第13話

 狭い応接間のテーブルを囲い、俺、リリアン、メーダの三人が集結していた。今から俺たちはとある重大な問題に対する会議を行うのである。すなわち。


「食糧事情の改善が急務だ」

「うむ」

「ギョゴ」


 俺がこの世界にやって来て二週間近く経過しようとしているが、その間に口にしたものと言えば、倉庫に備蓄してある謎の保存食、痩せたネズミ、虫の幼虫、一部の雑草や低木に生る小さな実など、おおよそ健康的とは言えないものばかりだ。ここ最近ずっと慢性的な気だるさやめまいに襲われるのは環境が変わったストレスの所為だけでは決してないだろう。

 いや、俺の方はまだいい。問題はリリアンの方だ。彼女がこの荒野に落ち延びてからどれくらい経ったのか分からないが、確実に俺よりも長い間まともな食事にありつけていない。複雑な事情があるとはいえ、元々物質的には不自由のない生活を送ってきた彼女にとって今の生活は、少なくとも肉体的には辛いだろう。


「という訳で第一回、食料資源改善委員会会議を行う。何か意見のある方は挙手するように」

「はいはーい!」

「ではリリアンさん、どうぞ」


 元気よく手を挙げた彼女は、いつの間にか用意されていた黒板にサラサラと文字や図を書き始めた。


「わらわは今、進化素材から解析した術式を応用して”生き物を大きく成長させる魔法”を開発しておるのじゃ」

「ほうほう」

「これが完成すれば普段食べてるネズミや草をでっかくしてもっといっぱい食べれるように出来るのじゃ!」

「グッグッ」

「それは素晴らしい。して、今現在の研究の進捗は?」

「ふっふっふ……」


 不敵な笑みを浮かべ、一呼吸置くリリアン。


「なーんにも上手くいかん!実験は全部失敗じゃあ!」

「ズゴーッ!」

「ま、まぁそんな全部が全部上手くいくわけはないよな。実験は失敗してナンボだって言うし」

「一応ネズミを大きくすること自体は出来たんじゃ。でも肝心のお肉がスッカスカになってしまってな、まるで泡でも食ってるみたいでめちゃめちゃ不味かったのじゃ」

「あ~……」


 この前捨てられてた謎の肉塊はそういうことだったのか。ベロスが一口食べただけで見向きもしなくなったので妙だと思ってたんだよな。その日の夕飯のおかずに加えなくて本当に良かった。


「ンギョッ!」

「はい、メーダさんどうぞ」


 次はメーダが挙手した。彼の言葉はリリアンの翻訳魔法をもってしても理解が出来ないままなので、黒板に図を描いて説明してくれている。


「ゲゴゴー」

「ふむふむ成る程」


 曰く、自分が蚯蚓の巣に行き何匹か狩ってくるという。


「それは危ないからダメじゃ」

「戦力が整ってるならともかく、メーダ一人だけだと負担が大きすぎる。ベロスとサンディも今の実力じゃあそこはまだ厳しいだろう」

「ゴエー……」


 仮にメーダに何かがあった場合、最悪俺とリリアンに危険が及ぶ可能性があるので今は彼一人にあまり無茶をさせるわけにはいかない。ということでこの案も却下。


「となると……」

「むぅ、やはりキサマのガチャ能力に頼るしかないか」

「ングング」


 俺としてはガチャを引くこと自体はいいのだが、妖刀の時のようなことが起きないかが懸念なんだよな。ガラクタが出るのはまだいいが、こちらに危害を加えようとする存在が召喚されるかもしれないというだけで不安になる。


「今回はメーダもベロちゃんもサンくんもいるから安心じゃろ。あのデカ蚯蚓でもない限り早々負けはせんと思うぞ!」

「そういうことを口に出すのはフラグだからやめてくださいよお嬢様……はぁ、つべこべ言っても仕方ないし、大人しくガチャを引くとしますかね」


 ちょうど妖刀電池の魔力三日分が手元にある。ガチャが三回引けるということだ。いつもの場所でいつものようにガチャを起動する。


【☆☆ 門番の槍斧】

【☆☆ 門番の槍斧】

【◇◇ 道路怪獣ロードゴン】


 またいつもの爆死かと、ため息をつこうとしたその時。凄まじい爆音と地面の揺れが俺たちを襲った。


「きゃあああ!?」

「うわっ、ちょ、何が起こった!?」

「ギョゴグ!」

「グルルルルル……!」

「ビーッ!ビーッ!ビーッ!」


 慌てて全員で外に出ると、そこには見上げるほどの巨大な黒い影が佇んでいた。


 全体的なシルエットは特撮ものの番組に出てくるような体形の怪獣だ。鰐のような頭部、アスファルトのような黒い表皮、平たい背中に白い模様。道路怪獣の名の通り、そこには道路をモチーフにしたと思しき巨大怪獣が召喚されていた。


「バルルルオオオオオオオオン!!!!」


 怪獣ロードゴンは一つ咆哮を挙げると何かを探すようにキョロキョロし始めた。


「あわわわわ……」

「マジかよ……デカすぎんだろアレ……ボス蚯蚓を縦にしたのよりもデカくないか!?」

「オゴゴゴ……」

「バウッ!バウッ!」

「ヴィーン!ヴィーン!」


 足元で慌てふためく俺たちを知ってか知らずか、ロードゴンは辺りを歩き回っている。奴が一歩踏み出すたびに激しい揺れが起きるので立っているのが精いっぱいだった。自分たちに出来ることは奴が屋敷を踏みつぶさないように祈ることだけだ。

 しばらくウロウロしていたロードゴンは、お目当てのものが見当たらなかったのか地面に腹這いになった。かと思えば穴を掘り始め、その巨体をどんどん地中に埋めていく。


「こ、こらー!土を撒き散らすでな、げほっげほっ!」

「あ痛って!砂が目に入っ、がはっげほっ!おぇぇ」


 ああクソ!あいつめ、俺たちのことなんか気にしてないみたいに散らかしやがって。この大量の土砂を誰が片付けると思っていやがる!妖刀が可愛く思えるほどの甚大な被害をこの怪獣はもたらしてくれる。


 奴が完全に体を地面に埋めた頃には文字通り山のような土砂が辺り一面に散らばっていた。飛び散った土の所為で屋敷も一部が倒壊しているし、本当にとんでもないことをしてくれやがったなコイツは。もしガチャで巨大ヒーローかロボットが召喚されたら覚悟しておけよ。

 奴のやらかしの尻拭いは明日にしようと、俺たちは早々に引き上げた。現実逃避の時間が欲しかったとも言う。はぁ、結局現状を改善するどころか更に悪化させてしまったな。気分は最悪だ。


 この時の俺たちは、はた迷惑な大怪獣のしでかしたことをある意味軽く考えていた。これだけ滅茶苦茶してくれたのだからこれ以上は無いだろう、と。


 奴の真のやらかしが発覚したのは次の日のことだった。

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