第2話 非運命的な出会い

 ――数日前。


「はぁ……今日も馬車に乗ってるだけだったな」


 三日月を背にして、オレはため息を吐いた。

 勇者パーティの一員だとは思えないほどの弱々しい言葉遣い。こんな姿は仲間や応援してくれる人たちに見せることはできない。


「ま、オレを応援する人なんていないだろうけど」


 そう自虐して、余計に傷口を広げる。

 ヴァンたちと飲み会をして、自宅まで帰るこの時間が何よりも惨めだった。それもこれも、オレの持ったスキルのせい。


「何が取得経験値UPだよ。もっとマシなスキルなら良かったのに」


 例えば、ヴァンのスキルは【無敵】十秒間だけあらゆる攻撃から身を守る。まさしくタンクに相応しいスキルだ。スキルのランクもSS。文句なしの最強スキル。

 彼ほどのスキルじゃないにせよ、オレだって戦闘系のスキルが欲しかった。

 半端なものだったなら、勇者パーティに見いだされることもなく……こんな惨めな思いだってする必要はなかっただろうに。


「何もかも、スキルが悪いんだ。このスキルが」


 夜風に乗せて、オレは愚痴る。

 誰もいない、薄暗いこの石畳の道だけがオレの気持ちを受け止めてくれた。ぽつりぽつりと、愚痴をこぼし続ける。

 オレももっと前線に出たかったとか。オレももっと、活躍したいとか。


「なら、そうすればいいじゃん」

「え……?」


 誰も聞いていないはずの独り言。

 返事を求めていたわけでもないのに、隣から明確な返事が聞こえてきた。

 背筋が凍てつく。しまった、聞かれてしまった! 勇者パーティの愚痴なんて、よりにもよって一番聞かれちゃ不味いものが……!

 オレは足を止めて、恐る恐る声の主へと振り返る。


「そこまで明確な夢があるのに、アンタはどうしてそれを掴もうとしないわけ?」

「え、あ、はい?」


 長い黒髪に見慣れぬ衣服を身に纏った女性。背負った得物も、見たことがない装飾のもの。鞘に入っているので断定はできないが多分剣だ。

 クレスやメシアに負けず劣らずの美人で――って、そういうことじゃなくて。


「だーかーらー、前線に出て活躍したいならさ。そうすればいいじゃん!」

「いや、でも……オレのスキルは全く戦闘に向いてるものじゃなくて……}


 グイッと近づいて来た女性。オレは咄嗟に否定の言葉を出した。「ふぅん」その返答を聞いて、ニヤリと口角を上げた彼女はそのまま、一歩後退。


「魔力0」

「え?」

「魔力0、それがアタシのスキル」

「デバフスキル……」


 スキルというものは天から与えられる力だ。

 大昔、全知全能たる神がいた。人々に与えられるスキルというのは、全知全能の権能が無数に細分化したものだと言い伝えられている。

 だからこそ、スキルは絶対的な力を持っているし、スキルこそが人間の生き方を定める。スキルこそがその人の象徴なのだ。そして、スキルとは何も人の味方をするばかりではない。デバフスキル……天より与えられた試練。【魔力0】というスキルは、つまり身体的特徴として彼女は魔力の一切を扱えないということを意味する。


「でもアタシは冒険者になったよ?」


 魔力がないということは様々な不都合が生じる。冒険者において、その不都合は致命的な損失になり得る。だからこそ、こうしたデバフスキルを持つ人というのは冒険者にはなれない。

 戦闘系のデバフスキルを持つのに、命を賭ける冒険者になることは矛盾を抱えていたし、何よりも。


「教会の粛正対象だろ、それ」


 天が与えた生き方から反したものを教会は許さない。

 教会に言わせて見れば、彼女が魔力0のスキルを得たのは天が彼女に魔力が使う仕事をするな、と言っているということ。

 冒険者もその仕事の中に入っていることは明白。そんなのは教会は黙っていない。


 だというのに、彼女はあっけらかんとした態度で肩をすくめた。

 

「異国の民だから、宗教に関しては流布しない限り自由が認められてるの」

「今まさに流布してるじゃないか……!」

「でも、アンタは元々冒険者なんでしょ? なら別にいーじゃん?」

「そ、そうかもしれないけどさ……」


 彼女のペースで話が進んでいく。

 居心地の悪さを感じつつ、オレは彼女から徐々に距離を取った。もう、この話は止めにして、ここから離れたかったのだ。


「逃げるんだ」

「逃げるわけじゃ……」

「アタシはスキルに自分を左右されるのはごめんだけど、ここのみんなはそうじゃないみたいだもんね」


 クスリと笑って、彼女は続けた。


「アタシの名前はサキ。この町で冒険者をしてるから」

「あー、オレはリルだ。一応、よろしく」

「うん、またね。素直になれるといいね、自分に」


「……」


 たんたんと軽い足取りでオレから離れていく彼女の背中を見送った。

 彼女に触発されたのか、どんどんとオレの悩みが積み重なっていく。ひとまず、オレはそのまま自宅に帰った。

 スキルに支配されたこの国で、スキルに縛られない彼女の姿がとても羨ましいものに見えたんだろう。

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