第11話

「え、えっと……つまり、どういうことじゃ?」

「俺の元居た世界では、殺しをしたり盗みを働いたり、悪いことをした人間は鬼になるっていうお話があるんだ。恐らくアイツは鬼を探してるうちに色々やらかしたんだろうな、自分がすっかり鬼になったことに気づいてないんだ」


 自分自身が鬼と成り果ててしまったことをなんとかして奴に気づかせる必要がある。とはいえ、普通に言葉で言って聞かせても通じるはずがないのは確定的に明らか。さて、どうしたものか。


「いっそ鏡でも見せてみたらどうかな?」

「ウチには鏡なんて高級なものは無いぞ……じゃが、自分を見つめ直させるにはちょうど良いやもしれんな」

「何か手があるのか?」

「うむ、鏡のように反射するものを作るだけなら簡単じゃ。そして怨霊ゴーストの類は精神干渉の術が効果覿面だと相場が決まっておる。ちょいと心を揺さぶってやれば多少は大人しくなるじゃろう」

「十分。流石はお嬢様だ」


 精神魔法は得意じゃないと彼女は言うが、少しでも隙が出来ればいいと俺は踏んでいる。ちょうどベロスと取っ組み合っていて動きが止まった今がチャンスだろう。


「準備はいいか?」

「無論じゃ!」


 精神を揺さぶる魔法が組み込まれた巨大な水の膜が俺たちの目に前に展開される。キラキラ光る表面には辺りの景色がくっきりと映っている。


「おぉーい!そこのデカブツ!”鬼が出たぞ”!」

『『『ッ!?』』』


 俺の言葉に奴は素早く反応した。いいぞ、それがお前にとって文字通りの殺し文句だということがすぐにわかるだろう。


『鬼ダ!』

『鬼ガ居ル!』

『殺セ!殺セェッ!』


 ベロスを勢いよく振りほどいた怪物は、三つの頭それぞれに憤怒の形相を浮かべてこちらに走り寄って来た。思い切り腕を振り上げ、鏡に映った自分の姿を認識する。


『『『……』』』


 腕を振り上げた格好のまま奴の動きが停止した。しばし鏡の自分と見つめ合った後、がくりと膝を折る。今までの荒々しい姿とは打って変わり、酷く弱々しく見えた。


「助かった……のか?」

「恐らく、な」


 完全に動きが止まったので鎮圧成功と判断してもいいかな?ベロスにぺちぺち叩かれても無反応なあたり、もう心配はしなくてもよさそうだが。


『我ラハタッタ一人ノ主ニ仕エテイタ』

『日本一ノ侍ダッタ』

『村ヲ苦シメル鬼ヲ退治スルタメニ家来ニナッタ』


 ぽつぽつと怪物……いや、三匹のお供だった者が身の上を語り始めた。ここは素直に聞いておくべき場面だろう。


『鬼ハ滅ンダ。我ラガ滅ボシタ』

『村ハ平和ニナッタ』

『主ハ英雄トシテ凱旋シタ』


『嗚呼、嗚呼!』

『シカシ、我ラハ鬼ト戦ウタメニ主様ヘコノ身ヲ捧ゲタノダ!』

『平和モイラヌ、財モイラヌ。タダ鬼ノ首ガ欲シイ』


『犬ノ俊足、猿ノ剛腕、雉ノ翼』

『我ラ三匹力ヲ合ワセ、鬼ドモヲ探シタ』

『ダガ、探セド探セド鬼ハ見ツカラナイ』


『アルトキ、村人ガ言ッタ』

『鬼ガ出タゾ!鬼ガ出タゾ!』

『ダガ、探セド探セド鬼ハ見ツカラナイ』


『アルトキ、川ヲ見ニ行ッタ』

『ソコニハ鬼ガイタ』

『我ラノ顔ヲシタ鬼ガイタ』


『『『嗚呼、主様。殺スベキ最後ノ鬼ヲ見ツケマシタ』』』


 そう締めくくると、彼らの身体は見る見るうちに縮んでいく。やがて犬、猿、雉の毛皮で作られた鞘に収まった状態で元の刀の姿に戻った。


「……彼奴らの話を聞いてたらなんだか悲しくなってきちゃったのじゃ」

「あんまり真面目に受け止めすぎるなよ。コイツらと全く関係ない俺たちがしてやれることなんて無い」


 まぁでも、手くらいは合わせてやるか。リリアンも真似して二人でしばし黙祷する。コイツらには何の慰めにもならないだろうが、やらないよりはマシだと思う。


「あ゛ー……いつもすまねぇな、迷惑ばっかかけて」

「反省と自虐は別物だと心得よ。キサマの悪い癖じゃぞ」

「うぐっ」

「それにの、今回の件に関しては決して悪いことばかりじゃないぞ」

「と言うと?」

「既に成長してしまったデクノボーどもを有効活用できる手段が増える可能性ができた、ということじゃ」


 基本的にデクノボーが何らかの変化を受け入れ自らの肉体に反映させることが出来るのは、生まれたばかりの胎児形態の時のみである。実験の回数がほぼ皆無なため断言はできないが、恐らくガチャ産の進化素材によって『進化』できるのも胎児形態のうちに限られると推測される。

 今の俺たちの技術では育ち切った成体デクノボーを直接強化することが出来ない。しかしこの妖刀のように、成体デクノボーを改造強化することのできる何かしらの手段が出現するかもしれないというのは、確かに朗報だ。尤も妖刀の浸食を強化と言ってもいいのかは疑問が残るが。


 何はともあれ、これにて妖刀騒ぎは解決した。俺が触っても若干鳥肌が立つだけで特に害はなかったので、地下倉庫の奥まったところに仕舞っておいた。もう化けて出てくるなよ。


 ……いつの間にか俺に宿っていたガチャの異能力。一体コイツは何物なんだ?本当に俺はこの能力を制御出来ているのか?いつ爆ぜるかも知れない不発弾が心臓に埋め込まれているような気がして、背筋が逆立った。


 ◇◇◇


 後日、リリアンの研究室に行ってみたら大人しくなった妖刀が発電機のような装置に繋がれていた。現実に干渉するほど強い怨念のオーラを何かに有効活用できないかと考えて、刀から発せられる念を魔力に変換する装置を作成してみたようだ。

 彼らの話に共感していたというのにこの仕打ち……彼女は大分ちゃっかりした性格のようだ。


 流石に彼らを魔力電池にしてしまうことに難色を示していたら、この装置は毎日ガチャ一回分の魔力を生み出すと言われてしまった。俺は装置の完成を全力でお手伝いした。

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