今日は最強パーティ馬車番の独立記念日です。馬車から一歩も出たことのない男、勇気を持って最強パーティから巣立つ。【スキル:取得経験値UPは神スキルだが、俺にとっては害悪以外の何者でもない】

雨有 数

第1章 出会い~スキルに左右される人々~

第1話 勇者パーティ引退宣言

 大昔。何百年、何千年も前の話だ。

 世界は深い闇に包まれた――魔災と呼ばれる大災害。人類は絶滅の危機にすら瀕したという。そんな窮地から人々を救い出した救世主たちがいた。


 人々はそんな彼らをこう称えた――勇者と。そして、そんな勇者たちのグループを勇者パーティと呼んで惜しみない名誉と富が与えられた。


「勇者だ、勇者が来たぞ!」


 ざわざわと黄色い悲鳴がオレたちを包み込んだ。

 勇者と勇者パーティという呼び名はそのまま受け継がれていった。当代最強――つまり、現時点で最強の人間を指す呼び名として。


「今日は何の討伐に行ったんですか?」

「確か今日は地下洞窟に巣くう竜の討伐だって聞いたぞ」

「流石勇者様! 竜如きじゃ相手にならないようですね!」


 わーわー、と野次が聞こえ続けた。

 当代の勇者パーティは五人のメンバーで構成されている。まずはパーティのリーダー。


「応援ありがとう! 皆さんの応援が我々の力となっています!」


 ヴァンだ。パーティでの役割はタンク。金髪碧眼のイケメンで、ファンも多い。まだ二十代だってのに騎士団の副長を務めていた若き天才だ。

 何をやらしたって完璧にこなす優男。

 あんなありきたりな台詞を言ったとしても、ヴァンが言うだけで様になる。


「相変わらず良い子ちゃんだなぁー……」


 そんなヴァンを心底どうでも良さそうに眺めるのはクレス。役割はアタッカーで、自分が殺した獲物を手製の鎧に改造することが好きな変わった女傑だ。癖っ毛気味な赤色の髪と、睨むだけで相手を殺せそうな目つきの悪さがトレードマーク。

 ちなみに今着ている鎧は、一年前に討伐した熊のものだ。お気に入りらしい。


「ふふふ。ヴァン様が顔役になってくれているお陰で何をするわけでもなく我々の印象も上がっていくのですから……良いことではありませんか。役得、役得♪」


 クレスを窘めるのはメシア。役割はヒーラー。

 巨大な法衣に身を包んだいつも笑顔の女性だ。聖女の称号も持ち、社会的地位は勇者パーティの中でも随一と言っても過言ではない。腰すらも超える銀の髪が彼女の上品さをより高めていた。


「そうじゃそうじゃ。こうしてモテるんじゃから、別にええじゃろ~!」

「ったく、エロ爺が」


 美女からの声援に鼻の下を伸ばしている爺さんがドラグノフ。二代前の勇者パーティからずっと当代最強を維持し続けている別格の魔法使いだ。

 つるっとしたはげ頭に、対照的な長い長い白髪が目立つ。


 そして――最後尾を歩くのがオレ。


「そう思うじゃろ? リル」

「確かにモテるのは悪くないかも?」

「おいおい、お前までンなこと言うのかよ。そういうキャラでもねぇーだろ」

「あはは……」


 そうオレ、リル。

 パーティでの役割は――馬車番だ。

 そう、馬車番なのである。オレは勇者パーティでありながら、ただの一度も戦闘をしたことがない。それどころか、戦闘中は基本的に馬車で待機するだけ。

 それがオレの仕事だった。


 見物客に囲まれながら、オレたちは仕事終わりにいつも立ち寄る酒場へと入って行く。

 別段豪華というわけでもないが、勇者パーティが設立した当時からずっと使ってる馴染み深い酒場だ。みんながここを気に入っていた。


 いつもの個室に通されて、既に用意されたいつもの酒が五つ。

 いつもの席順で座り、いつもの挨拶が始まる。


「よし、今日もご苦労様。今回の依頼もみんなの協力あってこそだ。ありがとう! そして乾杯!」


 と、毎度の如くジョッキをぶつけ合う。

 誰もが羨む立場。お金だってとんでもない量が入ってくる。それでも、それでも。オレは満たされていなかった。


 オレはただ馬車でいるだけ。

 他の四人が戦う後ろ姿を、いつも安全圏から眺めているだけなんだ。

 この名声も、富も、何もかもが借り物に過ぎない。


「なんだリル、浮かない顔して。なんか悩みでもあんのか?」

「ああ、クレス。いや……」


 隣に座って肩に手を回したのはクレスだ。

 身体を揺さぶられつつ「祝いの場なんだから、もうちょっと明るく行こうぜ~?」と、彼女なりに気を遣った言葉が向けられる。


「オレって役に立ってるのかなって思ってさ」

「なんだ、いつものか。何度も言わせンなっての。戦うだけが役割じゃねぇだろ?」

「その通りだ――適材適所。リルは十分すぎるほどに我々の力となっている。前線に立たないからと言って、気を病む必要はない」


 力強く頷いてヴァンがクレスの言葉に賛同した。「でも……」と、オレは続けてしまう。

 オレが勇者パーティにその名を連ねている理由はただ一つ。オレが持つスキルがレア物だったのだ――凄まじく。

 その名も【取得経験値UP】スキルはいくつかのランクに分かれているが、そのランクは最高のSS。このスキルは契約を結んだ相手が半径10m以内にいる場合に発動し、対象の学習能力を大幅に促進するというものだ。

 オレに求められている役割というのは――勇者たちの側にいて勇者たちが強くなるのを支えるというもの。だからこそ、オレは馬車番を任せられている。


 そして、このスキルが害悪なのは……オレには何の旨味もないということ。


 なので、馬車にこもって戦闘経験を積めずにダラダラと毎日を過ごしてきたオレは本当にただの置物なのだ。ある意味で、当代最強の置物と言っても過言ではない。

 勇者置物だ。

 だから、オレは勇気を持つことにした。


「でも、やっぱりオレは……冒険者らしく活躍したいと思うんだ」

「ううむ、それは少し難しいかもしれませんね……お世辞にもリル様の実力が我々に見合っているとは――」

「おい」


 ニコニコとした笑みと、糸目でズバっと痛いところを突いてくるメシア。クレスが睨めつけてメシアの言動を止める。


「ああ、申し訳ありません。こう言ったことはハッキリと伝えた方が予後が良いと思ったので……」

「いや、良いんだ。オレも勇者パーティに相応しくないってことは分かってたから」

「いえ、それはあくまでも戦闘能力が、という話で――」

「――だから、オレは勇者パーティを抜けようと思う」


 つい先日、決心した言葉をオレは四人に伝えた。

 驚くヴァンとクレス。真顔になるメシア、酒を呷り続けるドラグノフ。反応は様々だ。


「ほ、本気かリル!?」


 そして真っ先に声を出したのはクレスだった。

 ジョッキを放り投げて、立ち上がってオレの顔を真っ直ぐと見つめる。「ああ、本気だ」オレは彼女の茶色い瞳を見て頷いた。


「勇者パーティだぞ? それに、このパーティにはリルが必要だ」

「もうみんな十分強くなっただろ?」

「そういうことじゃなくてだなぁ……!」


 頭を掻いて、苛立ちを隠せない様子でクレスは舌打ちをした。


「よく考えろって」

「よく考えた結果なんだ」

「……」

「リルがそこまで思い詰めているとは。気づくのが遅れてしまった――済まない。だが、確かに僕たちのパーティでは君が前線に立つことはできないだろう。これは君自身を守るためだ、分かって欲しい」

「もちろん、それについて不服はないよ。ただ、一度自分の力を試したくなったんだ」

「リルが本気ならそれを止めるつもりはない。けれど、僕たちが君を珍しいスキルを持っているから、という理由だけで一緒にいるとは思わないで欲しい」

「……そう、だな」


 ヴァンのその言葉は少し飲み込めなかった。

 彼らはみんな良い人たちだ。オレには勿体ないほどに。だからこそ、こんなオレが彼らと共に歩めているのはSSランクのスキルがあるから。そうとしか思えない。


「分かった。君の勇気ある旅立ちを祝福しないといけないね。けれど、勇者パーティ五番目の席はいつでも君の為に空けておく。その気になったらいつでも帰ってきて欲しい」

「ああ、ありがとう」


 立ち上がって、衣類を正したヴァンはオレに手を差し伸べる。それに習ってオレも立ち上がってその手を取って握手をしようとしたところで――。


「何勝手に話をまとめてやがんだ! 待てよ」


 オレたちの手を払いのけて、クレスが割入った。


「いつでも帰って来てもいいだと? そんな生半可な覚悟で、ここから離れるんだったら、端からンなこと言ってンじゃねぇって話だろうが。本当に抜けるってンなら、お前と縁を切る」

「クレス……」

「そのくらいの覚悟で言えよ、リル。冒険者家業は遊びでも、自分試しの場でもねぇ。命を賭けた仕事だ」

「分かった。クレスが言うことも最もだ」


 彼女の力強い眼差しがオレを貫いた。

 少し、オレの心が揺れる。

 勇者パーティは居心地がいい。それこそ、ずっと居着いてしまうくらいには。でも、それじゃダメだ。

 オレは自分にそう言い聞かせて、首を縦に振った。


「それでも、オレは一人でやりたいと思う」

「チッ。そうかよ、ああ、そうかよ。じゃあ好きにしろ」


 背を向けたクレスはテーブルを力任せにひっくり返して、そのまま個室から出て行ってしまった。


「せっかくの祝い気分が台無しだ。腑抜けと飲む酒なんて不味くて飲めやしねぇ。一人で飲み直してくるぜ」

「はぁ……全くクレスは」


 ため息と共にヴァンがクレスの背中を見送った。

 かくして、オレは勇者パーティを引退することとなった。最悪の門出だが……何はともあれ、オレの新しい冒険者人生はこうして始まりを告げる。

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