1日目

不快な蒸し暑さを感じ早坂俊太郎はやさかしゅんたろうは目覚めると、ちかけたプレハブ倉庫の様な場所に横たわっていた。

 外からはねっとりとしたまとわりつくような風が入り込み、割れた窓からは薄っすらと日の光が差し込んでいる。体中がかゆい。腕を見てみると、蚊に刺された跡が無数に確認できた。腕がこの有様ということは、恐らく首や背中なども刺されている事だろう。上半身を起こし床を見ると、体が接していた部分にはよくわからない虫がチラホラ確認出来た。もしかしたら背中の痒みはダニの仕業かもしれない。

 その気持ち悪さに思わず身震みぶるいすると、ふとのどかわきを覚えた。

 周りを見渡してみると、テーブルの上に何かが置かれていることに気が付いた。

 まだぼんやりとする頭にむちを打ちながらゆっくり立ち上がると、フラフラとした足取りでテーブルに向かう。何が置かれているのか確認してみると、透き通った液体の入ったペットボトル一本と、レンズが透明なスポーツサングラス、スマートフォンの様な端末が置かれていた。ペットボトルには、某有名メーカーのラベルが巻かれている。

 早坂は慌てるようにそれを手に取ると、今すぐ飲もうとキャップをひねった。

 そして、口元に持っていった時、そこでふと違和感に気付く。

「……これ、開いてた?」

 そう、未開封のキャップを捻った時の抵抗が無かったのだ。本来であれば、キャップといらずら防止リングが分かれる際の、カリっというかパキパキっという音と抵抗が有るはずだが、それがなかった。

 そんな違和感をよそに、体は目の前のその透明な液体を欲している。見た目や匂いは問題なさそうだ。しかし、冷静な脳は飲むなと警告を発している。

 飲むべきか飲まざるべきか、ペットボトルを握りしめたまま葛藤していると、外でガサリと草木が揺れるような音が聞こえた。

 驚き、割れた窓の方を見るが特に何も異変は無い。小動物か何かだろうか。けど油断はできない。見えない何かが潜んでいる可能性もあるのだ。

 ペットボトルをテーブルに置くと、辺りを警戒しながらゆっくりとわくだけとなった入り口から外へ出る。

 外は雑草が生い茂っており、数十本の巨大な鉄柱が規則的に立ち並んでいた。右手側の遠方にはゴルフ練習場の様な物が見えるので、恐らくはその練習場を囲っていたネットの支柱なのだろう。そして、ゆっくりと建物の裏手に回ると、早坂の思考は停止した。

 そこに立っていたのは一人の人物。透明なスポーツサングラスをかけた茶髪の女で、早坂の良く知る女子高生だった。

 向こうもこちらの姿に驚いたのか、すぐにきびすを返し走り去ってしまった。

 その後ろ姿を、早坂は黙って見ているしかなかった。

 なぜなら、額に冷や汗をかき、心臓は跳ねる様に鼓動し、足がすくんでしまっていたからだ。

 「な、なんであいつがここに居るんだよ……。ここは一体、どこなんだ?」

 わけもわからない状況で、二度と会いたくないと思っていた人物が何故ここにいるのか。正直疑問は尽きない。

 早坂は心を落ち着かせる様に深呼吸を何度かすると、一旦目を覚ました倉庫へ戻る事にした。とにかく情報が少なすぎる。もしかしたらテーブルに置かれたスマートフォン端末から何か情報を得られるかも知れない。戻る途中、何度か振り返ってみたが、あの女子高生が戻って来る様子は無かった。

 スマートフォン端末を持ち上げると、自然と起動し画面が明るくなった。特に何もスイッチ類などは押していない。

「もしかして、顔認証か?」

 しかし、全く見覚えの無い物だ。早坂が持っていたメーカーの物とは違う形をしている。いつの間に登録されたのだろうか。

 だが今はそんなことを考えている場合ではない。ここがどこなのか、なぜあの女がいるのか、少しでも情報が欲しい。起動した画面を見ると、アプリケーションと思われるアイコンが一つしかなかった。充電は100%、WiFiや5Gなどのキャリア回線にも繋がっておらず、どうやら外部との連絡は出来ないらしい。

裏側を見ると、三眼のカメラとライトが確認出来た。

「一体何なんだ、コレは」

 あまり気は進まないが、アプリを起動してみる事にした。

 アイコンをタッチするとすぐに起動し、《ようこそ、QRゲームへ》と血が滴るような文字が表示された画面へ移行した。トップ画面と思われるそこには、タイトルとは他に《遊び方》《スキャン》《獲得金》《データ》などが表示されているのが確認できる。

「QRゲーム? 何だこれ」

 一体このゲームが、今の状況と何か関係が有るのだろうか。とりあえず、《遊び方》という所をタップしてみる。すると、スラッシュメタルの様なギターリフと共に、デフォルメされた丸っこいカニの様なキャラクターが現れた。両方の爪の先だけが黒い、赤褐色のカニだ。

 『やぁやぁようこそ、QRゲームのステージへ。僕はランカーっていうんだ。ぜひランカー君と呼んで欲しいな。それじゃあこれから僕が、このゲームのルールを簡単に説明するから、よ~く聞いてね』

 ランカーと名乗ったカニのキャラクターは、画面をちょこまかと動き回り、可愛らしい声で話し始めた。

 『先ず君たちには懸賞金けんしょうきんを奪い合ってもらいます。そして三日後、一番多く懸賞金を獲得した人が勝利者になるよ。懸賞金の奪い方については、体のどこかにあるQRコードをこのアプリのスキャン機能で読み取ればOKさ。そして、QRコードを読み取られた者はその時点でゲームオーバー、つまり死ぬって事。だから夜もおちおち寝ていられないよね』

「死ぬ……だって?」

 突然ランカー君は過激な事をのたまった。

 『懸賞金については人によって金額が違うよ。だから、少額の人をたくさん読み取るか、多額の人を読み取って一気に稼ぐか、それは君のプレイ次第さ。そして、相手にいくらの懸賞金がかけられているかは、そこにある透明なグラスをかければ一目瞭然いちもくりょうぜん。でも、自分の金額と相手がどれだけ懸賞金を獲得しているのかは見られないから注意してね』

 画面では相変わらずランカー君がおどけた様に動き回っている。

 『つまり、本人の懸賞金自体は低くても、実は沢山懸賞金を稼いでる場合もあるって事。だから、誰かと出会ったら容赦なくQRコードを読み取っちゃおう』

 明るく簡単に言っているが、先ほどの発言が真実ならば、QRコードを読み取ったら相手は死んでしまう。つまり、出会った相手は容赦なく殺せと言っているようなものだ。

 『QRコードを読みとれば、獲得した金額がアプリで確認できるからそこは安心してね。でも、自分のQRコードは自分で読み取ることが出来ないからそこだけは注意だよ』

 ランカー君がウィンクする。

「自分のQRコードが読み取れないって言うのはシステム的な物なのか? それとも物理的……?」

 試しに自分の身体の見える所を探してみたが、QRコードは見つけられなかった。自分の目からは見えない場所にあるという事か。そうなると背中やうなじ等だろうか。

「ん? 何だこれ」

 うなじに手を触れた瞬間違和感を覚えた。何かデキモノが出来たような感じに盛り上がっている。

 『因みに、どうして死んじゃうのかと言うと、QRコードが読み取られると首の後ろに埋め込まれた装置から猛毒が注入されるんだ。だからくれぐれも弄ったりしないでね』

 まるでこちらの動きを見ているかのようなタイミングでドキリとする。早坂はその言葉にうなじをこすっていた腕を止めた。

 『あと、プレイエリアの外に出ても猛毒が注入されるから、決してエリア外には行かないでね。一応ラインが引いてあるから分かるとは思うけど』

 なるほど。ここがどこかは分からないが、誰か助けを呼びに行こうとしても途中で死んでしまうという訳か。

 『あっ、そうそう。もう一つあった。既に見つけた人もいるかもしれないけど、エリア内の色んな所に宝箱が置いてあるんだ。懸賞金を支払う事によって宝箱を開ける事が出来るんだけど、買い物をした結果、自分に懸けられた懸賞金も含めゼロになると毒が注入されちゃうから、買い過ぎには注意が必要だからね』

 改めて部屋を見回してみると、テーブルを挟んだ向こう側の角に小さな宝箱が四つ置かれている。恐らくあれの事を言っているのだろう。

 『でも、宝箱から手に入れられるアイテムはとっても役立つ物ばかりだから、悩んじゃうよねぇ。っていう事で、これは僕からのプレゼント! スタート地点にある宝箱なんだけど、一個だけ無料で開けられるよ!』

 何と、とりあえず何かしらのアイテムは確実に手に入れられるようだ。まるで、ソーシャルゲームのダウンロード特典みたいだ。だが、今の所どのようなアイテムが手に入るのか分からないが、水や食料などが有るとありがたい。水に関しては今、目の前にあるがやはり不安が残る。まぁ、必ずしも宝箱から手に入る水や食料が安全である保証は無いのだが。

 『っとまぁ、大まかなルール説明はこんな所かな。後は細かい注意点として自分に懸けられた懸賞金のみでは勝利できない事、懸賞金が奪われてない状態だったら、すでに死んだ相手からも奪う事が出来るって感じ。安全にQRコードを読み取りたければ……後は分かるよね?』

 最後の一言だけ急に声のトーンが低くなった。

 まぁ、殺してから奪えと言いたいのだろう。

 『プレイヤーは君を含めて何人かいるよ。全員がゲームを始める事に同意してからゲーム開始となるから、それまではQRコードを読み込んでも無効だからね。という事で、ゲームを始めてくれるかなぁ?』

 ランカー君が激しくダンスを踊った後、画面には《ゲームを始める》というボタンが表示された。

「押す、のか?」

 このボタンを押したら、もう後戻りが出来ない気がする。いや、押さなかったとしてももうどうしようもない状況ではあるだろう。

 早坂は半ばやけくそ気味に画面をタップした。すると、左上に一日目と表示されたトップ画面に切り替わった。


{さぁ、最後の参加者がゲーム開始ボタンを押したよ。という事で、ゲームスタート}


 外のスピーカーから、けたたましいラッパの音とランカー君のスタート宣言が聞こえてきた。

「お、俺が最後だったのか? とにかく、もっと情報を集めないと」

 とにかく今は明らかに情報が足りない。ここがどこなのか、このゲームのエリアの広さはどれくらいなのか、他の参加者は何人いるのか、一体どんなアイテムが有るのか等だ。

「まず、あの宝箱を確認してみよう」

 早坂はとりあえず小屋の中にあった宝箱を確認してみることにした。木の板やゴミなどが散乱している床を歩き、宝箱に近づく。

 宝箱はそんなに大きくなく、三十センチ四方ほどのサイズで、ステンレスか薄い鉄板の様なもので補強されていた。そして、それぞれの宝箱は色分けされている。早坂は一番左に置いてある黄色の宝箱の正面を覗き込んだ。本来なら鍵穴の有る部分に小さなQRコードが印字され、その下に文字が書かれていた。

「情報、ひゃ、百万円!?」

 正直高すぎる。どんな情報かも分からないのに百万円もするなんてどうかしている。

 その他の宝箱も確認してみる。赤い宝箱は武器、青い宝箱は防具、緑色の宝箱は食料と書いてあり、いずれも金額は同じ百万円だった。

「もし全部開けるとしたら三百万円か……」

 ランカー君の言葉を信じるなら一つは無料で開けられる。まずは無難に食料を手に入れ、それから考えれば良いのではないか。

「いや、待てよ。逆にこれだけ高額なんだから、相当良い情報が手に入るのでは?」

 これが適正価格なのかは分からない。もしかしたら他の場所にあるアイテムの方が、金額が高い可能性もある。それに、高いとは言え早坂はこれは買うべきだと考える。戦は情報が重要だ。情報を持っているかいないかで戦況が大きく変わる。もしこれがデスゲームというやつなら、情報を持っていた方が優位に立てる可能性が非常に高い。

 早坂が尊敬する作家が書いた、火星とおぼしき場所を舞台としたとあるホラー作品でも、一番初めに食料やサバイバルアイテム、護身用アイテムではなく情報を手に入れたことで勝利している。確かに生命活動を維持するためには食料が必要だし、身の危険からおのれを守るためには護身用のアイテムは有効だろう。しかし、ランカー君の説明でもあった通りこのゲームの期間は三日間だ。最悪食料が無くても何とかなる可能性はある。じっとりと汗ばむ気温ではあるが、気を失う前は五月に入ったばかりだったはずだ。熱中症や脱水症状の危険性も、真夏に比べれば低いだろう。それに、手に入れた情報で地図や水のありかが分かったらどうだろうか。やみくもに探すよりいいのではないか。

「でも、具体的にどんな情報なのか分からない。やっぱり、まずは食料だろうか」

 そこでふと、早坂の脳裏によこしまな考えが浮かんだ。

 他のアイテムは誰かから奪えばいいのではないか。

 一体これに何人参加しているのかは分からない。だが、選択肢として武器が有る。その武器を使って食料などを奪えばもしかしたら……。

 早坂はそこまで考えて首を振った。

「いやいやいや、それじゃ主催者の思うツボじゃないか」

 自分がこんな状況に置かれているという事は、少なくともこの状況を設定した人物がいるという事だ。そして、ランカー君の言う通り殺し合いを誘発させようとしている。始めに武器を取り、参加者を殺しながらアイテムと懸賞金を奪っていく。そんなことをすればこれを仕掛けた人物の手のひらの上で踊らされているに等しい。

 それに、もしかしたら他の参加者も同じことを考えるかも知れない。特に力の弱い参加者がいた場合、自衛の意味も含めて武器を選ぶかもしれない。宝箱の大きさからして、刀や槍などの長物は不可能だろうから、おそらくはナイフ辺りだろう。もしかしたら拳銃などもありえなくはない。

「そう考えると、防具もアリかも知れない」

 防刃ベストやヘルメット。もしそういった物が入っていればいくらか安心できる。

「いや、やっぱりまずは食料だ」

 まずは生き残らなければならない。目の前にある水が飲めない以上、宝箱の中に安全な水が入っていることを祈るのみだ。それに、食料を選択した他の人達がいつまでも持っているとは限らない。手に入れてすぐ胃の中に納めてしまえば奪われることは無いからだ。

 早坂はアプリのスキャン機能を立ち上げ、緑色の宝箱のQRコードを読み込ませた。すると画面には

 〔開封しますか?〕

 という文字の下に《開封する》というボタンと、さらにその下に注意書きが表示されていた。

「ちょっ、そんな事ランカー君は言って無かったじゃないか!」

 早坂はてっきり全ての宝箱を開けられるものだとばかり思っていた。だからまずは食料を確保し、何とか賞金を手に入れた後、他の宝箱を開けて行こうと考えていた。だが、四つの内一つしか開けられないというのなら話は変わって来る。

「うわー、決められねぇ」

 一旦悩みだすと止まらない。例えばコレが二択であれば比較的早く決断できるかも知れない。だが、今回は選択肢が四つもある。しかも一つしか選べないのだ。リアルな人生においてリセマラは出来ない。

「けど、早く決めないと……」

 そう、ぐずぐずはしていられない。いつ他の参加者に襲われてもおかしくは無いからだ。少なくとも一人には早坂の居場所は知られている。

「あみだで決めるか? それとも棒を倒すか? 神様の言う通りか?」

 宝箱の前をウロウロとしながらなおも悩む。

「う~ん、やっぱりコレだ!」

 早坂が選んだのは、黄色の宝箱だった。自分の直感を信じることにしたのと、好きな色だったからだ。

「ん? 何だこれ」

 QRコードを読み取り宝箱を開けると、中には色褪せた園内マップと、単語帳から切り離した様な一枚の紙きれが入っていた。そこにはアルファベットの羅列が書かれている。


 【PvhfsSzobpq】


 早坂は一瞬呆然とした後、怒りが込み上げてきた。散々悩んだ末、出て来たのが当時使われていたであろう色褪せた園内マップと、英語の書かれた紙切れ一枚だ。こんな情報が何の役に立つのだろうか。それに、人生の中で英語を殆ど勉強してこなかった早坂にとって、紙に書かれている単語の意味は理解出来なかった。しかも園内マップにいたっては、一部地名と思しきところ等が塗りつぶされているし、デフォルメした人や建物が書いてあるだけで、詳細な距離や場所などは分からない物だった。

 ハズレだ。これは間違いなくハズレだ。

 園内マップや紙の裏側を見ても何も書かれていない。あぶり出しや特殊なライトを当てれば文字が浮かびがって来る可能性も無くは無いが、果たしてそんな手の込んだ事をするのだろうか。

「ふざけやがって」

 早坂は誰もいない空間に悪態をついた。

 しかし、いつまでもここにいるわけには行かない。何とか水や食料を確保しなければならないからだ。もしかしたら宝箱以外から手に入れる事が出来るかもしれない。湧き水や木の実などあれば助かる。

 ひとまず早坂は、先ほど見えたゴルフ練習場のような場所へ行く事に決めた。そういった施設であれば、誰かしらいるかも知れないと考えたからだ。

 園内マップと紙切れをズボンの尻ポケットにしまい、スポーツグラスをかけた後早坂はペットボトルを掴んだ。まだ安心した訳では無いが、本当にヤバくなったら飲まざるを得ないかもしれないし、飲料以外に使い道が有るかも知れないと思ったからだ。

 外に出ると、先ほどより日差しが強くなっている気がした。太陽の位置や空気の感じからして、まだ午前中だろう。場合によっては、日中の活動は避けた方がいいかもしれない。五月と言えど、二十度を超える日も有るからだ。幸いにも背丈の高い草むらがそこら中にあるため、日よけに使えそうだった。

 全身のかゆみに耐えながら、ゴルフ練習場と思しき場所へ近づいていく。周りを囲っていたであろうネットは無残にも剥がれ落ち、規則正しく並んだ鉄塔が哀愁を漂わせ聳え立っていた。


 「くそっ、歩きづらいな」

 人が歩いていたと思われる場所は辛うじて道らしさを保っていたが、かつていくつものボールが着地したであろうフィールド上は、雑草が生い茂っていた。

 何とか足に絡みつく草を振り切りながら、ずらりと打席が並んだ場所に到達する。

 時が止まり盤面が割れた時計。錆だらけで何基かは地面に落ちている扇風機。左奥には、踏んだら板が抜けそうな上へと続く階段。それらが時の風化を感じさせる。

 早坂は、今にも朽ちてしまいそうな階段を慎重に上った。途中、パラパラと錆のかけらが落ちるたびヒヤリとしたが、階段が壊れる事無く二階へとたどり着くことが出来た。

「う、動かないで!!」

 安堵した瞬間、後ろから緊迫した女の声が聞こえた。

「そ、そのままゆっくりと振り向いてちょうだい」

 条件反射で両手を挙げると、早坂は言われた通りゆっくりと振り向いた。数メートル先に、スタンガンを両手で突き出すように持ち、へっぴり腰の女が立っていた。

 

 懸賞金:二百万

 

 早坂のかけているスポーツグラスに、目の前にいる女の懸賞金額が表示された。その文字を見てなるほどと思う。懸賞金が確認出来ると言っていたのはこの事だったのか。

 そして、その姿に少しだけ胸を撫で下ろす。

 そこに立っていたのは、かつて早坂と同級生だった浮ヶ谷栞うきがやしおりだったからだ。

 髪は肩にかかるほどの長さになっているが、狐を思わせるような細い目と低い鼻、薄い上唇には見覚えがあった。昔から美人ではあったが、大人になりそれが余計際立っている。当時と違う点と言えば、フレームが少し太い黒縁の眼鏡をかけている事ぐらいか。

「はや……さか、君?」

 どうやら向こうもこちらに気がついたようだ。一瞬忘れ去られているのかと危惧きぐしたが、一応は覚えていてくれたらしい。

「やぁ、浮ケ谷さん。久しぶり……」

 どうしてこんな形での再開になるのだろと早坂は苦笑いを浮かべる。

「そうだね。中学ぶりだね」

 向こうもどうやら同じような感情を抱いているらしく、少し困ったような表情をした。

 お互い、同じ中学の同級生ではあるが特別親しかった訳ではない。三年間のうち、二年間だけ同じクラスで過ごしただけで、友人を介して話す程度の間柄だった。デートはおろか、二人きりで話したことすらない。

 「どうしてこんな所に? って言うのは野暮な質問か……。浮ケ谷さんも、気がついたらここにいたんだろう?」

 誰もすき好んでこんな場所には来ないだろう。いや、世の中には廃墟マニアが一定数存在する。彼女もその可能性が考えられる。しかし、何やらよく分からないゲームの真っ只中に来るとは思えない。それに、明らかに廃墟を探検するような格好ではない。

 袖がレースになっている白いトップスと、裾が広がった黒いサロペットを着ている。そして足元は白いグルカサンダルだ。

「”も”って事は早坂君も?」

「あぁ。目覚めたら向こうの方にある物置小屋みたいなところに居たんだ。そしたら、なんだか変なゲームが始まって、とりあえず目についたここに来てみたんだよ」

「そうなんだ。私も全く知らない所だったからすごく不安だったの。知ってる人がいて少し安心した」

 口ではそう言うものの、スタンガンを構えたまま警戒は解かない。まぁ確かにそうだろう。十数年ぶりに再会したクラスメイトが安全な奴だとは限らない。怪しい新興宗教にはままっていたり、マルチビジネスに手を出していたり、犯罪者に豹変しているかも知れないからだ。

 その考えは早坂とて同じだ。いくら相手が初恋の相手だからといって、自分にとって安全であるとは限らない。ましてや状況が状況だからだ。

「浮ケ谷さんはどこで目覚めたの?」

「私? 私は、下のソファに寝かされていたわ」

 確かに階段を上る前、ソファーが壁際を向いて置かれていた。とすると、最初の宝箱はこの近くにあると言うことか。

 さりげなく目だけで探してみるが、視界のなかでは発見できなかった。もっと奥の方か、あるいは一階部分か。

「そっか。じゃあ、ここにいるって事はまだ起きたばかりなんだね?」

「えぇ、そうね。起きたらスマートフォンみたいなのがあって、それをいじってみたらなんかゲームの説明が始まって、聞き終わって少ししたらゲーム開始って放送が聞こえたわ」

 すると、自分とほぼ同じぐらいのタイミングで目覚めたのか。と早坂は考えた。そして、彼女が握りしてめているスタンガン。恐らく最初の宝箱から手に入れたアイテムだろう。だが、ふと疑問に思う。スタンガンは武器なのか防具なのか、という点だ。護身用という観点から見れば防具にはなるが、相手を制圧するという方向で考えると武器であると言える。どちらの宝箱から出てきたかで、今後の方針が変わって来る。もし武器の宝箱から出てきた場合、殺傷能力の低いアイテムが武器の箱から手に入る可能性が高い。だが、防具の宝箱から出てきた場合、武器の方から手に入れられるアイテムは、スタンガン以上の物という訳だ。

「そろそろ、そのスタンガンを下ろしてくれないか? 俺は君に危害を加えるつもりは無い」

「アッ! ごめんなさい。なんかテンパっちゃってたみたい」

 慌てた様に浮ヶ谷は構えを解いた。しかし、右手にはしっかりとスタンガンが握られている。

「とにかく、お互い状況を整理しよう。ここだと周りから目立ちそうだから、一階に下りないか?」

「ええ、そうね。私も色々と君から話を聞きたいわ」

 浮ヶ谷が賛同した事を確認すると、早坂は先だって階段を降りた。階段をのぼって来たばかりというのも有るが、自分の背中を晒すことで相手に警戒されないためだ。今は一つでも多くの情報が欲しい。

「さて、浮ヶ谷さんはここに来る前の事は覚えているかい? 俺はぼんやりと車に乗せられた事ぐらいしか思い出せないんだよな」

 一階に降り、少し背の高い草の前まで移動すると早坂はそう切り出した。しかし、その言葉に浮ヶ谷は首を横に振る。

「ううん、ごめんなさい。私は全く覚えてないの。普通にいつも通り生活していると思っていて、目覚めたらこんな所に居たのよ」

「そうか、何にも覚えていないのか」

 果たしてそんな事が有るのだろうか。だが、首の後ろに怪しげな物を設置されたりしているため、おそらく何かしらの手術をされた可能性が高い。そう考えると、薬などの影響で忘れているという事も考えられるし、一時的な記憶喪失というのも実際にある様なのでそれかも知れない。

「いつも通りっていうけど、その中でなんか変わったことは無かった?」

「変わった事? う~ん、どうだろう。特に無かったような気がする。ほんと、退屈な毎日」

「そっか。因みに、仕事は何を?」

「私の仕事? 大手企業の経理部で働いていたわ。ついこの間までね」

「ついこの間?」

「そう。ついこの間。正直私は納得していないんだけど、懲戒解雇されたのよね」

 大手企業を懲戒解雇されるとは、一体どんなことをしたのだろうか。

「懲戒解雇か……。それはまた、気の毒に」

「っそ。やってもいないのに業務上横領だって」

 今更嘆いたところでどうしようも無いと言った感じで、あっけらかんと言い放った。

「業務上横領かぁ。じゃあ、浮ヶ谷さんも無実なのに濡れ衣を着せられたんだ……」

「そうなのよ。まっ、そろそろ退職しようかなぁ、なんて思っていたタイミングだったから、会社に対して未練は無いけどね」

 昔の彼女は冗談でもそんな事を言う人だっただろうか。もう少し真面目というか、堅い印象を持っていた。世間という荒波、やってもいない罪に問われ変わってしまったのか。かくいう早坂も、昔はもっと素直で人をすぐ信じる所があった。だが、数々の経験から、人を信用するという事が怖くなってしまっていた。

「ところで、早坂君は中学を卒業した後何してたの?」

「俺? まぁ、高校は都立の普通科に通って、その後大学を出て、そこそこの一般企業に就職したんだけど、色々と仕事を覚えてこれからだって時にクビになった。んで、気が付いたらこんな所に居たって感じかな」

「そっかぁ。ってか、クビって何をやらかしたの?」

 浮ヶ谷は少しイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「いや、大したことじゃないよ。ちょっとした冤罪でね」

 正直早坂はこの話題を口にしたくなかった。冤罪とはいえそもそも痴漢というワードを女性にたいして使いたく無かったし、何より元凶である相手が同じ場所に今現在いる。もはや思い出したくない記憶なのだ。

「まぁ、無理に話さなくても良いよ。誰にも触れられたくない過去はあるもんね」

「そうだね。ありがとう」

「でも、元気そうで良かった~。ほら、中学の頃色々あったでしょ? 卒業後何だか少し心配で……」

 心配されるほど親しくは無かったと思うが、早坂は素直にその言葉を受け止める事にした。今、そんな言葉を疑った所であまり意味は無いと思ったからだ。

「それで、その後お父さんは見つかったの?」

「一応、見つかった……」

「一応って?」

「生きては、帰って来なかったから」

 浮ヶ谷はその言葉に絶句したかのように手で口を覆った。

「少し、ニュースにもなったから知ってる人はいるかも知れないんだけど、保険金殺人ってやつだったみたい」

 早坂の父親は、彼が中学一年生の頃浮気相手と失踪した。母親やその時まだ生きていた姉は、浮気の兆候に気が付いていたみたいだったが、鈍感だった早坂は一切気付いていなかった。いつも通り出張に出かけてくると言った父親の言葉を信じ、数日で帰って来るものだろうと思っていたが、一か月経っても、二か月経っても帰って来ることは無かった。流石に長すぎると思い母親に『父さんの出張長いね?』と言った所、『あの人はもう、帰って来ないよ』と言われ、初めて真相を知った。

 裏切られたという思いも有ったが、まず感じたのは『この先家族を自分が守らなければ』という想いだった。母親、二つ年上の姉と二つ年下の妹。男である自分が、その三人を守らなければと。

「失踪してから三年後ぐらいかな? 俺が高校に入学して少し経ったぐらいだから。突然警察から連絡があって、母親と一緒に見に行ったんだ。そしたら、息をしていないまるで蝋人形みたいな父親が横たわっていた」

 初めは母親だけで見に行くと言っていたが、一人で行かせるのは心配だったため、強引について行ったのだ。

「会いに行った当時は、殺されたなんて分からなかったし、普通に病死って扱われたんだよね。心不全、だったかな。だけど数年後に、他に一人の男性が犠牲になって、生命保険の保険金目当てで殺されたって言うのが分かったんだ。実際父親が死ぬ前に結構高額な生命保険に加入していたからね」

「そう、なんだ」

「一応、父親が死んだときも警察は殺人を視野に入れて捜査していたみたいなんだけど、アリバイがあったらしくて逮捕出来なかったみたいでさ」

「アリバイ?」

「そう。今となっては結構有名なんだけど、拮抗作用ってやつを使ったらしい」

「拮抗作用って、あれだよね、ある現象に対して反対の作用をもつ要因が互いに対抗して打ち消しあったりするやつ。アドレナリンとインスリンの関係みたいなやつよね」

「うん。その作用を上手く使ったみたい。アコニチンとテトロドトキシンを使ってね」

「トリカブトと、フグを使ったのかしら。でも、その方法ってかなり有名だから、すぐ警察にバレたんじゃないのかな」

 アコニチンはトリカブトの毒として有名で、テトロドトキシンと言えば真っ先にフグの名があがる。その二つの毒を同時に摂取した場合、お互いの毒の効果を打ち消しあう拮抗作用が起こる。しかし、だからと言って完全に無毒化出来る訳では無く、それぞれの毒の半減期、つまり体内の血中薬物濃度が半分になるまでの時間が違うため、最終的に半減期の長いアコニチンの毒が勝る。よく漫画や映画などでは一命をとりとめるシーンが描かれる事が有るが、必ずしも助かるわけではない。

「いや、アコニチンはトリカブトから採取したみたいだけど、テトロドトキシンはフグじゃなくカニを使ったみたいなんだ」

 今の時代、フグのテトロドトキシンを入手するのはとても困難だ。大量のクサフグを手に入れるのも難しいだろうし、トラフグ等の内臓は鍵の掛かるボックスなどに入れて管理され、外部に流出しないよう管理されている。

「カニ? テトロドトキシンなんて持っているカニなんていたっけ? エラの部分は食べない方が良いって聞くけど……」

「いわゆるカニのガニってやつね。でも、実際いるらしいんだよ、テトロドトキシンなどを持っている猛毒のカニが。名前は忘れちゃったけど。でも、なんか可愛らしい名前だった気がする」

 スマートフォンがインターネットに繋がっていれば今すぐに調べられるのに。何だかすごくもどかしい。

「はぁ、喋ってたらなんか喉が渇いちゃった。ねぇ、その水、ちょっと頂戴?」

 早坂の持っているペットボトルをチラリと見ながら、両手をサロペットのポケットに突っ込みながら上目遣いで浮ヶ谷が遠慮がちに言った。

 さて、どうしたものか。と早坂は考える。

 こんな訳の分からない状況で、出来る事なら貴重な水は確保しておきたい。しかし、まだ毒などが混入していない確証がない。万が一それらが入っていた場合、基本持っていてもあまり意味が無いように思える。しかし、そんな水を浮ヶ谷に飲ませても良いのだろうか、という思いもある。

「いや、これはダメだ……」

「えぇ~? 何でよ。見たところ一口も飲んでないじゃない。一口ぐらい良いでしょ?」

「もしかしたら、毒が入っているかも知れないんだ」

「またまたぁ。そうやって見え見えの嘘をついて飲ませないつもりでしょ」

「いや、本当なんだ。飲もうと思ってキャップを捻ったら、すでに開いていたんだよ。明らかに怪しいだろ?」

「それなら、私のもそうだったよ? もう全部飲んじゃったけど、ほらピンピンしてる」

「でも、遅効性の毒だったら?」

「まぁ、その可能性は考えられなくも無いけど、別に変な味はしなかったしなぁ。あっ! そうだ。じゃあ、私が毒見するって事でどう? もし本当にその水に毒が入っていたら、死ぬのは私でしょう?」

「確かにそうかも知れないけど、そんな危険な事……」

「どうして? 君にはメリットしか無いんだよ? 水の安全が確認出来たら飲めるわけだし、毒が入っていたら死ぬのは私。どう?」

 ポケットに入れていた右手をだし、水を求める様に手を伸ばしてくる。

 浮ヶ谷のいう事は最もだ。だが、一つ懸念点が有る。

「分かったよ。でも、毒見とか言いながら全部飲むのは無しだからな」

「あはは。そんな事しないって」

 早坂は持っていたペットボトルを浮ヶ谷に手渡した。

「もし私が死んだら、私のQRコードを読んでいいからさ」

 右手でボトルを持ち、左手でペットボトルのキャップを開けると、浮ヶ谷はボトルを持ったままあっかんベーをする様に右の下瞼を右手の人差し指で下げた。眼球の下、白目部分に小さな黒い模様が見える。それはとても小さなQRコードだった。

 そして、呆気に取られてる早坂をしり目にペットボトルに口をつけ、こくこくと喉を鳴らしながら二口ほど水を飲んだ。

「ふぅ。おいしい」

 そして、じっと早坂の顔を見つめる。

 30秒ほどお互い無言となり、だから言ったでしょと言わんばかりの顔で

「ほら、大丈夫でしょ?」と浮ヶ谷は言い放った。

 そして、左手の親指で自分が口にした部分を拭うと、そのまま早坂にペットボトルを差し出した。

「さぁ、安全が確認出来たよ。君も喉が渇いてるんでしょ?」

「あ、あぁ」

 ペットボトルを受け取ると、浮ヶ谷が口をつけた方を逆側にし、直接ボトルに口をつけないよう水を喉に流し込んだ。

「ちょっ、なんかひどくない? 私との間接キスがそんなに嫌なの?」

 早坂の独特な飲み方を見て、浮ヶ谷は軽く憤慨ふんがいした。

 ボトルの水を半分ほど飲み、一息ついてからその言葉の意味を考える。浮ヶ谷が何をそんな不機嫌になっているのか理解出来なかったからだ。別に間接キスが嫌だという訳では無い、むしろ向こうの方が嫌なのではないかと思わなくも無いが、早坂からすればいつも通り飲んだだけだ。

「えっと、ゴメン。俺、いつもペットボトルで飲むとき口をつけないように飲むんだよ。だから別に間接キスが嫌って訳じゃないんだけど。むしろ浮ヶ谷さんの方が嫌なんじゃないか?」

「私は別に気にしないけど、そんな飲み方する? 普通」

「う~ん、日本ではあまり普通じゃ無いとは思うけどね。コップが有ればコップに移すんだけど、でももしペットボトルで飲むしかない場合は、今みたいに口をつけないでいつも飲んでるよ」

 過去に友人からも指摘されたことが有り、他にもそうやって飲む人がいないか調べたことが有る。すると、インドなどではむしろ主流らしい。衛生的な面や宗教的な理由などがあげられるとの事だった。

「まぁ、良いわ」

 浮ヶ谷はやれやれと言った風に首を振ると、何かを思い出したかのような顔をした。

「そういえばさ、ゲーム開始直後に宝箱開けたでしょ? 君は何を選んだの?」

「俺? 俺は、情報ってやつを選んだよ。明らかに失敗したけどね」

 早坂は一瞬別の箱を開けたと答えようと思ったが、もし何が入っていたかを聞かれた時困るだろうと思いあえて正直に答えた。武器や防具だった場合何かしら持っていないと怪しいし、食料と答え既に食べたと言ってもボロが出そうだったからだ。

「失敗って、いったい何が入っていたの?」

「コレだよ」

 そう言いながら早坂はズボンの後ろポケットから色褪せた園内マップだけを取り出す。四つ折りにしていたものを広げ、浮ヶ谷に見せた。

「うわ、ずいぶんと年季が入ってるね。でもなんだろ、見た事ある様な……。――ってここもしかして、変男沼へだぬまレジャーパークじゃん!? ほらそうだよ、レジャーパークの名前は消されているけど、お殿様館とのさまかんとか神社とかあるし」

「変男沼レジャーパーク?」

 早坂は初めて聞く名に首を傾げた。

「あれ、知らない? 二十年ぐらい前に閉園したレジャーパークなんだけど、建物とか遊具とか取り壊されずに残ってて、その朽ち果て具合がノスタルジックさを感じさせるって、一部の廃墟マニアに人気の場所よ。でも確か、数年前に誰かが買い取ったって話なんだけど……」

「いや、全然知らないよ。俺は廃墟マニアじゃないし、二十年前って言ったらまだ俺らが子供の時じゃないか」

「確かにそうかぁ。もともとすごく有名な場所では無かったみたいだからねぇ」

「でも、誰かが買い取ったのなら、その買い取った人がこのゲームの黒幕って事にならないか?」

「確かにそうかも。でも、分からないわ。その後また別の誰かに売ったのかも知れないし、持ち主の知らぬ間に開催されているかも知れないし」

 果たしてそんなことは可能なのだろうか。買い取った主に知られずにこのゲームの準備を着々と進め、更に実際にこうやって行っているわけだ。このゲームの最中に持ち主がやって来る可能性もゼロじゃない。だとすれば、持ち主が仕組んだと考えるのが自然だろう。

「でも、ここがその変男沼レジャーパークだと分かったとしても、何の攻略にも役立たないじゃないか。ある程度の建物の場所は分かるけどさ」

「確かにねぇ。このマップ以外には何も無かったの?」

「……あぁ、何も無かった」

「そっかぁ、やっぱハズレ引いちゃったんだね」

 そこでふと、早坂にある考えが浮かんだ。

「もしかして、他の人の情報と合わせる事で意味があるんじゃないか? ちなみに浮ヶ谷さんは何の箱を開けたの?」

 そう、自分一つだけの情報では意味をなさず、他の情報と組み合わせることであの英文字が何なのか分かるのではないだろうか。

「私は……、防具の箱を開けたわ」

 あまり期待はしていなかったが、やはり情報の箱は開けなかったようだ。

「だよね、普通こんな状況で情報なんて選ばないよなぁ。俺も防具を選んでおけば良かったよ。だってスタンガンでしょ?」

「え、えぇ……。そうね」

 ランカー君曰く、QRコードを読みこんだ時点で相手は死んでしまうが、スタンガンで気絶させた後別に読み取らなければ相手を殺さずに済むし、自分が生き残るためには少なくとも一回はスキャンしなければならない。気絶後であれば相手を殺すという罪悪感も、もしかしたら薄くなるかもしれない。

「それじゃ、私はそろそろ行くわ。いつまでも同じ場所に留まっているのは危険だろうし、私も生き残りたいしね」

「行くって、どこへ?」

「さぁ、まだ決めていないけど、とりあえず適当に散策してみる予定」

 浮ヶ谷はまるでハイキングに行くように答えると、軽い足取りで歩き出した。そして、一度だけ振り返ると

「くれぐれも、私の寝こみは襲わないでね?」

 とウィンクともに言い残し、遠ざかって行った。

「さて、俺はどうしたものか」

 早坂は園内マップを確認すると、ゴルフ練習場にほど近い売店へ向かってみることにした。

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