはいえ、時間はあっという間に過ぎ。

 とうとう来てしまった。


 慌てて買ったパステルパープルのファッションスーツは慶子の見立てで、確かに香澄の魅力を十二分に引き出している。


「ほぇ〜、凄い!!」


 料亭の入口でその豪華さに圧倒され、思わずため息が漏れた。


 和の豪邸然とした佇まい。正直入るのに気後れしてしまうが、行かねば。


 勇気を出して料亭の暖簾のれんをくぐったその時。夏空に突如として現れる黒雲のような重く嫌な予感が沸き起こり、カスミとしての意識を呼び醒ます――


 嫌な予感はするけれど。とりあえずは目下の目的を果たさねばならない。


 案内された先の部屋には、既にお相手が着席していた。


 前情報によると、出世こそしていないが、有名大学卒のハイスペック男子らしい。第一印象は……まあ想像通り。ざっくり言えば「優しそうなイケメン」である。否、香澄に言わせるなら「イケメン」だ。


 とはいえ、見た目だけで決めつけるのも良くないだろう――母が選んだ時点でそれも望み薄ではあるのだが。


「こんにちは。はじめまして。上原香澄です。本日はよろしくお願い致します」


 香澄が挨拶をすると男性は立ち上がり、こちらをみて微笑みながら挨拶を返してくる。


「こんにちは、香澄さん。はじめまして。狭山さやま響平きょうへいといいます。こちらこそよろしくお願い致します」


 程なくしてあらかじめ頼んであったのか飲み物と前菜が出され、乾杯しながら話を進める。


 正直香澄のコミュりょくはそんなに高くはないのだが……。母も来ていないし、いきなり2人にされて困惑はしているけれど、仕切らないことには話が先に進まない。そしてやはり予想が大体当たっていたことにげんなりした。


「何か食べたいものとか飲みたいものとかありますか?」


貴女あなたが食べたいものなら何でも」


「行ってみたいデートスポットとか、ありますか?」


「貴女の行きたいところならどこでも」


 などなど、常時これである。


 ……。


 まるで父を見ているようで、やるせない。父は優しい人だった。故に自分の意見を声を大にして主張できず、母にいいように扱われてきた。大好きだったけど、そういうところは大嫌いだった。


 だからこそ、香澄は自分の意見がきちんと言える人と一緒にいたいのだ。 


「すみません、この度のお話はな……」


 このお話を断ろうと香澄が口を開きかけたその時。


「きゃあああ!!」


「女将さん!!しっかり!!」


 部屋の外から何やらバタンという音と騒がしい声が聞こえてきた。


 どうやら女将が倒れたようだが――カスミの感覚が告げる。これは魂食みソウルイーターだ、と。 


「ごめんなさい、ちょっと失礼します!!」


「香澄さん?!」


 突然のことに驚く響平をよそに、そう言って部屋を出ると。


「救急車!! 早く呼んで!!」


 そう叫ぶ人にひと声かける。


「待って下さい、動かさないで。逆に危ないです!!」


「えっ?! でもこのままじゃ……。」


 動揺する従業員達を尻目に、結界を張りながら落ち着いた声でカスミは諭す。


「ここは私に任せて下さい。この手の事案の専門家なので!!」


「わ、わかりました!!」


 やり取りをしている間に結界が完成、カスミは女将の魂の在り処へと向かった。


 そこには、4分の1ほどになった女将の魂と、それに貪りつく魂食みの姿があった。


 結界は張った。これ以上魂が食われることはないはずだ。だが、万が一のことを考えると魂の残り具合が心配である。


 突然現れた結界に気づけず、そのまま魂を食み続けようとする魂食みの気を引くのも兼ねてカスミは攻撃魔法を叩き込む!!


 シュウウウウウ……。


 鎧を纏ったような姿の魂食みは、見た目通り硬かった。


「効いてない!!」


 しかし、こちらの存在にはもちろん気付かれた。


 ――やば!!


 魂食みはゆっくりとこちらを振り返ると、剣のようなものが生えた両腕で切りかかってくる。


 ザシュッ。ザシュッ。


 振る力はかなりのものだが、隙が多い。


 とはいえ、そこそこのスピードはあるのでギリギリまで引き付けてかわすのが良さそうだ。


 しかし、回避方法はわかったものの、攻撃が効かなければ意味がないのだ。


「考えろ、考えろ、カスミ!!」


 自分に言い聞かせて、攻撃を避けながら敵を観察する。


 目を凝らして鎧の隙を探していた、その時。


 ――!!


 ちょっと前までカスミの頭があったところを魂食みの剣がいだ。


「あっぶな!!」


 髪の毛を数本持っていかれたが無事。


 ローリングで避けた都合で敵の後ろに回り込む形になった。


「――見つけたあ!!」


 魂食みの背中と首の間辺りに、鎧の継ぎ目のようなほころびを発見し、カスミは自身の魔力を細剣の形に再構成、継ぎ目に向かって叩き込む!!


 ――行っけええええ!!!


滅せよスクリオス!!」


 グギャアアアア!!


 カスミの気合とともに放たれた浄化の魔法に、響き渡る魂食みの断末魔。


 ――ユキムラァ……ユルサヌゥ


 ゆきむらここを使えば必ず商談が成功すると言われた男。崖っぷちの中最後の希望をかけて商談に臨んだが、結果は惨敗。無理して高い金を払ったのに、と自らの商売への見通しの甘さを棚に上げて店への逆恨みをつのらせた末路。


「悲しいね……」


 誰にともなく呟くと、カスミはもとの空間に戻った。


 すると、女性従業員が駆け寄ってきて、カスミに礼を述べた。


「ありがとうございました! あなたが消えてから、女将の様子が落ち着いたんです!! あんなに苦しげだったのに」


 カスミはすかさず例の茶葉を取り出すと、女性従業員に渡した。


「女将さんの目が覚めたら、このお茶を煎じて飲ませてあげて下さい。 目に見えて良くなりますので」


「わかりました! ありがとうございます!」


 そして、香澄はハッと我に返った。響平をほったらかしにしてしまった。


 響平は何故か羨望と尊敬の眼差しでこちらを見ている。


「香澄さん……!! 凄いです!! 魂食みと戦ってる香澄さん、とても格好良かった!!」


「へ??」


 なぜ女将の魂の在り処で戦っていたカスミを、彼が視認できるのか?その疑問に答えるように、響平は口を開いた。


「実は僕、魂食みがえるんです」


「ええ?!」


 あまりの事に衝撃を受けている香澄を知ってか知らずか、響平は続ける。


「魂食みの存在を認知したら、そいつを中心に半径50mくらいが視えます。後、多分弱点?も。背中と首の境目の辺りに黒い綻びがうっすらと。視えるだけでなんの役にも立たないんですけどね。」


 そう言って照れるように笑った。


 ――いやいや、十分凄いって!!!


 心の中で全力でツッコむ香澄。


「でも香澄さんは凄いです!! 戦いながら弱点を探して攻撃するなんて!! 僕は戦うこと自体出来ませんけれど……。」


「ええと、その力をうちの母は知っているのですか?」


「いや、多分知らないと思います。 冴えない男って目の前で言われちゃいましたし」


 ――本人眼の前にして言うんだ、それ。


 母に呆れとも感心ともつかない感情を抱いてしまう。


「香澄さん……さっきこの縁談断ろうとしましたよね……冴えない僕では仕方ないですが」


「えっと、あの、その……」


 急に話を戻されて焦る香澄に、響平は勇気を絞り出すようにして言った。


「香澄さん……、僕はもっと貴女と一緒にいたい。出来ることならずっと一緒に……。だから、貴女にふさわしい男になって出直してきます。貴女に認めてもらうために。」


「えっ……?」


 優柔不断で何も決められないと思いこんでいたイケメンに不意をつかれ、不覚にもちょっとドキッとしてしまう。


「だから、貴女の好みとか色々教えてくださいね!! これ、連絡先です!」


 どうやらあらかじめ用意しておいたのであろう、プライベートの連絡先が書かれた用紙を、勢いで受け取ってしまった。


「じゃあそろそろお時間ですし、今日はこれで!!  連絡お待ちしてます」


 響平は勇気を使い果たしたのか、そそくさと去っていった。


 香澄はと言えば、少しときめく自分と、受け入れがたい自分の間で悶えるのだった。



 ◇◇◇◇


 週が明けて月曜日。


 いつものように出社した香澄は、いつも通りOLとしての仕事をこなしていた…つもりだったのだが。


「上原、なんか今日のお前には迷いが見えるな」


「主任って、エスパーかなんかです?」


 香澄の冗談に原田は、ははは、と笑った。


「エスパーじゃなくとも分かるよ。 上原はすぐに顔に出るからね」


「ええー!! そんなに出てます?!」


 頭から湯気が出るほど赤面する香澄。


「ほらー、動揺がまた顔に出てる! 真っ赤だぞ」


「あううううう」


 原田のツッコミには返す言葉もない。


「ま、若いうちは迷うのもまたいいさね。年取ってから迷わないように今のうちに迷っときな」


「はい……!!」


 原田はウインクすると去っていった。


 香澄は改めて原田の懐の深さに感銘を受けつつ、今日も仕事に励むのだった。

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