第17話

 大挙して押し寄せてきた蠢く黒枝の群れは怪獣地帯に居つくことにしたようだ。現在は先住民である大蚯蚓たちと激しい戦いを繰り広げている。勘弁してくれ本当に。


 そして困ったことと言えばもう一つある。


「ユウガ君!銀の虫を捕まえてきたよ!その緑のブヨブヨと交換してくれないかい?」

「俺が言うのもアレだけど、よくこんな得体の知れないものを食おうと思えるよな」

「ふふふ、これも星の導きさ」


 つい先日ふらっと訪れた不審者改め星見屋ラシンのことだ。結局こいつの処遇をどうするのか、有耶無耶になってしまった隙にいつの間にかすっかり馴染んでいる。子供みたいにあちこち探検してはいちいち感心の声を上げる、クールそうな見た目に反して落ち着きのない奴だ。


「もぐもぐ……ふぅむ、この雑味は餌由来かな?食べさせるものを調節してやれば、ハーブのような香りと独特な食感も合わさって美味しく頂けると思うのだけれど」

「お、中々目の付け所がいいじゃないか。今イイ感じに養殖が出来ないか試してるんだよな。この貝みたいな食感は俺もゴウジさんも気に入ってるぜ」


 大繁殖していたスライム共、焼いてみたら結構美味かったんだよな。リリアンはあまりお気に召さなかったようだが……って違う、そうじゃない。

 コイツは潜在的な敵かもしれないのに、妙なノリの良さと親しみやすさで毒気を抜かれるのが困る。既にメーダもゴウジさんも篭絡されてすっかり友達みたいになってしまった。俺が、俺がしっかり警戒していないといけない……!


「あ、そういえば聞きそびれてたんだけどさ」

「なんだい?」

「星見屋?星読みの一族?ってどういう人たちなんだ?」

「おや、知らないのかい?結構有名だと思ってたんだけど……ああ、そうか。確かキミは別の世界から来たんだってね?リリアン嬢から聞いたよ」


 なんだ、聞いてたのか。別に隠してはいないし、説明する手間が省けた。


「ボクたち星読みの一族というのは、生まれつき『星を通じて未来を見る目』を持った一族のことさ」

「未来予知が出来るってことか?」

「そうだよ。だから規模の大小を問わずに色んな組織に重用されてたんだけど……まぁ、色々あって今はめっきり数を減らしてしまったのさ。特に盟約派が台頭してからはそれが顕著でね?帝都は今大混乱してるから一族の皆は散り散りになっちゃって、何処で何をしてるのかも分からないんだ」

「色々苦労してるんだなぁ……帝都?」


 また知らない単語が出てきたぞ。


「帝都っていうのは、人の文明が築かれた都市のこと、人の領域さ。この世界は『内地』と『外地』に分かれてて、帝都は内地の中心部に位置しているよ。ちなみにここ、名無しの荒野は外地側の境界線に位置しているね」

「内地と外地の違いは?」

「人が住むのに適するかどうかだね。予想はついてると思うけど、外地の方が生存に適さない方さ。都の人々にとって、外地というのはスラム以上に恐るべき場所なんだよ?」

「そうだったのか……ん?じゃあお前はここが危険地帯だってわかった上でわざわざやって来たってことか?」

「うん、そうなるね?」


 こ、こいつ……マイペースとかそういうレベルじゃないぞ。この世界の人基準だったら完全に気が狂ったヤベー奴じゃん!


「だって気になったんだから……仕方ないよね?」

「やっぱおかしいよお前」

「あはは、これは手厳しい。でもね、実を言うとこの荒野は外地の中じゃ一番マシなんだよ?他の場所なんて足を踏み入れただけで死ぬようなところばっかりだから、直接的な命の危険が少ないだけでかなり優しい部類なのさ。ただ生存に必要なものが絶望的に少ないだけでね」


 えぇ……異世界怖いなー。最初に飛ばされたのがここで良かったかも。リリアンと出会ってなかったら秒でくたばってた自信がある。


「ちなみに他の外地には、怪物が跳梁跋扈する古代遺跡、絶えず火を噴く火山、全てが毒に汚染された湿地帯、蛮族が支配する山岳、その他諸々色んな場所があるね。どこもとっても賑やかみたいだよ?」

「……」


 もうツッコミする気すら起きない。魔境すぎるだろこの世界。


「かつては外地調査も積極的に行われてたみたいなんじゃがのう、大量の資源を消費する割に微々たる成果しか得られんものだからいつの間にか行われなくなったのじゃ。外地に関するマトモな資料は記録院でも少ないじゃろうな」

「おっ、リリアンいつの間に」

「うむ、研究が一段落したから休憩しに来たのじゃ!」

「やぁリリアン嬢、コレ食べるかい?」

「うへぇ緑色のブヨブヨ……わらわ、そのぐにぐにした食感が好かんのじゃあ」

「あははは、好き嫌いは良くないよ~?」

「苦手なものの押しつけも良くないぞ」


 閑話休題。


「そういえばさ、ここには三つの危険生物がいるって言ってたよな?大蚯蚓と黒枝と、残りの一種は何なんだ?」

「それはボクも知りたいかな~?多分こういうのに関してはボクよりお嬢の方が詳しいだろうしね」


 どうせソイツらもここを目指して行動してるんだろう。せめてどんな奴なのかくらいは把握しておきたい。あわよくば何かいい対処法が天から降ってくるガチャから出てくるかもしれないしな。


「ああ、それはな……」

「それは?」

「わからん」

「えっ?」

「ふぅん?」


 なるほど、そう来たか……リリアンはここ荒野について詳しいから当然知っているものだと思っていたが、外地に関する情報は少ないという話だったな。ということは誰も予想だにしない危険が潜んでいる可能性があるってこと?嫌だなぁ。


「家にあった資料によればアンデッドの一種だとか、特殊な霊的存在ゴーストだとか、廃棄された自動ゴーレムだとか。白いカビの一種なんて説もあったのう。情報が錯綜しとる上にどれも憶測の域を出ないから全く予想も出来んのじゃ」

「なんと……」


 共通点らしい共通点は人型であることくらいか?でもそれだと白カビが当てはまらないか。なんだろう、全然分からん。


「そういえば名無しの荒野は立ち入った者の魂を吸い取るっていう話があってね?もしかしたらその未知の生き物が犯人だという可能性もあるね」

「ちょっと待て聞いてないぞそんなの」

「ああ、それはただの迷信じゃぞ。全体的に乾燥した気候だからそういう印象が付いたのじゃろう」


 よ、良かった~。実は俺の残りの寿命は数日ですとか、もしそんなことになったら冗談じゃないぞ。


「とはいえ、正体不明の危険生物の生態に関しては全てが謎に包まれておるから、もしかしたら、あるいは……」

「はい!俺はそういう風に無闇に人を不安にさせるのは良くないと思います!」

「うんうん、そうだね。魂だけじゃなくてありとあらゆる体液を搾り尽くして、この世のものとは思えない苦痛を与えながら人を殺す怪物かもしれないよね?」

「お前も便乗するな!」


 ごめんよ~、とおどけたようにのたまうラシンを一発はたいておいた。やはりコイツは危険人物なのではないか?ふん縛ってその辺に転がしておいてやろうか、全く。


「まぁ、今は考察のしようがないことを議論するよりも……」

「目の前の問題を解決する方が先、だな」

「だね~」

「ングゴ?」


 メーダが引きずって来た黒枝の成木・・の焼死体を視界に収めつつ、俺たちはため息をついた。

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