第14話
「うわああああ大変じゃああああああ!!!!」
翌日のこと。サンディと一緒にロードゴンの奴が散らかしていった土砂を撤去しているとリリアンの悲鳴が聞こえてきた。
「どうした!何があった!?」
「あ、あのデカブツ、とんでもないことをやらかしおったんじゃ!」
勘弁してくれよ……これ以上一体何があるって言うんだ。
「奴め、この荒野中の地脈を全部自分のところに無理やり繋げたんじゃ!このままじゃ周辺環境にどんな影響が出るか分からん」
「……は?」
地脈を繋ぎ直したって?地脈ってそんなホイホイ弄れるようなものなのか?
「そんな訳なかろう!言わば生物における血管みたいなものじゃ、地脈というのは。それを末端部とは言え無理に組み替えたのじゃ、下手したらこの大地全てに影響が出かねん」
「ヤバすぎてもう何も言えんわ」
「差し当ってすぐに分かる影響と言えば……大蚯蚓どもの縄張りが丸ごとこっちに移転してくるぞ」
「お、終わった……」
対策を立てるとか覚悟を決めるとか、最早そんな次元の話じゃない。地震や津波相手に何をしようが無駄なのと同じで、居もしないカミサマ相手に無様に命乞いする以外にやれることなど無いのだ。
「まさかこんな事になるなんてな……」
「こんなの誰も予想など出来まい。それよりも出来るだけ荷物をまとめて、他へ移住する準備をした方が良い。ほれ、キサマも手伝うのじゃ!」
「あ、ああ……」
屋敷へ戻ろうとしたその時、遠くの方にいくつもの土煙が立っているのが見えた。そしてそれらはどんどんこちらへやって来ているように見える。……もしかしなくてもアイツらって蚯蚓ご一行では?
「待て待て待て、嗅ぎ付けてくるの早すぎだろぉ!?いつの間に地脈を弄ったか知らんけど、にしたってもうこっち来たのかよ!?」
「彼奴らは地脈のエネルギーを直に体へ取り込み糧とすることができる。逆に言えば地脈無しには生きられんということじゃ。文字通りの生命線を奪われたとあらば死に物狂いにもなろう」
「呑気に解説してる場合かよ!逃げようって言ったのは君だろう」
「う、うん。じゃけど、足が竦んじゃって……」
直後、背後で爆発のような音がした。地中からはおよそ百は下らないだろう蚯蚓の大群が身を躍らせ、ロードゴンの方を向いて威嚇していた。更にはメーダをボロボロにしたのと同等クラスのボス蚯蚓が
「死……」
「うううっ、最期にもう一度姉上のお菓子が食べたかったのじゃあ!」
何匹かの蚯蚓がこっちに気づいて近づいてくる様子が酷くスローに見えた。死を目の前にして急激に高まった集中力は時間の感覚を引き延ばし、同時に過去の映像を脳内に展開し始めた。
施設での生活、先生の顔、辛かった仕事の記憶、灰色の人生。こっちに来てからは割と楽しくやってたのに、最期に思い起こすのはこんなクソみたいな思い出ばっかりか。嗚呼、先生。俺は一体何処で間違えたのですか?
少女のすすり泣きが遠くの方で聞こえる。もはやこれまでと諦めに身を任せようとしたその時、突然目の前の蚯蚓たちが空を飛んだ。
「……え?」
「ふぇ……?」
視界いっぱいに広がる砂煙の向こうで、空中に連れ去られたボス蚯蚓が何かから逃れようと必死に体をくねらせている。が、抵抗虚しく胴体の中ほどから真っ二つになってしまった。あのボス蚯蚓をいとも容易く殺せるような存在は、この場においては一つだけだ。
「バルオオオオオン!!!」
いつの間に立ち上がっていた道路怪獣ロードゴンが喜色に満ちた咆哮を上げる。半分に引き裂いたボス蚯蚓を夢中で貪っている様子を見るに、彼は食事がしたかったようだ。
当然、蚯蚓たちもその様子をボーっと眺めているわけではない。大小様々な蚯蚓が一斉にロードゴンへ食らい付く。夥しい数の牙が突き立てられるも、どれも表面を削るだけでまともな傷を付けられていない。だが、小さな生き物の抵抗を不愉快に思ったのか、ロードゴンは激しく体を震わせる。それだけで蚯蚓たちはバラバラと弾き飛ばされた。
蚯蚓たちは諦めが悪いのでたった一度引きはがされた程度では諦めない。すぐさま攻撃を再開しようとするが、それは叶わなかった。
閃光、極熱。ロードゴンの口から放たれたマグマの如き熱光線が実に半分以上の蚯蚓を焼き払った。流石に命の危険を覚えたか、生き残った何匹かは地面へ潜ってしまったものの、ボスを含むほとんどの蚯蚓はまだ抵抗の意思を見せている。
再び特攻を仕掛ける蚯蚓たちだが、最初よりも大きく数を減らした今、ロードゴンに食いつくことすら難しい。大きな足で踏みつぶされ、尻尾で頭を砕かれ、熱光線に焼かれ、強靭な顎で身を裂かれる。一切の抵抗は許されず、ただただ蹂躙される被食者の悲鳴がその場を支配していた。
散々暴れまわり、心の赴くままに肉を貪り喰らった
「……今回ばかりは本気で死んだと思った」
「うわああああん生ぎでるううううう!!!!」
逃げた蚯蚓たちはロードゴンに怖気付いたのか、地面から出てくることもないようだ。当面の間は安心だと見ていいかもしれない。
嵐のような時間が過ぎ去って全身から力が抜けてしまった。これから考えなければならないことは山積みだが、今はもう何もしたくない。疲れた。
「……家は壊れちゃったけど、今日の寝床はどうするのじゃ?」
「……リリアンの分だけでもなんとか確保するよ」
今日は野宿かぁ。地べたで寝た経験は一回や二回ではないが、あの時ほど俺は若くないんだよな。
メーダ、サンディと協力し、屋敷の残骸から使えそうなものを発掘し簡易的なテントをいくつか作った。焚火を起こすのにメーダが指パッチンするだけでいいのが非常に助かる。食料に関しては、ロードゴンの食べ残しがそこかしこに散らばっているのですぐ飢え死にする心配はなさそうだ。命令したわけではないが毒見はベロスがやってくれた。
幸いなことに地下の研究室や倉庫は大した被害が無かった。あそこにはリリアンが大事にしてるものがたくさん保管されているから、それらが無事なのは不幸中の幸いだ。妖刀も相変わらず沈黙している。
取り敢えずすぐに確認しなきゃいけないのはこれくらいかな?全く、予想外のことが起こりすぎてただただ翻弄されっぱなしだったよ。明日からは生活環境の再構築と並行して俺の
◇◇◇
「荒れ狂う黒い巨獣……アレが星の言っていた『序曲』かな?それとも別の何かかな?」
薄い翠の長髪をたなびかせた男は誰に聞かせるでもなく呟いた。
「うんうん、次はあそこに行ってみようか。火を吐く巨獣の背中で星を見るのも、中々乙な物だろうね?」
真っ黒なレンズがはめ込まれたゴーグルを下ろして目を隠した彼は、青い石があしらわれた杖をカツカツ鳴らし歩き始めた。その足は先ほどまで道路怪獣と呼ばれる巨大な獣が暴れていた方向を向いている。
「あはは、楽しみだね?星を読み、星に導かれるのが僕ら”星読みの一族”。今度は一体どんな景色が見られるんだろうね?」
楽しそうに独り言を呟きながら、長身の男は淀みなく歩を進める。彼が名無しの荒野の先客たちと出会うのはもう少しだけ先の出来事である。
◇◇◇
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