2日目

乾いた二発の銃声の音で、早坂は目を覚ました。

「な、なんだ!?」

 意識をすぐに覚醒させると、外に顔だけだし状況を確認する。空はどんよりと曇っており太陽の姿は見えない。空気も先ほどまでと変わり、少し冷えている。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。アプリを確認してみると、二日目と表示されていた。

 冷静に状況を把握してみる。昨日、八鳥はとりがどこかへ行くと言った後、罠かも知れないため暫く小屋の中で待機する事に決めた。本当にどこかへ行った可能性が高かったが、万が一鉢合わせしないように一時間ほどそこにいるつもりだった。勿論スマートフォンにも時計表示が無く、腕時計もしていないため、あくまで体感でだが。

 「ちくしょう、やっちまった」

 一旦は無事であったことに胸を撫でおろしたが、経過してしまった時間を取り戻すことは出来ない。情報を手に入れる事によりアドバンテージを得たはずだが、それを無駄にしてしまった。今の音は恐らく銃声だろう。アイテム一覧では武器の中にグロック17が有り、過去に動画で発砲音を聞いたことが有った。本来ならそれを先に回収しておきたかったが、誰かがすでに手にしてしまったようだ。

 「いや、最初の宝箱にグロックが入っていた可能性もあるな」

 情報の宝箱以外は入っているアイテムが違うので、その可能性も十分考えられた。だが、他の初めの武器がナイフ類だと考えると、流石に有利過ぎるのではとも感じられる。

 しかし、とにかく今は自分が生き残るために後れを取り戻さなければならない。グロックの入手は諦めるとして、水とボウガン、ヘルメット辺りは手に入れておきたい。銃を持っている相手と対峙した場合、少しでも安心できる方が良い。

「よし、次は観光ホテルに行ってみるか」

 銃声は北の方から聞こえた。ならばまずは南側を探索した方が安全だろうという判断だ。地図上で観光ホテルはバンガロー村の南西の位置にある。いくつか宝箱のマークも確認出来る事から、行ってみても損は無いだろう。

 ただ、一つ心配なのが懸賞金だ。昨日獲得したのは五百万円。その内二百万円を使っていることから、残りは三百万円しかない。自分に懸けられている金額は恐らく百万円で、それは使えない。つまり、欲しいアイテムがあったとしても三百万円の物までしか手に入れられないという事だ。

 とにかくまずは水が欲しい。ブロックタイプの栄養調整食品は一箱残っているので、とりあえず食べ物は大丈夫だ。幸いにも今日は曇りで気温もそれほど高くは無いので、脱水症状になる恐れは低いし、汗もあまりかかずに済みそうだった。

 改めて周りを確認すると、誰とも出くわさないよう祈りながら観光ホテルへと向かった。




 ホテルの入り口横には、錆と苔で覆われた看板が立っていた。大浴場やレストラン、サウナにバーと書かれている。当時はそれなりに賑わっていたのかも知れない。

 入り口はというと、ベニヤ板で全面が覆われており、少し頑丈そうな木の扉が取り付けられていた。恐らくはガラス張りだったのだろうが、誰かに割られてしまったのか、ただ単に侵入防止のため補強しているだけなのか、壊すのには骨が折れそうだった。

 木の扉は、普段施錠出来る様になっている作りをしているが、今は鍵などはかかっておらず、少しだけ開いているのが見て取れる。直近で誰かが出入りしたのだろうか。

 早坂は意を決し、ナイフを逆手に握りしめゆっくりと扉を開いた。

 室内は暗く、スマートフォンのライト機能を使用しロビーを照らす。窓という窓はベニヤ板で覆われており、外光が入らないため薄暗い様だ。

 ホテルのロビーは、人の姿は無かった。その代わり、椅子がずらりと並び、その当時使用していたであろう様々な物が散乱していた。チラシやタオル、当時のレジスターなど時を感じさせる物ばかりだ。フロント奥に取り付けられている使用できるクレジットカードのロゴも、今では見かけることが無くなった物も確認できる。

 フロントの横を通り、奥の厨房へ足を踏み入れる。食器などが散乱し、更には大型の冷蔵庫がキッチン台にもたれかかる様に倒れている。シンクなどは錆びておりとても使える状態ではない。試しに蛇口をひねってみたが、当然の様に水は出てこなかった。仮に出てきたとしても、あまり飲む気にはなれないが。

 奥の方には味噌ラーメンと書かれた暖簾が有り、小さな部屋が有った。倉庫か何かだったのだろうか。しかし、ここにも特に宝箱などは無かった。

 フロントの方へ戻り、事務所と思われる場所に入る。壁には交通安全の旗やバスの運行表などが貼られており、更に奥の部屋には倒れたロッカーやほこりをかぶった電話機、頭上には神棚が飾られていた。恐らく支配人辺りが使用していた事務所なのだろう。

 フロント脇にはカウンターがあり、さらにその横には宴会用と思われる部屋があった。奥の方の壁際は天井からの雨漏れにより腐食していて、多少古臭さは感じるものの、一晩だけなら過ごせそうだった。場合によっては、ここで二日目の夜を迎えても良いかもしれない。

 ただ、建物の入り口から近く目立つので、人が入ってくる可能性がある。侵入されないように入り口を塞ぐなどしないととても安心は出来ないだろう。

 次に、宴会場とは反対側の階段に向かう。廊下を進むと楓と皐月と書かれた二つの部屋が確認できた。まずは楓と書かれた部屋を覗いてみると、ここも比較的きれいで、当時の暖房器具やブラウン管のテレビが横たわっていた。天井からぶら下がっている和紙で覆われた球体の照明も、原型をとどめているものがほとんどだ。広さや作りからして、宴会用の部屋だろう。

 続いて皐月と書かれた部屋を見てみる。こちらも同じく宴会用の部屋と思われ、広々としていた。ただ、先ほどの部屋と違い割れたガラス窓や壁に開いた穴などから落ち葉や土が入り込んでいる。しかし、清掃すれば快適に過ごせそうだった。

 特にめぼしいものが無かったので、更に探索を続ける。

「上に行ってみるか」

 建物自体まだしっかりしている方なので、誰かしらのスタート地点になっていてもおかしくはないが、今のところそんな形跡はなかった。

 階段をのぼると、突如として光が差し込んできた。どうやら天井がぬけているらしい。その証拠に、壁がカビで腐食し、廊下の絨毯の上には落ち葉が積み重なっている。しかも、穴の開いた天井のすぐ奥にフェアリーテイルと書かれたバーがあり、まさにおとぎ話の世界に誘うように、薄暗い入り口がぽっかりと口を開けている。

 しかし、その誘いには乗らずまずは右手側にあった大宴会場を覗いてみる。

 今まで見てきた所とは比べ物にならないぐらい天井が所々抜け落ちており、たたみが腐食してしまっている。しかし、窓際の、腐食していない場所に見覚えのある四つの箱が確認出来た。

「赤い箱が開いている」

 どうやらここがスタート地点だったプレイヤーも、一番初めのアイテムには武器を選択したらしい。もしかしたら八鳥のスタート地点だったのかもしれない。

 開いていない防具と食料の宝箱を調べてみる。もし、役に立ちそうなものが有ったら手に入れるつもりだったが、その期待は裏切られた。

「防刃ベストとエナジードリンクか……」

 せめてゼリータイプの栄養調整食品であれば良かったのだが。

 防刃ベストは既に着ているし、エナジードリンクはヤバい薬が入っているため飲むわけにはいかない。

「他を当たってみるしかないな。――っ!」

 立ち上がり、先ほど確認したバーに向かおうと踵を返すと、大宴会場の入り口に人が立っていた。

「う、浮ヶ谷さん!?」

 そこに立っていたのは浮ヶ谷だった。始めは警戒したような、訝しんだ様な顔をしていたが相手が早坂だと分かると頬を緩ませた。

「なんだぁ、君かぁ。ベストを着ているから一瞬分からなかったよ」

「俺もびっくりしたよ。朝銃声が聞こえたし、昨日はヤバいヤツがうろついていたし……」

「ヤバいヤツ?」

「あぁ。早く人を切り刻みたい、とかなんとか言いながら歩いてたんだ」

「うそ!? よく無事だったね、君」

「まぁ、ちょうどその時バンガロー村にいたから、見つからないように小屋の中に居たんだ」

「ふ~ん、小屋の中ねぇ。もしかしてそれ、そこで手に入れたの?」

 浮ヶ谷は早坂が手に持っているサバイバルナイフを指さした。

「いや、これは違うよ。バンガローで手に入れたのはこのベストだけ」

 ベストの裾をつまみ、ナイフをしまいながら咄嗟に嘘をつく。

「でも、何で防具を?」

「やっぱり、自分の身を守る物が欲しかったんだよ。一番初めはハズレを引いちゃったからさ。だから、このベストが――」

 早坂はそこまで言いかけて言葉を止めた。

「……このベストが出て、ホッとしたよ」

 危うく『このベストが欲しかった』と言いかける所だった。浮ヶ谷の言葉は、なにやら探りを入れているような感じがする。もしうっかり欲しかったなどと口走った暁には、なんでその宝箱に防刃ベストが入っていると分かったのか、と問い詰められそうだった。

 勿論それが気のせいである可能性も考えられるが、あまりしゃべりすぎない方が良いだろう。

「確かにねぇ、武器の宝箱が開けられているのを見るもんね」

 浮ヶ谷もやはり、初めの宝箱を注視しているようだ。

「でも、バンガローの宝箱は食料の箱も空いていたんだけど。何か知ってる?」

 その射貫くような視線に一瞬ドキリとする。

 よく考えろ、ここで返答を間違えたら敵対してしまうかも知れない。

「それって、いつの話?」

「今朝よ。ついさっき。昨日見た時は武器の箱しか空いてなかったはずなんだけど」

 そこで思いついたのは二択。一つは自分は開けずに立ち去ったととぼける事。もう一つは他の小屋の事じゃないかとはぐらかす事だ。

「いや、俺は防具の箱しか開けていないよ」

 早坂が選択したのは一つ目の選択肢だ。二つ目に関しては、早坂自身全ての小屋を確認した訳では無かったため、ボロが出そうだった。まだ自分は開けていないととぼけた方がましな気がしたからだ。

「でも、防具の宝箱を開けたという事は、誰かから懸賞金を奪ったって事だよね? 君」

 その指摘にドキリとする。

「な、何でそう思うんだい?」

 声が震えそうになるのを必死に堪える。

「だって、君に表示されている懸賞金は百万円。そして、始めの宝箱の金額は百万円。つまり、誰も殺していない状態で宝箱を開けた場合君は死んでいた。でも現に今こうして生きているから、考えられる可能性は二つ。誰かからアイテムだけを奪ったか、懸賞金を使って宝箱を開けたかって事になるよね」

 浮ヶ谷の真意は分からない。早坂が手に入れた懸賞金を奪おうとしているのだろうか。

「でも君は正直に宝箱を開けたと言っていた。もし、誰かを殺して懸賞金を奪っていたら、食料の箱も開けたんじゃないかなって」

 なかなか鋭い指摘だ。

「因みに、殺した相手の懸賞金が百万円だった、って嘘をつくのは無しね。だって、君のQRコードを読めば分かるんだから」

 つまり、手に入れた懸賞金が百万円だという嘘をついた場合、殺すという事だろうか。果たしてそれは本気で思っているのか。浮ヶ谷はスタンガンを持っているのは確実だ。だが、もしそれだけであれば早坂の方が断然有利なのは間違いない。なぜならサバイバルナイフを持っているし、力も早坂の方に分がある。

 見たところ、大型の武器は所持していないように見える。

 クロスボウやスリングショット、トンファーなどを持っていたら隠すことは不可能だろう。そうなるとグロックか十手か、はたまたスローイングナイフか。それらであれば比較的容易に隠せるだろう。

「分かった、正直に言うよ。浮ヶ谷さんと別れたあと、売店に行ったんだ。そしたら、このサバイバルナイフを持った男に襲われかけてさ。そんで、水を寄越せって言われたから渡して、その水を飲み終わったあと急に苦しみだして、それで……」

「それで?」

「死んだ。だから、俺は殺してない。だって、浮ヶ谷さんも飲んで、俺も飲んだ水だったんだ。それで殺せるわけ無いだろ?」

 浮ヶ谷は何かを考え込むように顎に指を当てると、ふぅっと息を吐いた。

「なるほど、それでその男のQRコードを読み取ったのね」

「ああ、金額は……四百万円だった」

 ここでもまた一つ嘘をつく。獲得金を見せろと言われれば嘘をついたのがバレるかもしれない。だが、ここで早坂が考えたのは、目の前で宝箱を開けろと言われたときの事だった。残りは三百万円だ。もし正直に五百万円と申告し、四百万円の宝箱を開けろと言われた時、不可能になるからだ。

 獲得した金額が四百万円で、防刃ベストのみ手の入れたとすれば、残りは三百万円で辻褄が合う。

「ふ〜ん。ということは、そこに有る開いていない箱を全部開けられるって事ね?」

 確かに浮ヶ谷の言うとおりだ。ここにある箱を全部開けることは出来る。だが、中身を知る早坂からしたらそのメリットはない。

「ま、まぁ確かに開けることは出来るけど、そうすると俺の獲得金がゼロになるし、浮ヶ谷さんが手にできる懸賞金も俺の百万円だけになる。お互いにメリットはないんじゃ無いか?」

早坂がそう言うと、浮ヶ谷は手で口を覆い肩を震わせ笑い出した。

「ふふふふ、冗談冗談。ちょっとからかっただけよ」

「え?」

「何かサバイバルナイフとか持ってるしさ、もしかして人殺しになっちゃったのかなって。でも安心した。君がまだ人殺しになってなくて」

 浮ヶ谷のその言葉の真意は分からないが、どうやら少しは警戒を解いてくれたようだ。

「そういう浮ヶ谷さんは、昨日あれから何をしていたんだ? 見たところ、アイテムを持っている様子は無いけど」

 恐らくオーバーオールのポケットにはスタンガンが入っているだろう。だが、それ以外にアイテムは持っていなさそうだった。

「うん、そりゃあ私は人を殺してないからね。だから懸賞金はゼロ」

「じゃあ、昨日は俺以外に誰とも会わなかったの?」

「ううん。一人だけ会ったよ、女子高生に。昨日君と別れて、流しそうめんの所だったけな、ばったり会ったの」

「何か、武器とかは持っていた?」

「いや、特に何も持っていなかったよ。実際、争うつもりは無いって言っていたから」

 確かにゲーム開始直後に会った時も丸腰だった。カバンなども持っていなかったから、最初の宝箱は食料を開けたのかも知れない。仮にスタンガンだったとしても、しまう場所等なさそうだった。

「そっか……」

 人の事を嵌め、更に裁判で争ったのに今更争いたくないだなんて身勝手では無いか。そんな思いからふつふつと怒りが湧いて来る。そして、二度と見たくないと思っていた顔が鮮明によみがえると、その当時の記憶も呼び起こされてきた。


 父親の失踪からの死、姉の死、母親の死、それら最悪の出来事をようやく乗り越え、大学卒業後何とかそれなりの会社に就職する事が出来た。精神を病み、たった一人残っている妹を守るため、早坂は早く出世しようと奮闘していた。

 仕事にもある程度慣れ、上司や先輩に信頼されるようになってきた矢先、突然の不幸は早坂自身に降りかかってきた。

 ある日、いつも通り出勤するため満員電車に揺られていると、女子高生が早坂の前に割り込んできた。毎日同じ時間、同じ車両に乗っていると、通勤や通学のタイミングが一緒の人と同じになるため、ほとんどの人は見たことが有った。だが、その女子高生は初めて見る制服を着用していた。

 早坂は直感的になんか嫌だな、とは思ったものの、満員電車であるため身動きも取れないし、相手も後から乗って来る乗客に押されたまたま来たんだろう、とその時は思っていた。

 女子高生が自分の前に立ち、密着状態のまま二駅が過ぎた時、突然その女子高生は振り向き「この人痴漢です! 助けてください!」と叫び声をあげた。

 一気に集まる車内の視線。一瞬何を言っているのか理解が出来なかったが、その視線から自分が言われているんだと悟った。だが、早坂は痴漢などしていない。出来るはずもない。なぜなら、彼の両手はつり革のさらに上、バーの部分を握っていたのだから。

 しかし、周りはその事に気付かないのか、あるものは蔑んだ目を向け、あるものは早坂を取り押さえようと動いた。

 正直、早坂にも油断があった。自分は両手でバーを掴んでおり痴漢などしていない、出来るわけがない。そう思っていたし事実だった。説明すれば理解してもらえる、話をすれば分かってもらえる。その時はそう思っていた。

 だが、結果としてその選択は間違いだった。電車のドアが開いた時点で、全速力で逃走すれば良かったのだ。その俊足を生かして。

 乗客の男に拘束され、女子高生と共に駅員室に連れていかれ事情を説明するも、全く聞き入れてもらえない。

 『嘘をつくな』

 『みんなやってないって言うんだよ』

 返って来たのはそんな言葉たちだった。

 それは警察が来てもそうだった。やっていないという証拠を出すのはほぼ不可能に近い。取り押さえた乗客に両手でバーを掴んでいたと主張しても、覚えていない、痴漢をしたあとに掴んだんだろうと、取り付く島もなかった。

 その後、裁判で無罪を主張したが、覆すことが出来ず、最終的に懲役一年六ヶ月、執行猶予三年の刑が言い渡された。

 だが、問題はここからだった。執行猶予がついたことで、服役は一旦免れられたものの、痴漢行為を行い、会社の体面を著しく汚したということで、懲戒解雇となってしまった。

 保険金や相続したものがあるので、そこまでお金には苦労をしなかったが、社会的地位や安定収入が無くなってしまったのは相当つらい。

 ましてや妹が精神を壊して入院している。その費用をなんとしても捻出する必要があった。

 そのため、ハローワークへ通っていたわけだが、その帰りに何者かに拉致された。

 早坂にとって、痴漢の冤罪をなすりつけた森口という女子高生は、二度と会いたく無い相手だったのだが、何の因果か、謎のゲームの舞台に立っていたのだ。




「もしかして、知り合い?」

 そんな早坂の険しい表情から何かを感じ取ったのか、浮ヶ谷が疑問を投げかけてきた。

「知り合いっていうか、俺を人生のどん底に突き落とす最後の一押しをしたやつだ」

「人生のどん底って、一体何をされたの?」

「昨日話したけど、中学の時に親父が失踪して死体になって戻ってきたって言ったでしょ? 実はその後に姉が自殺したり、母親が通り魔に殺されたり、それで妹が精神を病んじゃったりしてさ。そんな時、あいつに嵌められたんだよ。それで会社をクビになった。その他にも、じいちゃんは飲酒運転の車に轢き殺されたり、ばあちゃんは振込詐欺に遭うし、もう不幸体質なんてレベルじゃないんだよ」

 そんな早坂の境遇を聞き、その絶望を想像してしまったのか、浮ヶ谷は驚きの表情を浮かべ押し黙ってしまった。

「そんで、執行猶予中だけど再起しようとハローワークに通っていたら、こんな訳の分からない場所で目を覚まして殺し合いをさせられる。しかも、しかもだよ? 昨日遭遇しそうになったヤバイやつっていうのが、母親を殺した通り魔殺人犯なんだよ」

 早坂のその衝撃発言に一瞬驚いた表情を浮かべた浮ヶ谷だったが、突然笑顔になった。そして、その口から出てきた言葉は意外なものだった。

「良かったじゃない!」

「えっ?」

「確かに君は色々つらい思いをしてきたのかも知れない。でも、その元凶が二人もここにいるんだよ? しかも、このデスゲームに参加している。それって逆にチャンスじゃん。そんなの、殺す以外無いじゃない」

 突然の発言に驚きを隠せない。昔の浮ヶ谷はこんな人物だっただろうか。それとも単にその本性を知らなかっただけなのか。困惑する早坂をしり目に、浮ヶ谷はなおも続ける。

「そのサバイバルナイフでひと思いにやっちゃえばいいんだよ。ね? それで人生をやり直そうよ」

 それは早坂にとって魅力的な提案だった。自分の人生を台無しにしたやつらがのうのうと生きている。今でも妹のみおは苦しんでいるというのに。

 この状況下で本当に人を殺したとしても、正当防衛を主張できるかもしれないし、そもそも殺人が明るみに出ることは無いのではないか。廃墟とはいえ、こんな所で死体がでてしまったら、このパークの持ち主が危ういだろう。

 しかし、早坂の中の理性がストップをかける。確かに仇をとれるかも知れない。だが、妹はどう思うだろうか。兄が殺人者だなんて許せないのではなかろうか。

「私が最大限サポートするからさ。み~んな殺して、生き残ろうよ」

 そう言いながら両手で早坂の右手を包み込むように握る。

 そして、満面の笑みを浮かべると素早く踵を返し、大宴会場の入り口へと軽い足取りで歩いていく。

「じゃあ、また後でね」

 そう言い残し、浮ヶ谷は部屋から出て行った。

 興奮で体温が上がっていたのか、気温のせいなのかはわからないが、心なしか浮ヶ谷の手はとても冷え切っていた気がした。


 一人部屋に残された早坂は考える。最大限のサポートと言っても一体何をするのだろうか。拉致してくるのか、それとも罠に嵌めるのか。女子高生の森口であれば、もしかしたら拉致をすることが出来るかもしれないが、八鳥を拘束するのはむずかしいのではないだろうか。恐らく力では勝てないだろうし、何より対峙した時点で速攻切りつけられるだろう。

 とすれば、罠を設置するのだろうか。しかし、何をどうやって。

 一人で落とし穴を短時間で掘るのは流石に無理だ。縄を使ったトラップなども難しそうだ。まだパーク内全部を見回った訳では無いが、今の所ロープの類は見ていないし、宝箱から入手することは出来ない。

  それに、次に落ち合う場所も決めていない。そんな状況で本当にサポートをしてもらえるんだろうか。ただのリップサービスの様な気さえしてくる。

「まぁとりあえず、探索を続けますか」

 大宴会場を出ると、一先ず気になっていたバーに入ってみる事にする。

 ライトを照らしながら中に入ってみると、その埃っぽさにまずは驚く。表にレーザーディスクカラオケの看板が有った事から、お酒を飲みながらカラオケを楽しめたのだろう。そのため防音効果を高める必要が有り、部屋には窓が無く空気の流れも悪いのだろう。赤いカウンターや同じく赤いソファー、倒れたイスやテレビなどにも分厚く埃が溜まっているし、何より光に照らされ舞っている埃の量が半端じゃない。こんな所で深呼吸などしたら、あっという間に肺の中が埃だらけになってしまいそうだった。

 そんな埃っぽい部屋の中に、ほとんど埃をかぶっていない物があった。そう、宝箱だ。

 百センチ四方ほどの大きめの宝箱で、やはり破壊して中身が取り出せないように頑丈に補強されている。確かにただの木の箱だったら、今持っているサバイバルナイフを使えばこじ開ける事は可能だろう。主催者はそのあたりを警戒して頑丈にしているのかも知れない。

 早坂は一度バーを出て、何度か深呼吸をする。廃墟化した建物で有り、実際壁にはカビが生え床は腐食しているがバーの中の空気より幾分かマシだ。そして、一度大きく吸い込むと息を止め、一気に宝箱まで近づいて行く。

 QRコードを読み取ると、宝箱の中身はクロスボウであることが分かった。そして、肝心の金額は三百万円。早坂は躊躇することなく購入を決め箱を開けた。そして、クロスボウ本体と、付属していたアルミの矢三本をケースごと持ってそそくさとバーを出た。

「よし、良いぞ。これでまた少し安心できる」

 飛び道具が手に入ったのは正直デカい。だが、まずは一旦ここから離れた方が良いだろう。もしかしたら浮ヶ谷がすぐ戻って来るかも知れないし、他の参加者も来ないとは限らない。

 四階は客室のフロアとなっている様で、まずはそこでクロスボウをじっくり観察してみようと思いつく。

 階段をのぼり客室がずらりと並ぶ廊下に到達すると、部屋番号が書かれた案内看板が壁に備え付けられていた。左側の通路を行くと、一〇三号室、一〇五号室、一〇六号室、一〇七号室が有り、右の通路には一〇一号室、一〇二号室、一〇八号室と、全部で七つの客室が有るようだ。

 廊下を右に行き、一〇二号室を覗いてみる。

 その部屋は想像とは違い、腐食などなくとてもきれいな状態を保っていた。テーブルは多少痛んではいたが全然問題なく使えそうだし、窓際にある旅館お決まりのサイドテーブルと向かい合ったイスはまだまだ現役と言えるぐらい綺麗だ。

 入り口のドアを閉め、窓際のイスに座る。念のため外を覗いてみるが、ホテルの屋根と木が見えるだけで周りからこちらの姿を見られる心配は無さそうだ。しかし、一応カーテンをゆっくりと閉める。勢いよくしめ、万が一その瞬間を見られたらここに人が来てしまうかも知れないし、角度的にこちらからは見えなくても向こうからは見えてしまうかも知れないからだ。

 テーブルの上にケースに入った三本の矢を置き、黒光りしているクロスボウの本体を観察する。

 全長は約九十センチほどで幅は大体七十センチほどのコンパウンドクロスボウで、本体はアルミニウム製なためそれなりに重い。三キロほどの重量があるがその分威力に期待ができ、これが有れば、八鳥と急に遭遇しても優位に立てそうだ。

 油断している所を背後から襲われたら流石に不利だが、奴が持っていたのはスローイングナイフだ。向こうは投擲するのに振りかぶる必要が有るが、こちらはあらかじめ弦を引いておき矢をセットしておけば引き金を引くだけでいい。

 滑車が付いたフルサイズクロスボウなため有効射程距離は四十メートルは確実にあり、飛距離については二百メートルを軽く超えるぐらい飛ぶと思われる。アイテム一覧では百五十ポンドと書かれている。つまり弦を引くのに必要な力が約六十八キロという事であり、その力で引いた弦から十六インチの矢が飛ぶわけだから、その殺傷能力の高さがうかがえる。

 ただ、矢が三本しかないため無駄打ちが出来ないというのが痛い所だ。

「とりあえず、弦を引いておくか」

 以前、友人と少しだけサバイバルゲームをやった時にクロスボウを試し打ちしたことが有った。勿論標的は動物や人間などではなくスチール缶だ。その時の記憶を元に、予め弦をセットしておくことにする。

 早坂は立ち上がるとボウガンの先端を下にし、垂直に立てた。地面に接しているフットスティラップといういわゆるあぶみの様な部品を足でしっかりと踏み、かがみ込んで弦の左右を両手でしっかりと握る。そしてそのまま、スポーツテストの背筋力を測るかの如く弦をしっかりと持ち上げ本体に固定する。後は矢をつがえ、ストックを肩に当てながら標的を狙い、トリガーを引けば、オッケーだ。

 弦を張り終えると、矢のケースを腰にぶら下げ、クロスボウも肩にかけるためのベルトが付いているので肩に担ぐ。

「さて、次はどこに行こうか」

 改めて地図を見てみるが、まだ行っていないエリアがそこそこある。ゲートボール場、お殿様館、浮ヶ谷が行ったという流しそうめんのレストラン、そして遊園地。それらのスポットには、いくつか宝箱の表示がされている。そこでふと、後先考えずクロスボウを手に入れてしまった事を少しだけ後悔する。

 仮に新しい宝箱を発見しても、すでに購入する資金が無い。誰かから懸賞金を奪うか、クロスボウで脅してアイテムを手に入れるしか今は方法が無い。そしておそらく今度は、飯貝の様にはいかず、自分の手で誰かを殺めなければならないだろう。

 だが、とりあえず宝箱を確認してみることにする。手に入れることが出来なかったとしても、どこの宝箱にどのアイテムがあるか、それぐらい先に把握するのも有りだろう。そうすると、ひとまずこのホテルから近いゲートボール場を見てみるのはありかも知れない。

 それに、まだ昼前だと思われる時間だ。いつまでもここに居ては時間を無駄にするだけだし、いざという時の逃げ場がない。かくれんぼをするにしてもすぐに見つかってしまいそうだ。

 再びサバイバルナイフをケースから取り出し、右手で握りしめると、慎重に辺りを警戒しながらホテルを出た。

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