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玄門 直磨

プロローグ

今、早坂はやさかの目の前にはもがき苦しむ石黒いしぐろの姿がある。姉の自殺の元凶となった憎むべき相手。かつて自分の命に代えてでも殺したいと願った相手。それがすぐ目の前でのたうちまわっている。

「早坂君。どうしたの? あなたの積年の恨みを晴らすチャンスなんだよ? 何をためらう事が有るのよ。後はその銃の引き金を引くだけで、お姉さんの仇を取ることが出来るんだよ?」

 浮ヶ谷うきがやの言葉は最もだった。こんな千載一遇せんざいいちぐうのチャンスはまたとない。街中で偶然出会ったのであれば、自ら手を下すことは不可能だろう。だがこの状況だ。誰が罰する事が出来よう。イスに縛られた相手はもがき苦しみながら地面に倒れてる。一方早坂は相手を殺傷せしめる銃をその手に握っている。心臓が高鳴り、ドーパミンが大量に分泌されて行くのを感じる。

 だがそんな思いとは裏腹に、銃を握るその手は震えている。銃口は石黒を向いているが照準がまるで定まらない。手の平にじっとりとかいた汗で、今にも銃を落としそうになる。

 やれ! やっちまえ!

 心の中の声が脳内に反響する。その声はどんどんと大きくなり、人を殺す事の罪悪感や、倫理に反する考えなどはどうでも良く感じる。今、石黒の命は自分が握っている。そう思うと、にやけが止まらなくなってくる。

 頭を撃って殺すべきか、手足から撃ち散々苦しめてから殺してやるべきか、そんな事を考え始める。

「どのみちこの男はもう助からないかも知れないんだよ。だったら早坂君の手で止めを刺すべきよ」

 早坂はその言葉に頷くと、銃を握り直し改めて銃口を石黒の頭に向けた。

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