散策冒険譚

 人生の大半を過ごしてきたこの地域。


 恥ずかしながら日常での動線以外の道や通路や小路は全く歩いたことが無かった。


 最近、日課のウォーキングにマンネリを感じ始めて、もっと楽しくウォーキングできないか考えていた。


 ある日、知り合いに頼まれた買い物を片付けるべく、隣の自治体の全く見知らぬ場所を歩いた。その時の……これまた恥ずかしながら、不安を抱く。初めて歩く道に対する不安。なかなか見つからない目標地点。無為に歩いているだけのような時間が過ぎる。


 同じ日本なのに、自分の生活の動線から違う地域を歩いているだけで恰も、サナアの旧市街地を歩いているかのような錯覚がした。サナアの旧市街地は歩いた事無いけど。


 で、目標地点が見つかった。そそくさと所用を済ませ、再び道を折り返す。今度はしまったと頭を叩く。道を間違えたらしい。焦る!


 焦り倒したが、冷静になれば、見回すと少し離れた場所に自宅から近い位置にある煙突が見えた。ランドマーク発見!

 そう考えると、途端に心が軽くなった。あれほど覆いかぶさっていた不安は軽減し、その煙突に向かって歩くと、次第に自分の住んでいる自治体の『匂い』がしてきた。


 そして、自宅前を走る国道に出る。この国道に出ると道なりに歩けば嫌でも自宅前に到着する。


 安堵。


 無事帰宅。


 帰宅したときに感じたのは不思議と達成感だった。


 その後に好奇心に似た感情。


 自分から非日常に飛び込んで無事に帰還したという冒険譚が脳内で出来上がった。

 同じ自治体の、隣の街を歩くだけでこの感動と興奮と不安。


 そこではたと気が付いた。


 自分の住む地区でまだまだ歩いていない道だらけだ。その道をスマホを使わずに入り込めば新しい『旅』が始まるのではないかと。


 昔ある作詞家が言った。


 【旅というのは特別な事ではないのです。いつもの散歩道を、右に曲がる道を、今日は左に曲がる。それだけで旅は始まっているのです。いつもはぜったに見ることが無い風景がそこには広がっているのです。】


 これは即座に実践しよう! 勿論、そう思い実行した。


 予想通り、不安に次ぐ不安。自宅に通じる道に出た時の安心感。帰宅してから飲むコーヒーの美味いこと!


 自分でも普段使っていない脳味噌の部位が活性しているのを実感した。

 偶発的な出来事に弱い私でも、自分のルールに従って近所の知らない道を歩けば、整地された公園を延々と歩くだけのウォーキングとは違う効果を得ていると実感し、満足している。


 どうしてこんな単純で手軽な趣味を見つけられなかったのかと自分の頭の出来の悪さを嘆いている。


 今では、散歩の道すがら、スケッチブックを持ち歩いて絵を描いたり、気分でスマホのカメラのシャッターを切ったりと散策を満喫している。


 これは執筆の合間に行うにはちょうどいい息抜きで運動不足解消だ。何より、歩くだけで新しい刺激を脳に与えているという満足感はえもいえぬものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る