第8話
「ちょ、ちょっと待てい!今までの話の流れからしてここは皆で大人しく撤退するところじゃろうが!誰か一人でも死んだらわらわ嫌じゃぞ!」
「ああ、俺たちは誰も死なない。そしてせっかく採った魔力もしっかり持って帰る。これが最高のシナリオだ」
「それはそうじゃが……」
「それに、よく考えなくても、ここで多少なりとも魔力を稼いでおかないとどの道俺たちはジリ貧なんだ。だったら少しは無茶でもなんでもしとかないと」
「うぅぅ~~」
それに何より、この世界に来てからまだ俺はガチャを引き足りねぇんだ!あんな大爆死かましたままで終われっかよ!こうなりゃ意地でもガチャキャラをコンプしてやるぜ。
「じゃが、それにしたって彼奴をどうにかせんことには始まらんし……今のわらわ達じゃハッキリ言って勝ち目はないぞ」
「別にアイツと戦って勝つ必要はないぞ」
そもそもこの囮で足止め作戦を考案したのは君の方じゃないか。つまり、アイツもガッツリ足止めしてやればいいだけだ。
「そんなことができる奴など……はっ」
ここで、今までずっと静かに会話を聞いていたメーダの方を振り返る。俺は第一印象でコイツのことを弱そうだなどと断じてしまったが、俺はコイツの本当の実力をまだ見ていないのだ。
「メーダ。アイツの足止め、頼めるか?」
「グゲウ」
力強く頷くメーダ。俺はそれを信じることにした。メダカだろうが仮にも悪魔なんだ、たかが蚯蚓の一匹くらい何とかしてくれるって期待しちゃうぜ。
「という訳だ。やること自体は変わらない。蚯蚓を足止めして、俺たちが目的のブツを回収する」
「簡単に言ってくれるのう、全く。ええい!腹をくくると言ったのはわらわもじゃ、やるなら早く始めるのじゃ!」
「ゥゴゴ」
任せろと言わんばかりに自分の胸を叩いてみせるメーダ。次の瞬間、すっくと立ちあがった彼の口から普段の唸り声とは全く違う、邪悪で冒涜的な言語が紡がれる。
文字として書き起こすことすら難しい、マトモな生物の声帯では決して発音できない言葉。邪なるものを礼賛し、聖なるものへ弓引く悍ましき祝詞。それを魚頭の悪魔が唱える度に、彼の肉体はメキメキと音を立てて変異していった。
全長は巨大蚯蚓と変わらぬほど大きく。上半身はヘドロのような汚らわしい光沢の鱗に覆われた魚の、下半身は人間の手が大量に、複雑に組み合わさって出来た蛇のような見た目の、まさに『
見た目のインパクトもさることながら全身から垂れ流す邪悪な波動が凄まじい威圧感となって襲ってくる。生物としての根源的な恐怖を直接刺激されるようだが、しかし今は逆にそれが安心感すら与えてくれる。コイツなら、あの
突然現れた新たな怪物に対して、巨大蚯蚓はすぐさま警戒モードに入った。全身を膨らませて威嚇するが、メーダの方が一手早かった。一瞬で加速したメーダはその巨大な質量を、加速度を維持したまま蚯蚓へぶつける。もんどりうって倒れそうになる蚯蚓へ絡みつくと、全身を締め上げたまま浮遊し、地面から引き抜いてしまう。更に追い打ちで超至近距離から蚯蚓の顔面へレーザーの如き高圧水流を叩き込む!飛び散った飛沫ですら地面を抉る威力の水流をもろに食らった蚯蚓は苦しそうに体をよじり、メーダの拘束から必死に逃れようとする。
「な、なんか逆に危なくなっとりゃせんか?」
「敵が野放しになってるよかマシだと考えよう。オラッ、ベロスお前もいつまでも震えてねぇで手伝え!総員、突入だァ!」
「う、うおおーっ!」
「クゥーン」
頭上で怪獣大戦争が繰り広げられる中、俺たちは回収作業に繰り出した。どちらのものとも判別が付かない巨大な血の塊や肉片が降り注ぎ、お互いの攻撃の余波が容赦なく撒き散らされる殺人的な環境の中、目的のブツを回収するのはハッキリ言って地獄以外の何物でもない。飛んでくる小石一つですら直撃すれば致命傷になりかねないし、空中で戦っている二体がしょっちゅう地面に激突するので小さい地震が起きている。
そんな阿鼻叫喚に晒されたので当然と言えば当然だが、持ってきた採取杭の多くはダメになってしまっていた。杭本体が拉げていたり断裂したりしてるのはマシな方で、一番肝心な採取用の容器が壊れてしまったものも少なくなかった。いくら何でも零れた液体を回収する術はない。なので中身が無事なもの以外は捨て置くことにした。勿体ない気もするが、あくまで回収目標は液化魔力の方だ。
五つほど無事な容器を回収した時、一際大きな揺れが俺を襲った。戦っている二体が墜落したようだ。そちらの方へ顔を向けると、戦況はかなり不利であろうことが分かった。
メーダは全身あちこちの肉を食い千切られており、所々骨や内臓まで見える大怪我を負っていた。口から吐く水流ブレスも最初の勢いが感じられず、かなり弱っているのが見て取れた。対して巨大蚯蚓の方はと言えば、こちらも体の大部分の皮膚が抉り取られ、牙も何本か欠けている。が、体力そのものはこちらが上なのか、今や逆にメーダの方を締め付けている。奴の牙が突き立てられる度にメーダの鱗は砕け、肉が零れ、骨が削られる。……これ以上はメーダの身体が持たないか。
「おぉーい!」
回収が終わったのか、リリアンとベロスが駆け寄ってくる。
「そっちはどうじゃ?」
「悪い、五個しか持ってこれなかった」
「十分じゃ。こっちはわらわが四個と、ベロちゃんが二個じゃ」
「ンガウッ」
「でかした!それじゃとっとと離脱するぞ。もうそろそろメーダが限界だ」
回収した荷物をベロスの背中に括り付ける。しっかり固定されたのを確認した後、俺は思いっきり声を張り上げる。
「メーダァ!逃げるぞォ!お前もこっちに来いッ!」
声が聞こえたのか、巨大な魚眼が俺の方に向いた。
いつの間にか蚯蚓は弱った獲物を甚振るフェーズに入っていたようだ。今までの鬱憤を晴らすかのようにわざと致命傷を外し、より苦痛を与える為にたくさんの傷をつけている。だが、その行為は明確な隙である。
メーダの口から、再び水流レーザーが放たれる!肉体の限界を超えたその一射は油断しきっていた巨大蚯蚓の頭部をいとも容易く貫通した。突然のダメージと反撃に混乱する蚯蚓。頭を破壊されてもまだ生きているその生命力は敵ながら天晴だが、俺たちのことを意識から外してしまった時点でお前の負けは決まっていた。
メーダの巨体がどろりと崩れ消滅する。同時にいつもの姿に戻った彼がこちらにワープしてきた。
「よくやったメーダ!お前は俺たちの英雄だ、本当にありがとう!」
「よし!キサマらさっさとベロちゃんに乗れ!家に帰ったらしっかり治療してやるから、それまで耐えるのじゃぞ。ベロちゃん、全速前進じゃあ!」
「グルアッッ!!!」
痛みにのたうち回る蚯蚓を後目に俺たちは逃走を開始する。例え途中で気づいても、自動車と遜色ない速度で走るベロスの足には追い付けまい。あばよ、とっつぁん!お前は試合には勝ったが勝負には負けたんだ、明日までにしっかり反省するこったな!
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