第16話
数日もしないうちに新居の周辺が大変なことになってしまっていた。
そこら中を緑色のスライムが這いずり回り、それらをラグビーボールほどの大きさの銀色の甲虫が捕食し、更にそれを黒くうねうねしたものが突き殺して回る。この荒野に新しい生態系が構築されつつあった。どういうことなんだ。
調べてみたら、俺のガチャによって持ち込まれた生物が中心となってこの奇妙な生態系が築かれているようだ。
緑スライムは先日のガチャで出現したばかりのクリーチャーがいつの間にか脱走し野生化したもの。銀の甲虫は怪獣ロードゴンの体表に張り付いていたのが外に出てきたもの。黒いうねうねだけは分からなかったが、これはリリアンが教えてくれた。
「こやつは『蠢く黒枝』の若木じゃな」
「蠢く黒枝」
「本当はもっと北の方で暮らしておるはずなのじゃが……若木がここにおるということは成木もいずれこちらに来るということか。面倒なことになったのう」
聞けば、蠢く黒枝とは荒れ地の大蚯蚓に並ぶ荒野の危険生物らしい。こちらから手を出さなければ比較的安全な大蚯蚓と違い、黒枝は周囲の動くもの全てに襲い掛かる蚯蚓以上のバーサーカーだ。たまたま上空を通りがかった巨鳥を打ち落としただの、英雄と呼ばれるような人物が率いる騎士団を壊滅させただの、とんでもない逸話がある化け物植物である。
この黒枝、若木の時点で人間形態のメーダの皮膚を食い破るほど殺傷能力が高い。それ以上に強力な成木の群れがこれから大挙して押し寄せてくると言う事実に俺は頭を抱えた。下手したら蚯蚓よりも厄介な相手じゃないか?火と水という弱点はあるものの、それが何処まで通じるか分からない。蚯蚓の時のようにボス級の個体がいた場合には目も当てられない。
「ふーむ……このクロエダ?とかいうヤツは建材にゃァ向かねェな」
「そうなのか?」
「ああ。枝って名前で紛らわしいが、コイツは全身が根っこだ。残念だが乾かして薪に使うしか方法がねェ」
雑談しつつ次から次へと降りかかる問題に思いを馳せていると、トントンと肩を叩かれる。振り返るとメーダが呼んでいた。怪しい人物を拘束したから付いて来てほしいとのこと。普通はこの荒野に近づくような物好きはいないと聞いているので警戒心が高まる。
急いで付いて行くと、見知らぬ男に今にも銃をぶっ放そうとするサンディと必死に止めるリリアン、それを遠巻きに観察するベロスが見えた。何をやっているんだキミたちは。
「ヴィーン!ヴィーン!」
「ぬわーっ落ち着けーっ!取り敢えず早うその腕をおーろーせー!」
「あっははは!面白いねぇキミたち!今日は驚くべき日だ、星に感謝しないとね?」
「いやどういう状況?」
取っ組み合っている二人のことは一先ずゴウジさんに丸投げし、俺は謎の長髪の男に話を聞くことにした。
「やあやあ、まさかこんなところに先客がいたとはビックリだよ。ここへ来てからは長いのかな?」
「まあそれなりには。それで、あんたは一体何者だ?ここへやって来た目的は?」
「おっと、そう睨まないでくれると嬉しいな?確かに見てくれは怪しいが、ボクはキミたちに危害を加えるつもりはないよ」
「どうだか」
「ボクの名前はラシン。誇り高き”星読みの一族”の末裔が一人さ。気軽にラシンお兄さんと呼んでくれてもいいよ?」
ラシンという名のふわふわした印象の男は自らを”星読みの一族”と名乗った。聞いたことのない勢力だ。リリアンに聞けば分かるだろうか。……この世界に来てそこそこの時間が経ったが、俺はこの世界についてほぼ何も知らないことに気づいた。
「成程、星見屋の一派か。今は散り散りになって世界各地を放浪しておると聞いたが、どうやら真じゃったようだな。わざわざこんなところまでご苦労なことじゃのう」
「お褒めに与り恐縮だよ、素敵な腕のお嬢サマ?苦労しているのはキミも同じじゃないかと思うのだけれど」
「余計なお世話じゃ。それよりもさっさとここへ来た理由を話さんか。キサマら星見屋に限って誰かの回し者だということは無いじゃろうが、念のためな」
「う~ん、まぁ特に隠す程の事でもないけれど……まずはキミの名前を教えて欲しいな?やんごとなき身分のご令嬢だとお見受けするよ。例えばそう、『評議会』に最も近いと評判の『魔王家』の出、とかかな?」
「…………リリアン。リリアン・フォン・ローゼンダール」
「ほう、ほう、これはこれは。魔王家の革新派筆頭・ローゼンダール家とは驚いたね?ボクでも知ってるよ、この前少し話題になったからね。なんでも本家から取り潰しに……」
「これ以上その話を口にするな、自慢の目玉を頭ごと潰されたくなければな」
今まで聞いたこともないほど怒気を滲ませた声が彼女の口から発せられた。異形の右腕には目に見えるほど濃い魔力が渦巻き、ラシンの返答次第では先の宣言通りに彼の頭を粉砕するだろう。……彼女の家族の話は意図的に避けていたが、どうやら正解だったようだ。自分に向けられているわけでもない殺気の所為で冷や汗が止まらない。
「わかった、わかったよ。ボクが悪かった、ごめんね。ただ、ボクはキミを侮辱したかったわけじゃないんだ、それは理解してくれるかい?」
「……ふん。そういうことにしておいてやる」
空間を支配していた圧力が霧散する。よ、よかった。彼女が怒りを鎮めてくれなければロン毛頭の前に俺の心臓が爆発四散していた。こういう空気はいくつになっても慣れるものじゃない。
「で、結局お前は何しにここに来たんだよ」
「おぉ、そうだったそうだった。実はね……」
わざとらしく咳払いを一つ挟んだ彼は勿体ぶった口振りで話し始めた。
「火を吐く巨獣を見に来たんだ」
「「火を吐く巨獣ぅ~?」」
「そうさ。山のように聳え立ち、天をも焦がさんと荒れ狂う黒き獣!生まれてこの方そんな存在をボクは見たことが無い。これは塔を崩した天の光か?はたまた都市を滅ぼす厄災か?それとも何かの見間違い?ふふふっ、浪漫溢れる話だとは思わないかい!?もし何か知っているなら是非とも教えていただきたいのだけれど」
「いやいや、そんなトンデモクリーチャーなんて見たことも聞いたことも……」
無い、と答えようとして、ふと思い出した。いるじゃん、火を吐く黒くてでっかい生き物。
「何か心当たりがあるのかい?」
「あ~、うん。あるっちゃある。今は多分あんたが期待するようなのは見れないけど……案内しようか?」
「ああ!是非ともお願いするよ!」
めっちゃグイグイ来るよこの人。えらくゴツいゴーグルがぶつかりそうになるくらい顔を近づけるのは止めてくれ。
ということで小屋から十分程度歩いたとある場所に皆でやって来た。明らかに他の地面と質感が違う黒色が広がっている此処は、怪獣ロードゴンが埋まっている所だ。ラシンが見た巨獣の影というのは恐らく、大蚯蚓の群れを蹂躙し暴れまわったロードゴンのことだろう。あの日以来一度も動くことはなく、沈黙を保っている。
「これが火の巨獣の背中かい!?凄いなぁ、ボクの想像よりも何倍も大きいよ!」
「こんなデッケェ生き物は元の世界でも見たことねェな……お前さんたちに怪我が無くて良かったぜ」
「ウゴゴー」
子供みたいにはしゃぐラシンに若干顔を引きつらせつつも感心するゴウジさんと、反応は様々だが驚いているようだ。
便宜上『怪獣地帯』と名付けたここは荒れ地の大蚯蚓たちの新しい縄張りになっている。危険生物の縄張りに足を踏み入れて大丈夫なのかと思うだろうが、ここにいる蚯蚓は比較的大人しい個体ばかりなので以前のようにすぐ襲われることはない。勿論気を付けるに越したことはないが。
「おや?向こうの方に黒いものが見えるのだけど、あれは何かな?」
「黒いもの?」
ラシンの指差す方を見ると、確かに黒い何かが蠢いているのが見える。例えるなら、最近見かけるようになった蠢く黒枝を大きくしたような……
「ぜ、全員退避ーッ!!」
どうやら怪獣地帯に新しい
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