第15話

 普段は武器の類を一切使わないメーダが今日は剣を振るっている。何故か、ロードゴンの奴が食い散らかしていった蚯蚓の死体おこぼれから可食部位を切り離すためである。元々体長が何十メートルもある巨大蚯蚓だ、無残にボロボロになった死骸と言えども普通の包丁では太刀打ちできない大きさ故にわざわざ剣を使う必要があった。

 メーダが切り出した肉塊は精密作業が得意なサンディによって更に細かく適切な大きさに切り分けられ、それらをリリアンが焚火で燻す。このうすら寒い荒野には冷蔵庫なんて便利なマシンは存在しないので皆で協力して保存食を作っているのだ。ちなみにベロスはその辺で遊んでいる。

 当の俺はというと、地面に胡坐をかき精神統一を行っていた。予め断っておくが、これは決してサボりではない。

 井戸のチェックを済ませた後、俺も食糧作りを手伝おうとしたのだが、リリアンにガチャを回すように命令されてしまったのだ。10連分の魔力まで渡されたので断るという選択肢は消滅した。

 で、それが何故精神統一になったかというと、ガチャで召喚されるものの種類を絞れないかと試みているのだ。要はこれから引くガチャを切り替えることができないかと考えたのである。

 ガチャを引く時には、何か遠くの方から線のような繋がりが自分へ向けて接続されるような、そんな感覚がしていた。今までは勝手に向こうの方から接続されていたのを、今回は逆にこっちが選んで接続してやろうという魂胆だ。


 強くイメージするのは『土木作業』。壊れた住居を再建し、荒れた地面を均すのに必要なアイテムが出てくるよう可能性の束を選り分ける。勝手に割り込んで来ようとする可能性たちを押し返し押し返し精神を深く没入させていると、かすかな手応えのようなものを感じた。

 すぐさまそれを掴み取り、間髪入れずに能力ガチャを起動する。無理やり可能性の選定を行ったためか、立ち上がると同時に眩暈に襲われるが気合で耐える。いつものガチャとは違う色形の魔方陣が展開され、輝きを増していく。


【[インテリア]工事現場の看板】

【[道具]安物のスコップ】

【☆☆ ゴウジ&ドーザンブル】

【N 霊木の苗木】

【☆☆ 戦士の鎧】

【マギアコイン×10】

【[インテリア]カラーコーンセット】

【★★ 妖精の弓】

【[道具]普通のスコップ】

【C [クリーチャー]グラススライム】


 ……二日酔いの十倍酷い頭痛に耐えながら引いた結果がこれだと思うとちょっと悲しくなるな。あからさまに役に立たなそうなガラクタが2、3は見えるんだが。

 いつの間に集まって来ていたリリアンたちがアイテムの物色をしていると知らない男の声が聞こえた。


「うーん、何処だァここは?クソっ、記憶があやふやで何も思い出せん……なァそこのお前さんたち、ここが何処だか教えちゃくれねェかい?」


 話しかけてきたのは工事現場の作業員のような恰好をした大男だ。ごつい作業服の上からでも分かる程鍛え上げられた肉体は見た目以上の威圧感を伴っている。初対面の人に対して非常に失礼なのだが、まるでヤの付く自営業の方のような風貌も相まってとても怖い。


 そう、人だ。今まではアイテムガラクタかクリーチャーしか出てこなかったから忘れていたが、俺の能力がソーシャルゲームなどのガチャ機能を模しているならば当然人間やそれに類する知的生命体が出現してもおかしくはない。おかしくはないが、俺はゲームの主人公とは違い、彼らを勝手に元の世界から呼び出してもいい正当な理由が無い。端的に言ってしまえば、俺は今この瞬間に次元を超えた誘拐犯になってしまった。


「どどどっどっどうどうししし」

「お、お、落ち着けい!わ、わらわだってまさか人間が召喚されるなんて予想してなかったんじゃ」

「もし下手なこと言ってみろ、きっと指詰めさせられて東京湾に沈められるぞ!俺が!」

「何をバカなことを言うとるんじゃ!とにかくここは下手に誤魔化そうとせずに事情を説明するしかなかろう」


 ヒソヒソ話し出した俺たちに訝し気な視線が突き刺さる。うぅ、こういう時に対人スキルの無さが恨めしい。前の仕事でやってたみたいにひたすらおべっかを並べてヘラヘラしてたら確実に気分を害するタイプの人だろうなぁ彼は。

 だがいつまでも悩んでもしょうがない。こういう時には誠実さが大事だ。出来るだけ詳しく事情を話して何とか納得してもらおう。ケジメを付けるのは俺だけにしてもらえるとありがたいです。


「……成る程なァ。間違えて星霊層アストラルレイヤーに落っこちたかと覚悟したが、まさか異世界にやって来ちまったとはなァ!ガッハッハ!」

「ひぇぇ、申し訳ありません!全ての責任は私めにありますのでどうか、どうかこの子だけはお許しを……!」

「何を勘違いしとるか知らんが、別にオレは怒ってねェぞ。話を聞いた限りじゃお前さんらはリリース団のクルクルパー共とは違ェし、何より住むところが無くなって困ったからオレをんだんだろ?」

「は、はい。その通りです……」

「だろ?だったらよゥ、そうやって助けを求めてる人をストラ建設の棟梁ゴウジが放っておけるワケが無ェだろう!」

「と、ということはわらわのお家を建て直してくれるということか!?あっ、でも報酬が……」

「ガッハッハ、そんな心配はいらねェよお嬢ちゃん。困ってる人から金を毟り取ろうなんて考えるほど落ちぶれちゃいねェぜ」

「「お、親分……!」」


 俺は自分を恥じた。第一印象で人を判断することが愚かなことだと知っていたにも関わらず、自分自身がその愚を犯してしまった。勝手にヤのつく人みたいだと思って本当にごめんなさい。


「改めて、オレはストラ建設ってとこで大工やらしてもらってるゴウジってんだ。よろしくな!」

「俺、あっ、自分はユウガっていいます。よろしくお願いします!」

「わらわはリリアン・フォン・ローゼンダールというのじゃ!よろしく頼むぞゴウジ殿!」


 お互いに自己紹介を済ませたら早速仕事をしてもらうことになった。まずは荒れた地面を整地するところから始めるとのことだが、流石に重機も無しに生身一つでやるのはきついだろうと思っていたのだが。


「うし、仕事だザン坊!」

「ブルルァ!」


 腰に下げた謎の立方体の機械を放り投げたかと思うと、中から巨大なモンスターが出てきた。まるでブルドーザーのような黄色の巨体を揺らし、ゴウジさんにじゃれついている。


「オレたちの世界には星霊体アストラルっつぅモンスターが居てな、自分に合った星霊体アストラルと契約して生活に役立ててるんだ。勿論全員が全員契約できるワケじゃねェけどな」

「この子もその、お主が契約しとる星霊体アストラルとやらなのか?」

「おうよ。たしか名前はドーザンブルっつったかな?オレはザン坊って呼んでる。長いこと一緒に仕事してきた自慢の相棒さ」

「ブルルルル」


 重機の如き巨大モンスターに摺り寄られてる様子は傍から見て非常にハラハラするが、口に出すだけ野暮というものだろう。


 そんなことより、だ。このドーザンブルザン坊という名のモンスターは本当にすごい。俺たちだけだと片付けるのに何日かかるんだと絶望していた土砂の山をあっという間に均してしまった。特殊な形状の頭殻を使いパワフルに地面を整地していく様は一種のパフォーマンスのようでもあった。

 ゴウジさんはゴウジさんで、家の残骸やらガチャ産のガラクタやらありものの素材だけで立派な小屋を建ててしまった。俺たちも多少手伝ったが、ほとんどゴウジさん一人で建てたようなものである。「ウチの建材があればもっといいものを作れたのに」と悔しがっていたが、ここまでしてくれるだけでありがたいことこの上ないし、マトモなお礼が出来ない分むしろこっちの方が申し訳ない。


 ともあれようやくこれで当初の目的だった食糧改善に取り組める。俺たちはただ美味しいものが食べたかっただけなのにどうしてこんな回り道をする羽目になったのだろうか。十中八九俺の所為ですね、はい。

 ……そういえば新居の近くに霊樹の苗木を植えている時に緑色のものがチラチラ横切っていた気がしたのだが、気のせいだったか?

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