第7話
一先ず俺たちは物陰に身を隠し、様子を伺うことにした。
「わァ……ァ……」
「あ、あ、あんな化け物がいるなんてっ、聞いておらぬぞ!」
「キュ~ン……」
「……」
幸いなことに目が悪いのは普通の個体と変わらないのか、少し離れた大きめの岩に隠れただけで俺たちを見失ったようだ。が、状況はハッキリ言って絶望的だ。
ベロスの挑発にも量産
「に、逃げよう!今すぐ逃げるんじゃ!命は大事だとキサマも言ってたじゃろ!なあっ」
……普通に考えたら、こんなのが出てきた時点で尻尾を巻いて逃げるのが正解だ。リリアンの言う通り、命が大切ならここは賢い選択をすべきである。
しかし俺は知っている。彼女の生きがいともいえる様々な研究には多くの魔力が必要なこと、俺がガチャの爆死で無駄にしてしまった所為で自分自身の魔力を使わざるを得なくなっていること、それは文字通り身を削るような行為であること。彼女に苦しい思いをさせ、挙句こんな事態まで引き起こしたのは、全ては俺の所為だ。全部俺が悪い。だから俺が何とかしなければいけないんだ。
「それは違うぞ」
涙で潤んだ深紅が俺をしかと捉えた。
「キサマはわらわに希望をくれた。怒りと恐怖に囚われ、歩みを止めたわらわに楽しさを思い出させてくれたのじゃ」
「そんな大層なもんじゃない。俺は……」
「最初にキサマを生かしておいたのはただの打算じゃった。キサマの能力だけが目当てじゃった」
まぁ、そんな気はしてたよ。むしろそれを見越してクッソ情けない一芝居を打ったんだ。
「でも、キサマと一緒に暮らして分かった。キサマはキサマが思っている以上に凄い奴じゃ」
「それは俺が
「違う!キサマが色んな仕事を引き受けてくれるからわらわは研究に集中できるし、キサマがいるから毎日退屈せずに過ごせるんじゃ。貧しい生活でも耐えられるんじゃ!」
俺はカスだ。何の取り柄もないゴミだ。社会の爪弾き者だ。俺には価値なんて無い。
「……ッ!」
パァン、と乾いた音が鳴った。頬がじんわりと熱くなる。
「キサマが前の世界でどんな仕打ちを受けたか、わらわには想像も出来ん。だが、これだけは言わせてもらうぞ」
胸倉を掴まれ、ぐっと顔を引き寄せられる。血のように赤い彼女の瞳に俺のマヌケ面が映った。
「痛みばっかり大事に大事に抱えるな!自分で自分を貶めるな!一丁前に過去の傷跡をほじくり返すのに夢中になって、そんなことを前を向きたくない言い訳に使うな!」
ずきりと、心臓に痛みが走った。世辞でも社交辞令でもない、剝き出しの感情。目が焼かれるくらい眩しいのに、嫌な感じはしなかった。
嗚呼、そういえば似たようなことを先生が言っていた。人間には未来を見据え、希望を抱くことが出来る強さが宿っている、と。当時の俺はいい言葉だなぁと聞き流していた。どうせ俺には関係ないと思っていたから。
新しい世界に来てスーパーパワーを手に入れても、染みついた逃げ癖は抜けなかったようだ。
前を向くのが怖かった。前へ進むのが恐ろしかった。自分は無価値な人間だから、怖くても苦しくても、それを受け入れられなくても仕方ないよねと甘やかしていた。
「いい年こいたオッサンが、こんな小さい子に説教されるなんてなぁ」
「む、わらわは別に小さくないぞ!」
だがそれも今日で終わりだ。全てを抱え込んだフリをして逃げるのは止めにしよう。
思えばそうだ。この作戦だって途中までは上手くいってたんだ。それが一回邪魔されただけでなんだ、あの体たらくは。なんとかこう、上手いことして軌道修正すればいいだけの話じゃないか。
「おかげで目が覚めたよ。今度こそ本当に心機一転だ。迷惑かけてすまんかったな」
「違うぞ、そこは感謝をするところじゃぞ!」
「おう。ありがとうな、リリアン」
「わっ、ちょっ、撫でるな!子供扱いするなー!」
「……そうだ」
「む?」
「いやさ、そういや自己紹介をしてなかったなと思ってね。俺のことはユウガって呼んでくれよ」
「おぉ、キサマ、ちゃんと名前あったんじゃな」
何を失礼な、と言おうとしたが頑なに名乗らなかったのは俺の方なので言葉を飲み込んだ。
「では改めて、我がしもべユウガよ!この後することは分かったおろうな?」
「ああ、バッチリ理解してるぜ」
二人で顔を見合わせ頷く。
「皆でとっととここから逃げるのじゃ!」
「散らかってる魔力を出来るだけ回収するぞ!」
「「……え?」」
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