3日目

 早坂が目を覚ましたのは、まだ空が明るくなる前だった。とはいえ、外の世界は完全な闇に包まれている訳では無く、太陽が段々と地平線に近づいてきている様だ。

 素早く周りを見渡すと、就寝前となんら変わらない風景に安堵する。気絶するように寝落ちしたため、気付かないうちに誰かが侵入していてもおかしくは無かったからだ。

 昨日傷めた足も、休んだおかげか多少良くなっている。本当ならば湿布などが欲しい所だが。

 残してあった水をすべて飲み干すと、昨日持ってきた空のボトルと一緒に窓から投げ捨てた。そして同じように栄養調整食品のゴミもなるべく遠くへ投げ捨てる。通常であればこんな非常識な事を行わない早坂だが、今回は有る考えからあえてそうした。もし、飲み終わったペットボトルやゴミをそのまま部屋に残したら、この部屋を使用していた事がバレてしまう。ゲームの期限は三日とランカー君が言っていたが、もしもう一度ここを使う機会が訪れた場合、拠点バレするのはかなりまずい。そのため、ペットボトルやゴミを見つかりにくくする必要が有った。

「さて、少し情報を整理するか」

 一晩寝て多少スッキリした頭でこれまでの事を少し振り返ってみる。

 まず、昨日スキャンした参加者のデータを改めて見てみる事にする。

 八鳥のスタート地点はお殿様館。神社の中に四つの箱が有り、勿論開いていたのは赤い箱だった。それ以外は閉じており防具は十手、食料は缶ビールだった。スローイングナイフを捨てる時に確認をしていたが、どれも開ける必要が無いと判断した。

 そしてもう一人、今藤のスタート地点は遊園地だった。ここはまだ行っていないエリアだ。流しそうめん場にも行っていないため、今日のルートはゴルフ練習場から流しそうめん、そして遊園地へ行くルートに決定する。

 ゴルフ練習場にもう一度行く理由は、昨日森口が言っていた言葉が気になっていたからだ。ゴルフ練習場の草むらに死体が有った、と言っていた。生き残るためにはたいして必要が無い事かも知れないが、念のため確認した方が良さそうだと直感が告げていた。

「よし、行くか」

 気持ちを奮い立たせると、改めて足の具合を確認してから入り口に置いてあったテーブルをピッタリと元の場所に戻す。長年同じ場所に置かれていたため、色の褪せ具合で寸分たがわぬ場所に戻すことが出来た。

 ゆっくりとかつ慎重に周りを警戒しながらホテルを出ると、早速ゴルフ練習場へ向かった。



 ゴルフ練習場にあると聞いてた死体は、比較的すぐに見つけることが出来た。一日目に浮ヶ谷と話をしたすぐ奥の草むらに、隠されるように横たわっていた。だが、周りの草が血で汚れていたためとても目立つ。切り傷が多いのは主に背中側で、後ろからいきなり襲われたのかも知れない。その証拠に、派手にデコレーションされた爪はキレイだったし、腕などにも防御創といえる傷が確認出来ない。また、うなじに埋め込まれた装置も、強く押されたり叩かれた形跡も無い。そこから推察出来ることは、抵抗する間もなく刺殺をされたということか。だが、それにしては出血が少ない気がする。どちらかというと、死んだ後につけられた切り傷のような感じも受ける。もしかしたら、気絶している間にQRコードを読み取られ、その後に切り刻まれたかだ。

 ここまで執拗に切り刻むとしたら、八鳥ぐらいしか今のところ思いつかない。

 そして、中年の女も他の参加者と同様に右目の下にQRコードが確認出来た。


 五代弥生いつしろやよい 懸賞金:二百万円

 

「あぁ、コイツもか」

 もはや早坂は驚く気力さえ無くしていた。ここまで来ると、意図的に集めたのではないかと思えるような参加者だ。

 データを確認すると、過去に保険金殺人の罪で逮捕されている。

 そう、この五代弥生こそ、早坂の父親と駆け落ちした人物であり、また保険金のために殺人を犯した人物だった。

 早坂は特にこの人物に感情を抱かなかった。確かに父親を殺害した相手ではあるが、むしろそんな人物と駆け落ちをしてしまった父親の方が哀れで有り、母親を一人にしたことに対して腹が立つ。恐らく昔は美人だったのだろうが、髪は脱色のし過ぎの為かすごく痛んでおり、顔はシミや皺が多かった。皺が多いのはもがき苦しんだような表情をしているからという理由もあるかも知れないが、五十一歳という年齢にしては老けている。

 特に持ち物などは無かったため、次の目的地に向かう事にした。

「ん? どういう事だ?」

 流しそうめん場に向かうため、スマートフォンの地図を確認した時、違和感を覚えた。

「このスタート地点って……」

 画面に表示された五代のスタート地点はここ、ゴルフ練習場だった。確か、浮ヶ谷はここのソファーで目を覚ましたと言っていた。

 浮ヶ谷の情報とこの地図データがアンマッチを起している。

「待て待て、浮ヶ谷さんはスタンガンを持っていた。そして、ここの箱は防具の青い箱が開いていた」

 だが、五代は何も道具を持っていない。

「という事は、浮ヶ谷さんが五代を殺してスタンガンを奪った? でもどうやって」

 浮ヶ谷がスタンガン以外のアイテムを持っている様子は無かった。もしかしたら、誰かに殺された五代を発見し傍に落ちていたスタンガンだけを奪ったのかも知れない。だが、なぜそれを正直に言わず、ここがスタート地点と言ったのだろうか。

 やはり、森口が言うように浮ヶ谷は何かしら嘘をついているのかも知れない。だが、それは早坂とて同じだった。情報の箱から出てきたもの全てを浮ヶ谷に話した訳では無い。

「とにかく今は、エリアを見て回ろう」

 一旦深く考える事を止める。ただ一つ言えることは、誰も信用しない事。それは浮ヶ谷にしろ森口にしろ同じだ。



 流しそうめんエリアは、特にめぼしい物は無かった。武器だけが開けられた最初の箱が確認できたが、防具は十手、食料はエナジードリンクだった。ヘルメットか栄養機能食品辺りだったら良かったが、そう都合よくはいかなかった。

 隣に併設していたであろうジンギスカンのエリアは崩壊しており、辛うじて残っていた厨房にも役に立ちそうなものは無かった。何故かコンロに置かれた丼をヘルメットの代わりに被ろうかとも思ったが、簡単に弾丸など通すだろう。

 ふと思いついたくだらない事に思わず笑みがこぼれてしまう。非日常的な中を数日過ごしているため、少し精神的におかしくなってきているのかも知れない。

「ヤバいヤバい、気を張って行かないと」

 そう、いつ石黒に出くわすか分からない状況で油断をするわけにはいかない。もし相手がグロックを持っていて、先にこちらの事を見られたらアウトだ。なすすべもなく撃たれてしまうかも知れない。だが、こちらが先に見つければやり過ごす事も可能だし、運が良ければ銃を奪う事も出来るだろう。

 もしくは、他の箱でこちらもグロックを手に入れるかだ。スローイングナイフを捨ててきてしまった事を、今更少し後悔し始める。だが、取に行くのも無駄な労力を使うだけな気もするし、扱いきれる自信が無かった。仮にこちらが投擲し、それを奪われるのも避けたかった。

 とにかく今は、残りの地形の把握を優先すべきで、いざとなればサバイバルナイフで応戦するしかないだろう。

 


 遊園地エリアへと続くであろう道を歩いていくと、やがて遠くに観覧車が見えてきた。支柱の部分は、遠目から見ても錆びているのが見て取れるぐらい風化してしまっている。だがゴンドラの色はまだ判別可能で、緑、赤、青、水色の四色がありそれぞれ三個づつ、全部で十二個確認出来る。使われなくなってかなり長い時が流れているはずなのに、一つも落下していない事を考えると、かなりしっかりと作られている観覧車である事が分かる。

 そして、その手前には傘の様な形をした鉄柱、花柄の回転式遊具、コーヒーカップ、そして一番手前にメリーゴーランドが哀愁を漂わせ佇んでいた。

 エリア内に降りて行き、メリーゴーランドを調べてみる。所々色落ちしている所も有るが、そのほとんどはまだカラフルさを保ったままだ。ユニコーンや白馬が多いが、アヒルやライオン、緑色の象などもある。その象に至っては、某製薬会社のマスコットキャラに似ていた。

 真ん中の太い支柱部分には、スズランを抱えている妖精の様な女の子などの絵が描かれている。現役時代はさぞ子供たちに人気が有ったであろうことが伺えた。

 続いて、花柄があしらわれている回転遊具を調べる事にする。どうやら名前はトラバントというらしい。そのトラバントは、真ん中に鉄球が付いている支柱を中心に回転する遊具の様で、ゴンドラが低い位置にあるためこれも子供向けのものと思われる。その他に特に怪しい点などは無い。

 傘の様なキノコの様な支柱は、どうやら回転ブランコという遊具だったようだ。いまではイスの部分が無くなっているが、本来は支柱から鎖のついたイスがぶら下がっていたものと思われる。

 そして、コーヒーカップエリアに行く。

 コーヒーカップはどれも腐食が激しく、もはやまともに動かないだろう。階段横の手すりには看板が取り付けられており、三百円と表記されている。当時はどうやらその値段で乗れたらしい。

 三段ある階段をのぼると、カップの中に最初の箱が置かれているのが確認できた。二つのカップに二つずつ置かれ、食料の箱が開いていた。武器の箱にはサバイバルナイフ、防具の箱にはスタンガンが入っているようだ。

 つまり、ここがスタート地点だった今藤は食料を選んだという事だ。食料の宝箱が置かれたカップの足下には、真新しいエナジードリンクの缶が捨てられていた。どうやら宝箱を開けてすぐ飲んだようだ。

 出会わなくて良かった、と早坂は思う。ランカー君曰く、攻撃的になるヤバいお薬が入っているからだ。もしそれを摂取した今藤とばったり遭遇していたら、襲われていたかも知れない。

 観覧車の手前には、アスレチックコースが広がっていた。車のタイヤを加工して作ったターザン系の遊具やシーソーなどが有り、その他のアスレチックコースのほとんどは、金属の骨組み部分は残っているが、木製部分は腐食してしまったり、崩れてしまっている。流石にもう安全に遊ぶことは出来ないだろう。

 アスレチックコースにも特にめぼしい物は無かったので、いよいよ遊園地エリアの目玉であろう観覧車の目の前に立つ。やはり見上げてみると、それなりに高さが有る。

 ゴンドラ乗り場に上がると、右手に係員の待機所があり、観覧車を動かすスイッチが有った。押すことはしないが、明らかに電気が通っていない今はもう動くことは無いだろう。むしろ、動かしてしまったら倒壊してしまう。そんな雰囲気さえ漂うほど、腐食が進んでいた。

 乗り場には丁度二つのゴンドラが有った。左側に赤いゴンドラ、右側に青いゴンドラが止まっている。

 中を覗いてみると、座面が長年の雨により苔が繁殖し一面緑色になっていた。もはや、ロマンチックさの欠片もない。そして、そのロマンチックさを台無しにする物がもう一つ有った。そう、宝箱だ。

 赤いゴンドラには赤い宝箱が、青いゴンドラには青い宝箱が有った。そして、事も有ろうか赤い箱は既に開いていた。大きさは三十センチ四方ほどでそこまで大きくない。もしかしたら、この箱の中にグロックが入っていたのかも知れない。そして、それを物語るかのように、青い箱の中身はヘルメットだった。

 宝箱を開封しようか早坂は悩んだ。間違いなく今生存している参加者の誰かはグロックを持っている。それを考えれば、ヘルメットを手に入れたほうが良いだろう。ただ、金額は一千万円だ。八鳥から手に入れた懸賞金があるので、十分に買える金額ではあったが、ここまで来てあまり必要性を感じていないところもある。

「君、こんなところに居たんだ」

タクティカルヘルメットを手に入れるか悩んでいたところに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 振り向くと、相変わらずこの場所にはふさわしくない格好をした浮ヶ谷が立っていた。

「やぁ、浮ヶ谷さんも無事だったんだね」

「まぁ、なんとかね。それで、君の方は何か進展はあった?」

 さて、どこまで正直に答えたものか。

 浮ヶ谷については気になる事がある。なぜスタート地点について嘘を言ったのかということだ。

「――っ!」

 早坂はそこである言葉を唐突に思い出す。ゲートボール場で八鳥と遭遇した場面、確かやつはこんなことを言っていた。

 『はい、とは言えないんだよなぁ。せっかく見つけた獲物なんだ。切り刻まないわけにはいかないだろう? もうずっと生きてる人間をやってなんだからさ』

 もうずっと生きている人間をやっていない。

 そして、それは銀座での事件以来だと言っていた。では、ナイフで切り刻まれた五代は誰がやった?

 飯貝はサバイバルナイフを持っていた。しかし、使われた形跡はなかったし、何より懸賞金は本人のものしか無かった。

 その他にナイフを持っていそうな人物といえば、未だに遭遇していない石黒の可能性も考えられるが、今怪しむべきは浮ヶ谷なのではないだろうか。

 スタンガンは五代から奪ったもので、実はポケットの中にナイフを忍ばせていたということも否定出来ない。スローイングナイフであればそこまで大きくないし、携帯用のケースも付いていた。ポケットでなくとも、服の下などに隠していた可能性もある。

 疑い出すと切りがない。

「ん? どうしたの? 何か思い出した?」

 その様子を察したのか、浮ヶ谷が覗き込むように早坂に問いかけた。

「い、いや。昨日痛めた足がちょっと、ね」

 痛めた右足をあげ、足首を指差す。

「うそ!? 大丈夫? 出血とかしてない?」

 浮ヶ谷は心配そうに駆け寄ると、早坂の右足首を触ろうとした。

「ちょっとちょっと! 大丈夫。大したことないから」

そう言いすぐに足を引く。あまり不用意に接近を許したく無い。

「でも、もし折れてたりしたら大変じゃない」

「そこまで酷くは無いよ。ちょっとひねっただけで、歩くのには問題ないレベルだから」

「そう……。せめて湿布とかがあればよかったんだけど……」

 実際問題、足の痛みはほぼ引いていた。全速力で走れば再び痛める可能性もあるが、軽く走る程度ならば問題ない。

「まぁ、しょうがないさ」

「でも、どこで痛めたの? 足下が悪い場所は沢山有るけど……」

「昨日、ゲートボール場の階段でね。鉄が朽ちてたみたいで、油断して踏み抜いちゃったんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、君は昨日ゲートボール場に行ったんだね」

「あぁ、浮ヶ谷さんと別れた後ね」

「ふ~ん、じゃあその後は?」

 探りを入れてくるような視線を感じる。

「お殿様館に行ったよ……」

「って事は、八鳥を殺したのは、君?」

「いや、俺じゃないよ」

「ほんとに?」

「あぁ」

「首をナイフで刺されたような跡が有ったのに?」

 腰に下げたサバイバルナイフを覗き込むように見てくる。

「違う。俺はやってないよ。実際にほら、このナイフ使った形跡が無いだろう?」

 そう言ってケースからナイフを取り出し、ブレード部分を光に当てながら見せる」

「綺麗に拭いただけかも知れないじゃない」

「君は、俺を疑っているのか? 八鳥を殺したって」

「ううん逆よ。疑っているんじゃなくて、殺しててほしかったの」

 一体コイツは何を言っている。

「だって、あの男は君のお母さんを殺したんでしょう? しかも君の目の前で。憎くは無かったの?」

「そりゃ、憎かったよ。正直、事件当日は殺してやりたいと思った。メッタ刺しにしてやりたかったぐらいだよ」

「でしょ? じゃあ、なぜ君が殺さなかったの? 殺されて当然な奴なんだし、君には殺す権利が有ったはずだよ」

 違う。人を殺すのに権利なんてものは無い。

「俺がお殿様館に行った時にはもう、死んでいたよ」

 再びウソをつく。正直に話しても良かったが、これ以上同じような会話を繰り返したくなかった。

「そう、残念ね。でも、まぁ良いわ」

 浮ヶ谷は踵を返し、手を後ろに組みながら階段を降りる。そして、低い階段を降りきると振り返り満面の笑みでこう言った。

「君に、プレゼントがあるの。一緒に行きましょ」



 浮ヶ谷に連れてこられたのは野外ステージだった。白い長方形の壁が三本立っており、真ん中の一本だけ少し後ろの位置に配置されている。恐らく出番を待つ演者が後ろに控えていて、舞台袖の様な形で出てくるのだろう。

 だが、多少広場の様にはなっていたが、白い壁と棚がある小屋、そして倉庫の様な建物しかなく浮ヶ谷の言うプレゼントが何か分からなかった。

「なぁ、ここに一体何が有るんだ?」

 少しだけ嫌な予感がする。プレゼントが有るなんて甘い言葉で誘われ、実は罠だった、なんて可能性もある。ステージが落とし穴になって居たり、白い壁の後ろにスネアトラップなんかが有るんじゃないかと勘繰ってしまう。

「君はチョットここで待ってて」

 浮ヶ谷はそう言い、早坂を野外ステージの真ん中あたりに立っているよう促すと、白い壁の後ろに消えて行った。そして、何かを引きずる様に再び姿を現した。

「じゃじゃーん! コレが、君へのプレゼントです!」

 早坂は、浮ヶ谷が引きずってきたプレゼントを見て、思考が停止した。

「はっ?」

 そこには、パイプ椅子に繋がれた男が座っていた。


 石黒愛流いしぐろあいる 懸賞金:一億円


 石黒はパイプ椅子に縛り付けられ、口には布で猿ぐつわをされている。頭はがっくりとうなだれていて生きているのかどうか良く分からない。しかし、訳が分からないと言った表情を浮かべた早坂を見て何を勘違いしたのか、浮ヶ谷は石黒の髪の毛を掴むと、強引のその顔を上げさせた。

「大丈夫安心して。コイツはまだ生きてるから」

 満面の笑みを浮かべる。

「大丈夫って……、一体何を言っているんだ?」

「もう、鈍いなぁ。せっかく君が復讐しやすいようにこうしてあげてるんじゃない」

 そして、再びステージ裏手に回ると今度は黒いエル字型の物体を持ってきた。

「さぁ、これでひと思いにやっちゃって」

 浮ヶ谷が持ってきたのはグロックだった。スライド部分を持って、グリップを早坂へと向ける。だが、なかなか受け取る素振りを見せない早坂にしびれを切らしたのか、強引に銃を握らせてきた。

 手の中に納まった銃をしげしげと見つめる。

 グロック17

 オーストリアの銃器メーカーであるグロック社が開発した自動拳銃で口径は九ミリ。様々な国の軍で正式採用され、日本の警察の一部でも採用されている拳銃だ。フレームやトリガーなど、強度上問題が無い箇所にプラスチックが多用されており、成型が容易な事から生産性も高く、また重量も軽い。さらに突出すべきはその耐久性で、六か月間海水に浸けていても実弾が発射できるほどだ。それに、二百度からマイナス六十度の環境下でも変質をしない特殊なプラスチックを使用している。さらにシンプルなデザインは、衣服への引っかかりが無く異物の侵入も防ぐ効果が有る。

 また、様々なバリエーションが有る銃として有名だった。

 すると、石黒は目を覚ましたのだろうか肩がピクリと動いた、そして顔をあげ、キョロキョロと辺りを見回す。

「んんん、んんー! んんんん!」

 早坂の姿を確認すると、ガタガタと椅子を揺らしながら凄んで見せる。だが、猿ぐつわで口を覆われているため何を言っているのかよくわからない。

「さぁほら、撃つのよ」

 浮ヶ谷が石黒を撃つように促してくる。しかし、早坂はうつむきながら顔を横に降る。

「俺には、出来ない」

 その様子に呆れた表情を見せた浮ヶ谷だったが、縛られている石黒へ近づくと、猿ぐつわを外した。

「てめぇ! 裏切りやがったな!」

 猿ぐつわが外された瞬間、浮ヶ谷を睨みつけながら石黒はすごんだ。

「裏切ってなんかいないわ。一時的に協力しましょう。そう言っただけに過ぎないし、それにいつまでとも言ってないでしょ?」

「それが裏切りだって言ってんだ、このクソアマ!!」

 すると浮ヶ谷の細く白い腕がしなやかに翻り、石黒の頬を平手で叩いた。

 野外ステージに乾いた平手打ちの音が反響する。

「今は私のことはどうでも良いの。ねぇほら、今目の前にいるのが誰か分かってる?」

 石黒の頭を鷲掴み、早坂の方へ強引に向かせた。

「ああん!? 知らねーよ、こんな奴ぁ」

 吐き捨てる様に言う。

「だってさ。ねぇ君、君が誰なのかこの男に教えてあげたら?」

 唐突な提案に早坂は戸惑った。自分が恨んでいる相手に対していきなり自己紹介をしろと言われたようなものだからだ。

「ふふっ、まぁ難しいよね。じゃあ、私が教えてあげる。彼はね早坂俊太郎君っていうの、聞き覚えない?」

「だから、知らねーって言ってんだろ! いい加減この紐を解けよ!」

「解く訳ないでしょ? これから面白くなるのに」

 楽しそうな表情を浮かべ石黒の耳元へ顔を近づけると、囁くように言う。

「あなたが昔、さんざんレイプしてその後自殺した女子高生がいたよね? それが彼のお姉さんなのよ」

 その言葉に何かを思い出したのか、石黒の目が見開かれた。

「そして今、あなたの命は彼の手に委ねられている。その意味が、分るよね?」

「おいおいおい、冗談だろ? レイプだなんて何の話だよ。そんなこと覚えてねーよ」

「へぇ、あくまでシラを切るんだ。じゃあ、本能に聞いてみよっか」

 浮ヶ谷は唐突に石黒の正面に回ると、スタンガンを股間に押し当てた。

「お、おい! 嘘だろ? やめろよ!」

「あんたさぁ、レイプしてる時に相手が止めろって言った時止めたの? やめてないよねぇ? ねぇ!?」

 さらにグイッとスタンガンを押し当てる。

「ほら、正直に言いなさい? そもそも、覚えてないだけでレイプした事はあるんだよね?」

「ふざけんな! てめぇ、後で覚えて――っがあぁ!!」

 バチバチというはじける音がした後、突如石黒が悶絶した。浮ヶ谷がスタンガンのスイッチを入れ石黒の股間に電流を流したのだ。

 ガタガタとイスを揺らし、顔を真っ赤にしながら必死に痛みに耐えている。

「ぅぅううあああ! くそっ! ぐうぅぅ!!」

「さぁ、白状する気になった? 彼のお姉さんの事は覚えているよね?」

 石黒は涙と鼻水を流しながらフーフーと呼吸を荒くしている。浮ヶ谷を睨みつけるその目には、明らかな殺意が浮かんでいた。

「――っぐ、あぁ、覚えてるよ。せっかく俺の性奴隷にしてやったのに、自殺なんか、しやがって」

 自殺なんか、だと?

 早坂の奥歯がギリリと音を立てる。

「うふふ、やっと認めた。でも、性奴隷にするなんて、相当お気に入りだったんだ?」

「はっ、そうだな。アソコの具合もたまんなかったし、何よりなき声が最高だったんだ。あ~~、惜しいことしたぜ。どうせなら鎖で繋げて家に監禁しておけば良かった」

 こんな奴がのうのうと生きていて、なぜ自分の姉が死ななければならなかったのか。早坂には良く分からなかった。

 世の中には、死んで良い人間なんていない、なんて言う奴がいるけれど、そんな戯言は早坂には全く響かなかった。そんなの、自分の愛する者を理不尽に奪われたことが無いヤツのセリフだ。そうとしか思えなかった。なぜ自分の快楽のために姉は強姦され、母親が犠牲にならなければならなかったのだろう。自分勝手な都合で、祖父は事故に遭わねばならなかったのだろう。遊ぶ金欲しさという自分勝手さで、父親は毒殺され、大切な貯金を祖母は騙しとられなければならなかったのだろう。

 静かな怒りが、早坂の心の中をどんどんと埋め尽くしていく。

「おら! 悔しかったら撃ってみろよ!」

 一向に撃つ気配の無い早坂に対し、石黒が威嚇する。そして、浮ヶ谷も少し苛立ちを見せていた。

「えぇ!? どうしたチキン野郎! 俺の事が憎いんだろ? ほら、撃って来いよ。ほらほら」

「いい加減あんたは黙りなさいよ!」

 苛立ちを爆発させた浮ヶ谷が、スタンガンの底面で石黒のうなじを強打した。パキッという何かが割れる音。そして、殴られた勢いで椅子ごと地面に倒れた。

「えっ?」

 石黒は、痛みより驚きの方が勝ったような顔をした。

 そして、みるみる呼吸が荒くなり、額からは脂汗がどんどんあふれ出てくる。

「う、嘘だろ? 嫌だ! 死にたくない! ――っぐ! う、うぅぅぅ!」

 倒れたまま、ガタガタと椅子ごと体を揺らすが、拘束が解ける事は無かった。

 今、早坂の目の前にはもがき苦しむ石黒の姿がある。姉の自殺の元凶となった憎むべき相手。かつて自分の命に代えてでも殺したいと願った相手。それがすぐ目の前でのたうちまわっている。

「早坂君。どうしたの? あなたの積年の恨みを晴らすチャンスなんだよ? 何をためらう事が有るのよ。後はその銃の引き金を引くだけで、お姉さんの仇を取ることが出来るんだよ?」

 浮ヶ谷の言葉は最もだった。こんな千載一遇のチャンスはまたとない。街中で偶然出会ったのであれば、自ら手を下すことは不可能だろう。だがこの状況だ。誰が罰する事が出来よう。相手はもがき苦しみながら地面に倒れてる。一方早坂は相手を殺傷せしめる銃をその手に握っている。心臓が高鳴り、ドーパミンが大量に分泌されて行くのを感じる。

 だがそんな思いとは裏腹に、銃を握るその手は震えている。銃口は石黒を向いているが照準がまるで定まらない。手の平にじっとりとかいた汗で、今にも銃を落としそうになる。

 やれ! やっちまえ!

 心の中の声が脳内に反響する。その声はどんどんと大きくなり、人を殺す事の罪悪感や、倫理に反する考えなどはどうでも良く感じる。今、石黒の命は自分が握っている。そう思うと、にやけが止まらなくなってくる。

 頭を撃って殺すべきか、手足から撃ち散々苦しめてから殺してやるべきか、そんな事を考え始める。

「どのみちこの男はもう助からないかも知れないんだよ? だったら早坂君の手で止めを刺すべきよ」

 早坂はその言葉に頷くと、銃を握り直し改めて銃口を石黒の頭に向けた。

 そして、引き金を引こうとした瞬間、手に鈍い痛みが走った。手の力が抜け、グロックを落してしまう。

「ダメ! あなたが殺してしまったら、あなたも人殺しになってしまいます!」

 そう叫んだのは、スリングショットを構えた森口だった。自分を嵌めた女から、まさかこんな言葉が出てくるなんて。

「何よあなた! 早坂君の邪魔をしないでちょうだい。彼にはこの男を殺す権利があるのよ!」

「権利なんてない。もしここで殺してしまったら、本当に後戻りが出来なくなっちゃう」

「後戻りって、それはあんたが言っていいセリフじゃないでしょう?」

「だからよ。私はすごく後悔している。私のせいでこの人の人生をめちゃくちゃにしてしまったから」

「はぁ!? 今更いい子ちゃんぶりたいわけ? 早坂君に痴漢の冤罪をなすりつけておいて、どんだけ面の皮が分厚いのよ」

 今、浮ヶ谷はなんて言ったか。

「なぁ、ちょっと待ってくれ、浮ヶ谷さん。君は、いまなんて言った? なぜそれを知っているんだ?」

「え? それって?」

「俺が、彼女に痴漢の冤罪を仕組まれた事だよ」

 その言葉に浮ヶ谷の表情が曇る。

「そ、それはほら、昨日話してくれたじゃない。彼女に嵌められたんだって」

「あぁ、確かに嵌められた。とは言った。でも、それが痴漢だったなんて俺は言って無いぞ?」

「あはは、興奮して忘れてるだけだよ」

「それに、冷静に考えてみると、何で石黒が俺の姉さんを強姦した奴だって知ってるんだ?」

「えっ? それは、昔ニュースで見てたから、たまたま覚えてて……」

「それは、おかしいんだよ。石黒は政治家の息子で、当時ニュースには流れなかったんだから。勿論、地方の新聞にも」

 そう、石黒愛流は警察にも顔がきく国会議員の息子で、事件はあっという間にもみ消され、ただの自殺と断定されてしまった。それ故、ニュースでも報道される事が無かったし、大手新聞はおろか、地方新聞にも取り上げられる事は無かった。

 そして、示談金としてそれなりのお金を積まれ『絶対他言しないように』とさらに口止め料を押し付けられた。

「あっ、そうだ、高校の時同級生に聞いたんだった」

「それも、嘘だろ?」

「噓じゃない。私、確かに聞いたもん」

 姉は、自殺をする前に書置きを残していた。強姦の内容もそうだが、家族や同級生に打ち明けられなかった事、そして、おそらく石黒の子供を身籠っている可能性が有る事を。

 その書置きには、様々な苦悩が書き残されていた。授かる命は出来れば殺したくはない。でも相手の遺伝子は残したくない。ならば、命を宿す前に自らの命を絶つことで自分は人殺しにならなくて済む。そんな内容だった。そして、自分勝手な私を許して欲しいと、家族あてに書き残していた。

「姉さんは、その事を誰にも話していない。家族はおろか、友達にもね。だから、同級生から聞けるわけが無いんだ」

「そうですね。事件を知っているのは嘘じゃないですが、同級生に聞いたって言うのは嘘です」

 浮ヶ谷が再び言いわけをする前に、森口が口をはさんだ。

「え? それってどういう事?」

「ごめんなさい。私、裁判が終わった後早坂さんの事を少し調べさせてもらいました」

 早坂に向かってぺこりと頭を下げた後、森口は浮ヶ谷に叱責する様な視線を送った。

「早坂さんのお姉さんを、石黒に襲わせたのはあなたの仕業ですよね? 浮ヶ谷さん」

「えっ?」

「あなたは早坂さんのお姉さんと同じ高校に通ってましたよね。そして、思いを寄せていた先輩をとられた。その腹いせに当時地元でも有名だった石黒をけしかけ襲わせた。違いますか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。たまたま姉さんが襲われたんじゃないのか?」

「たまたまじゃなかったんです。当時、石黒と仲が良かった男と付き合っていて、その人を経由して依頼をしたんです」

「黙って聞いてれば、何なの? あんた。テキトーな事言わないでよ」

「しかも、なかなかえげつない事をしましたよね?」

「えげつない事?」

「はい、その先輩の目の前でお姉さんを襲わせたんです。両手足を縛った状態で、まるで見せつける様に」

 まるで、漫画やAVの世界みたいじゃないか。

「その先輩は脅されていたみたいで、ずっと話す事が出来なかったみたいですけど」

「はぁ、もう分かったわ。全部話せばいいんでしょ?」

 浮ヶ谷は不貞腐れる様に口を尖らせ、両手をポケットに入れた。

「あんたの言う通り、早坂君の姉を襲わせたのは私。でも、先輩の前でヤれ、なんて指示はしなかったけどね。だって、フラれた後に奪うつもりだったから。それに、少し怖い思いをさせて、って言っただけで、襲ったのはコイツ自身の意思よ」

 そう言いながら、虫の息で地面に横たわっている石黒をつま先で小突いた。

「じゃあ、俺が痴漢の冤罪で彼女に嵌められたっていうのはなぜ知っているんだ?」

「あぁ、それはね。私、このゲーム二回目だから」

「二回目……?」

 浮ヶ谷の口から出て来たのはまさかの事実だった。だが、確かに二回目であればQRコードがどの位置に書かれているのか知っていてもおかしくは無い。

「そう。だから多少参加者の情報を知っていたの」

 はぁ、とため息を一つ吐くと、全てを諦めたような表情になった。

「もう気付いているかもしれないけど、今回のゲームの参加者は早坂君と因縁がある人物よ」

 やはりそうだった。八鳥にしろ石黒にしろ、五代もそうだった。

「飯貝と、今藤も?」

「ええそうよ。飯貝は君のおじいさんを車で轢いた犯人だし、今藤は振り込め詐欺の主犯格で君のおばあさんからお金をだまし取った犯人よ」

 森口に至っては、早坂を痴漢の冤罪で犯罪者に仕立て上げた人物で、浮ヶ谷は中学の同級生で、先ほどの話の通り姉を襲わせた張本人だ。

「でも、どうして?」

「どうしてって?」

「どうして、そんなメンバーばかり集められたんだ?」

「さぁ、そこまでは私にはわからないわ。私もプレイヤーの一人でしかないからね」

 早坂はその言葉に違和感を覚えた。プレイヤーにしては情報を知りすぎているし、先ほどから周りを気にしながら、そして言葉を選びながら話している。もしかしたら、本当の事を話してしまったら主催者に消されてしまう事を危惧しているのかもしれない。

 今まで気にはしていなかったが、もしかしたらどこかにカメラやマイクなどが仕込んであるのかも知れない。そうして、常にどこからかこちらを監視している人物がいる。そう考えてもおかしくは無い状況だ。

 浮ヶ谷はもはやピクリとも動かなくなった石黒を一瞥すると、再び足で小突いた。

「あ~あ、とうとう死んじゃった。せっかくその手で恨みを晴らすチャンスだったのに」

 少し残念なような、落胆したような表情を浮かべ右のポケットからスマートフォンを取り出すと、石黒のQRコードを読み取った。

 懸賞金を獲得した時のファンファーレが流れ、ランカー君の声が聞こえてきた。

 『懸賞金、げっとだぜ! さぁ、残すプレイヤーは三人。一体だれが生き残るのかな?』

 早坂はそこでふと、ある考えが頭に浮かんだ。

 このまま三人が生き残った状態で三日目が終了したらどうなる?

 初めランカー君は言っていた。

『先ず君たちには懸賞金を奪い合ってもらいます。そして三日後、一番多く懸賞金を獲得した人が勝利者になるよ』と。

 勝利者以外はどうなる。恐らく殺される可能性が高いだろう。では、今の時点で獲得賞金が一番多いのは誰になるだろうか。

 まず、早坂の懸賞金は百万円だ。そして、浮ヶ谷は二百万円、森口は三百万円。この事から、初期金額は森口が一番高い事になる。だが、自分の懸賞金のみでは優勝できないため、森口が誰からも懸賞金を奪っていない場合優勝することは無い。

 では、それぞれの獲得金はどうだろうか。早坂は飯貝の五百万円と八鳥の一億五千万円を手に入れ、その内五百万円を使っているから合計で一億五千百万円。森口が誰からも懸賞金を獲得していないと仮定すると、浮ヶ谷の獲得金は五代の二百万円、今藤の五千万円に今手に入れた石黒の一億円。そして自身の懸賞金を合わせると一億五千四百万円になる。

 もしこのままだと、浮ヶ谷が優勝する事になるだろう。だが、早坂が森口の懸賞金を手に入れた場合浮ヶ谷とは同額になる。その場合にどうなるか気になる所だが、早坂は口をつぐんだ。

 その質問をするという事は、自分の獲得金を暴露しているのと同義であるからだ。

 場合によっては、浮ヶ谷が現時点で既に同額だと考えてる可能性もある。

 早坂は浮ヶ谷に対して、飯貝から手に入れた懸賞金を四百万円であると答えていた。そしてその際、手に入れたのは百万円の防刃ベストだけと答えた。もし浮ヶ谷が、早坂が防刃ベスト以外箱を開けていないと考えていた場合、飯貝の残りと早坂自身の金額を合わせて四百万円。八鳥の一億五千万円を足して同額になっていると思っているかも知れない。

 だが、早坂は八鳥を殺していないと答えている。そうすると、自然に考えれば森口が八鳥の懸賞金を手に入れてると思うだろう。いずれにしても、森口が危ない。

 早坂はさりげなく地面に落ちているグロックを足でガードしていた。浮ヶ谷は恐らくスタンガンしか持っていない。その状態で森口を殺すのは難しいと思えるし、森口自身スリングショットを握っている。浮ヶ谷との距離はそれなりに離れているため、接近を許す前に一発ぐらいは撃てるだろう。

 浮ヶ谷がお殿様館に行った際、藪の中に捨てたスローイングナイフを拾っている事も考えられるが、投げ捨てた早坂でさえすぐに見失ってしまったので回収する事は困難に思える。金属探知機などが有れば話は別だが。

「ところでさぁ、森口さん。あなたはどうしたいの?」

「えっ?」

 浮ヶ谷の唐突な質問に森口はキョトンとした。どうしたい、とはどういう事か。

「早坂君に、人殺しにならないで、なんて言ってるけど、どうせ最後に一人で生き残るつもりなんでしょ?」

「そ、そんな事無いです」

「あなたのせいで、色々と台無しなのよねぇ。その責任、どう取ってくれるの?」

「責任、ですか?」

「そう、責任」

「えっと……」

 どう答えたらいいか森口が迷っていると、おもむろに浮ヶ谷が近づき左のポケットから手を出した。そして、森口に向かって小瓶に入っている液体を飛ばした。

「あっ!!」

 透明な液体は、森口の顔にかかり左目にも入ったようだ。

「おい! 大丈夫か?」

 早坂は駆け寄り様子を伺う。左目を押さえ森口はうずくまる。

「う、うぅ……」

「浮ヶ谷さん、何をしたんだ!」

「何をしたって、死んで責任をとってもらおうとしただけよ」

「その小瓶の中身は? 今の液体は一体なん――劇薬か!?」

 早坂の頭の中に、アイテム一覧が浮かんだ。そこに武器に分類されていいる中で一つだけ存在が浮いていた商品が有った。そう劇薬だ。見て回った宝箱からは、劇薬が入った箱はみつからなかったため、その存在をすっかり忘れていた。

「あれ? 何で知ってるの? あぁ~、やっぱり情報で何かあの古いマップ以外に手に入れてたんだ~」

 しまったと思う。思わず口を滑らせてしまった。

 だが今はそんな事を悔やんでいる暇はない。森口を何とかしないと。

「ちなみに、もう助からないと思うよ。かなり強い毒だから。飲んではいないけど、目の角膜に入っちゃったからねー」

 浮ヶ谷はケラケラと笑う。

 やはり、中学時代の浮ヶ谷ではない。どこか大切なモノが抜け落ちてしまっているきがする。

 思わず憐れんだ早坂だったが、森口が突然立ち上がり、浮ヶ谷へと突進していった。そしてなぜか、右手には早坂の腰にぶら下がっていたサバイバルナイフが握られていた。

 折り重なる様に倒れる二人。

 響き渡る浮ヶ谷の悲鳴。

 赤く染まる地面。

 どうやら森口の持っていたサバイバルナイフが、地面に仰向けに倒れる浮ヶ谷の腹部に突き刺さったようだ。

「痛い、痛い! 熱い! ヤダ、助けて、ねぇ助けて、君」

 ジタバタと暴れるたび、腹部に刺さったサバイバルナイフが傷口を広げていく。

「あなたは、地獄に落ちるべきなんです」

 なおも森口は浮ヶ谷から離れない。

「ウソ、ウソよ……。私が死ぬなんて、ウソ。私はただ、早坂君に復讐を、して欲しかった、だけ……」

 段々と声が細くなっていく。

「じゃあ、なぜ俺を殺そうとした?」

「してない、そんな事……」

「なら、飯貝の死はどういう事だ。あの時、ペットボトルの口に毒を塗ったんだろ? 普通に口をつけていたら、死んでいたのは俺だった」

 そう。浮ヶ谷が飲み終わった後、親指で自分が口をつけたところを拭っていた。だが、予想に反して早坂は拭った方を逆向きにし、口を付けずに飲んだ。その結果毒を摂取することなくすんだのだ。そして、飲み口に直接口を付けた飯貝は毒を摂取する事になり死んでしまった。

「あれは、ささやかな抵抗を、しようと思っただけ……。今回の、ゲームの趣旨は。復讐。君が、死ねばそれが台無しになる、から」

 浮ヶ谷の目からは涙がこぼれ出る。死への恐怖のためか、己が犯した罪への後悔や懺悔のためか。

「そんな、自分勝手な……」

「私は……昔から、君の事が好きじゃなかった。明確な、理由が有ったわけじゃ無い。なんか嫌だ、そんな、感情」

 それは早坂自身感じていた事だ。中学時代、あまり仲良く話した事も無ければ一定の距離を取られていた。もしかしたら、本当は早坂の事など覚えていなかったのかも知れない。事前に情報を知っていたから、覚えているふりをしていた可能性もある。

「それは、今も、そう。憎むべき、相手が目の前にいた、のに。殺そうとしない、自分の手は、汚そうとしない、そんな偽善ぶった、君が、き……ら……」

 そこで浮ヶ谷の言葉は途切れてしまった。

 浮ヶ谷がこと切れたと知った森口は、力が抜けた様にズルリと仰向けに倒れ込んだ。

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