Break story 魔女の休日

 道を行き交う人々。その楽しげな声や、雑踏が放つ響きに少々酔いそうになりながら、香澄は昼の繁華街で待ち人を探していた。


 賑やかな雰囲気は嫌いではないが、こう人が多いと少し疲れてしまう。


 とはいえ、プライベートでの待ち合わせである。外で個人的に誰かと会うのは久しぶりだ。何となくソワソワもするが、楽しみにしていたのも確かで。


「私、カスミさんとお友達になりたいんです!!」


 カスミに救われたのち、タロット占いなどを目当てに常連化していた慶子が放ったその言葉を、カスミは――いや、香澄は戸惑いつつも嬉しく思ったのだ。


「確か待ち合わせ場所はここで合ってる、はず――あっ!」


「カスミさーん!! こっちこっち!!」


 お互い同時に相手を見つけ、慶子が香澄に手招きする。


「もしかして、待ちました?」


 恐る恐る香澄が問う。


「ぜーんぜん!! 気にしないでください!!それから……」


 元気よく答える慶子は、少し言い淀んだ後、続けた。


「カスミさん、敬語やめよ?もっと気楽にはなそ!!」


「あっ、ごめん」


 何となく謝ってしまう。それを見て慶子は噴き出した。


「やだなあ、謝ることじゃないよー! 大丈夫!!」


 未だ笑っている慶子に、


「ちょっと、笑いすぎ!」


 苦笑しつつツッコむ香澄。


「ごめんごめん、つい! っと、それじゃいこっか」


 謝りつつ促す慶子に導かれて、一軒のオシャレなカフェにたどり着いた。


「ここ、ワンプレートランチがおいしいんだー!! 値段もリーズナブルだし、オシャレだし!!」


「ほえぇ~……」


 慶子の説明を聞きながら、改めてカフェの外観を眺めてみる。


 ビルの1階の一角にあるそれは、いかにも今流行りの、といった感じを醸し出していて、自分は場違いな気がしてきた。とはいえ、今更帰るわけにもいかない。


 既に慶子の手は店のドアにかかっている。


 香澄は意を決して未知の世界に飛び込んだ!!


 店内そこは一面ガラス張りの壁面から差す陽の光で明るく、清潔感もあり、外観に負けず劣らずオシャレである。


 2人は通りを見渡せる窓際の席についた。メニューにはバリエーション豊富なワンプレートランチがカラフルな写真付きで掲載されている。


 どれもスタイリッシュかつ美味しそうで目移りしてしまうけれど、それぞれ思い思いにワンプレートランチを注文した。


 程なくして料理が運ばれてくる。普段は自炊か、たまにチェーンのファストフード店で済ます香澄にとって、初めての体験だった。


 木製のプレートに盛られた小洒落たサラダやハンバーグに、少し緊張しつつナイフを入れると、溢れ出る肉汁がそそる。


 慶子がスマホのカメラで料理の写真を撮ってから食べ始めるのを見て、香澄はハッとした。


「そっか、料理の写真、残すんだ。たしかにこれだけきれいに盛り付けられたら撮りたくなるね!」


 いきなり食べ始めた自分がなんだか少し恥ずかしい。


「カスミさん、SNSとかやらないの?? いわゆる映え、ってやつだよ!!」


 そういう慶子はバゲットでビーフシチューを掬っている所だ。


 早速ハンバーグを口に含んでみる。豚と牛の合い挽きだろうか、一噛み毎に程よく肉肉しい食感とともにジュワッと肉汁が溢れる。


 !!


「美味しい……!!」


 半ば感動を覚えながら香澄が呟くと、慶子も満足そうに頷いた。


「でっしょーーー?! 今度来たときは今私が食べてるビーフシチューもオススメだから、試してみて!!」


 そんなこんなでランチプレートに舌鼓を打ちつつ、他愛もない世間話で盛り上がった。


 久しぶり過ぎて新鮮だった。

 誰かと一緒に休日の昼ごはんを食べるのも。

 こんなに誰かと居ることが楽しいと思ったのも。


 ――友達、かあ。悪くないな……。


 そんなことをぼんやり考える。


 いつからだろう、友達を作らなくなったのは。


 学生時代にはそれなりにいた気もするのだが。


 社会人になってから、カスミとして生きると決めた日から、ひたすらに独りで戦ってきた。


 それは周りを巻き込まないための孤独との戦いでもあったけれど。


 守るべき誰かがいるっていうのも、意外と悪くないのかもしれないな――


「カスミさん?」


 そんな事を考えていると、ふと慶子に名を呼ばれた。


「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事」


「ふぅん? どんなこと考えてたの?」


 慶子は興味津々に聞いてくる。


「なんとなく。友達っていいな、って。」


 香澄のその言葉に、慶子は心底幸せそうに笑った。


「カスミさんにそんな風に言ってもらえて、嬉しい!」


 人懐っこく笑う彼女を見ていると、まるで妹ができたような感覚に陥ってこそばゆい。


 同時に実家に残してきた弟の事を少し思い出した。


 女系の家庭で父や弟の肩身は狭かったけれど、香澄は弟のことが大好きだったし、とても可愛がっていたのだ。


 今もまだあの家にいるのかと思うととても心配ではあるのだが……。今はそれを考えるべき時ではない。


 慶子との残りの時間を存分に楽しまねば!!


 そう心に決めて、慶子と共に楽しい時間を目一杯堪能したのだった。

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