112 鳳凰暦2020年5月6日 水曜日お昼頃 平坂駅前商店街・すきやき梧桐
ダンジョンを出て寮へ一度戻り、私服に着替えたあたし――高千穂美舞は、他のメンバーと一緒に、鈴木くんが作って岡山さんが配ったプリントにある地図を見ながら、『すきやき梧桐』へと向かった。
それは平坂駅前商店街の中にある、肉屋さんの横に、のれんが掛かっている入口があって、そののれんなんだけど、『すきやき ごとう』じゃなくて、『うとご きやきす』になってる、左右が逆の、ええと……。
……これって、どう考えても、いわゆる老舗って感じがする。というか、それしかないと思う。
ドキドキしながら、のれんをくぐって中へと入る。そこには、女将さん? それとも仲居さん? どっちだろうか。よくわからないけど、そういう感じの人が着物姿で待ち構えていた。
「ご予約のお客様でしょうか?」
「あ、えっと……鈴木くんが、その……」
「7名でご予約の鈴木様でございますね? どうぞ、靴はそちらへ。ご案内致します。もう、お一方、先にいらしてますよ」
鈴木くん⁉ こういうお店なら、中に入らず、外で待っててほしかったんだけど⁉ あたしが4組の親睦会で行ったファミレスとは完全に別世界だし⁉
案内されて上った階段がちょっと急なこととか、きしりと軋む音がすることとか、置いてあるおっきな壺が滅茶苦茶高そうな感じがするとか、襖を開けて中は和室なのに、黒を基調にしたテーブルと椅子があるとか、障子が縦横まっすぐな区割りじゃなくて、斜めのラインがあったり、丸い部分があったりとか、小さな円形の窓の向こうに、2階なのに小さな中庭みたいなのがあって、確か枯山水だったっけ? そういう石と岩といくつかの木で造られた芸術的な……って、もうどう考えても、これは老舗っていわれる感じのお店のはず⁉
ていうか、なんで鈴木くんはそんなところで平然と座ってるの⁉
「こちらのお部屋でございます。どうぞ、おかけくださいまし」
入口付近に座っている鈴木くんがあたしたちの方を見て、その、女将さんだか、仲居さんだかの言葉にうなずいた。
一番に動いたのは岡山さんで、迷わず鈴木くんの隣の席に座った。早い。流石だ。鈴木くんに買ってもらったというワンピースがすごく似合ってる。
あたしも、別に対抗するとか、そういうつもりではないけど、鈴木くんの正面の席に座った。あたしの隣に酒田さん、その隣に矢崎さん、矢崎さんの正面に宮島さん。そして、お誕生日席のポジションに五十鈴が座ることになった。
「……ねえ、この席って、鈴木くんの位置なんじゃ?」
「今日は、僕の、もてなし。だから、僕は下座で」
「下座? 下座って何? またあたしの名前、変な感じに間違ってるとか?」
五十鈴が混乱してる。わかる。わかるよ、五十鈴。あたしもそう思ったから。下座って何?
「まあ、とりあえず、食べようか」
「では、進めてもよろしゅうございますか?」
「はい。お願いします」
……なんで鈴木くんはこんなお店で慣れた感じなの⁉
それで女将さんだか、仲居さんだかが追加で入ってきて、あたしと酒田さんのところに一人、鈴木くんと岡山さんのところに一人、五十鈴と宮島さん、矢崎さんのところにも一人、合計3人でお世話をしてくれた……。
つきっきりですきやきのお世話をしてくれるなんて、そんなおもてなしなんか、初めての体験で、ものすごく緊張してたのに、それなのに味はちゃんと、ものすごく美味しいってわかる、すごい時間だった……。
今は、最後のお茶を入れてもらって、女将さんだか、仲居さんだかは、部屋を出て、いない。あたしたちだけの空間になって、ものすごーく、気が楽になった。
「本物のすきやきのお肉って、意外と厚いんだね……」
「歯ごたえもあるけど、それでも口の中でクリームみたいに溶けていくんだから……あれって、本当にお肉だったのかな……?」
「タケノコ、美味しい」
「うんうん。わかるよ、エミちゃん。わかる。お肉以外もすごく美味しかったよね……すきやきにタケノコなんて初めてだったけど……」
「あと、すきやきって、ウチだともっと煮込むようなイメージがあったけど、本当に、焼くって感じで、ちょっとびっくりした」
「いきなり、砂糖」
「あれ、びっくりだったね。粒の大きい砂糖を直接、鉄鍋の上にまいて……」
「ウチのすきやきと全然違ってたよ……鉄鍋も一人ひとり別々だし……」
「……その話、全部わかる。わかるけど、何より、そんなことより、明日からの学食……いや、今日の寮の晩ご飯とか……こんなの食べた後で、どうしろと……?」
「あー……」
「それ、わかるよ、伊勢さん。あたしも同じこと、思ったし」
「あたしはとんでもないものを食べてしまった……」
ああ、五十鈴が壊れた……⁉ でもわかる。わかってしまう……これは高校生が食べていいものじゃなかったと思う……。
そこで、あたしの真ん前で、満面の笑みを浮かべた鈴木くん⁉ なんでそんなにドヤ顔なの⁉
「……鈴木先生。これって、一人、おいくらなんですか……?」
酒田さんが絶対に踏み込んではいけないと思われる領域へと、足を踏み入れた。
「あ、気にしないで」
さらっとスルーした鈴木くん。
……いや、セリフはイケメンだけど、もう、かっこいいとか、そういうの全部通り越して、ちょっと怖いよ、鈴木くん⁉
それからはしばらくの間、何かのテレビ番組みたいにお値段を当ててみようって話で盛り上がったけど、世間知らずな高校生のあたしたちにわかるはずもなく、その話題が終わると、少し、シーンと静かになった。
「鈴木……」
そんな沈黙を破ったのは、矢崎さんだった。
「うん?」
「ホントに、ありがと」
「あ、うん」
「みんなも、ありがと」
「いいよいいよー、エミちゃん。もうあたしたちのクランの仲間なんだよね? そんな遠慮とかいらないからね!」
「それ……」
「んん? どれ?」
「クラン名、空欄」
「あ、そうだったね」
「決めたら、いい」
矢崎さんの言葉に、確かにそうだとあたしも思った。他のメンバーもそう感じたみたいだった。あたしは鈴木くんを見た。
「……鈴木くんは、何か、考えてる?」
「あー……どうかな……うーん。ダブルインカム、とか?」
「……それは微妙です、鈴木先生」
「いまいち、賛成できない感じかな……」
割と鈴木派のはずの酒田さんと宮島さんから珍しく反対意見が……。
「……ちなみに鈴木くん、それって、どんな意味が?」
「あー……共働き、で……収入がいっぱい……あと、共働きの共と友達の友をかけて、友達と働く、みたいな……」
「いや、確かに収入がすごく増えたのは事実だけど、やっぱり微妙な……あ、ごめん、鈴木くん」
五十鈴は鈴木くんに謝ったけど、場の空気はどうやらダブルインカムには否定的だ。
「他には、ないの?」
「うーん……メイケン、とか?」
「メイケン? さっきのダブルインカムより、もっと意味がわからないんだけど、どういう意味?」
「ええと……僕、メイスとショートソードの、二刀流で……」
「鈴木先生。確かにこのクランは鈴木先生がクランリーダーではありますけど、それは鈴木先生の二つ名とかでいいのでは? 二つ名は自分で名付けるようなものではないですけど……クラン名とは、ちょっと違うかと……」
うんうん、とみんなが酒田さんの言葉にうなずいた。
「……うーん。誰か、アイデア、ある?」
あ、鈴木くんがあきらめて丸投げした⁉
あたしはみんなを見回した。みんなも、みんなを見回してるけど、一人だけ、まっすぐ、鈴木くんを見ていた。矢崎さんだ。
矢崎さんは、すっと右手を挙げた。
「……エミちゃん、アイデア、あるんだね?」
「ある。考えた」
「うん。聞かせてくれる?」
「和名は……」
「わめい?」
「漢字ってことかな?」
「そう。和名は『走る除け者たちの熱狂』」
「はしる、のけものたちの……ねっきょう……」
五十鈴が矢崎さんの言葉を繰り返す。除け者、という言葉にあたしはドキリとした。
「洋名で、ルビは……」
「ようめい?」
「カタカナってことかな?」
「……パライア、ランナーズ、ハイ」
「ぱらいあ、らんなーず、はい……」
また、五十鈴が、矢崎さんの言葉を繰り返す。
あたしたちのクランの名前に、それが、ふさわしいか、どうか……。
「……矢崎さんは、どうして、そのクラン名がいいと考えたのですか?」
これまで沈黙を守っていた岡山さんがそう、矢崎さんに問いかけた。
「……私、は」
「うん」
一生懸命に言葉を口にしようとする矢崎さん。それに相槌を打つのは、酒田さん。
「私たちは、みんな……」
「うん」
「みんな、除け者、だった。除け者に、された……」
「……うん」
実際にパーティーから追放されたことがある矢崎さんの言葉は重かった。酒田さんの相槌も、少し、重いものに変わった。それに、矢崎さんの言ったことは、あたし自身、あたしにも当てはまる、そう思った。
「でも、みんなと、走った。ダンジョン、で。一緒に。嬉しかった。助けられた。本当に、本当に、感謝、した。温かい、気持ち、もらった。それに、心が、熱く、なった」
「うん。うん……わかる。すごくそれ、わかるね……う、ん……すご、く……わか、る……」
途切れ途切れに話す矢崎さんが泣いていた。それに相槌を打つ酒田さんも泣いていた。聞いてる宮島さんも目に涙を、もう溢れそうなくらい、溜めていた。
「だから、それを、全部……全部、言葉に、した。して、みた。みんなへの、感謝の、気持ち、込めて。そうしたら、この名前が、浮かんで、出てきた、から……」
「……わたしは、矢崎さんの案に賛成です。高千穂さん、どうですか?」
……岡山さん。そこで鈴木くんじゃなくて、あたしに振るの? まあ、でも、もう、あたしの中で答えは既に出てたんだけど。
「……あたしも、賛成。いいと思う」
「クラン、『走る除け者たちの熱狂』で、パライア・ランナーズ・ハイ、か……うん。2組の連中にランナーズとか呼ばれてたのは癪だったけど、矢崎さんがその意味を変えてくれたし、うん。いいんじゃないかな。うん。いいと思う」
「賛成。あたしも、そんな気持ちだし……」
あたしの賛成に、五十鈴も、宮島さんも続いた。
「エミちゃん……いい……すごくいい……長く、しゃべったね、エミちゃん……」
「頑張った」
「うんうん、えらいえらい」
酒田さんも賛成だった。
あたしたちは、みんな、鈴木くんを見た。
「どうかな、鈴木くん?」
鈴木くんがあたしたちを見回した。そして、言った――。
「………………僕、除け者にされた記憶、ないけど?」
――ここで、この流れでそうくるの、鈴木くん⁉ その返し、いるの⁉
その鈴木くんに、手の甲で涙をぬぐった矢崎さんが微笑んだ。
「鈴木……」
「うん?」
「鈴木は、クラスで、遠巻き」
「え、そう?」
「遠巻きは、除け者の、一形態」
「そうかな? ま、別に、それでもいいけど……」
……え? 何その新情報? 鈴木くんって、1組で遠巻きにされてるの? ……って、確かに、遠巻きにされてそうな気もする、けど? あの学年のトップを集めた1組でとか、そんな感じになるとか、流石は鈴木くんと言うべきか……?
「鈴木は、間違いなく、除け者の、代表格」
「そんなに? あー、まあ、それならそれで、決めようか」
鈴木くんは、ふぅ、と軽く息を吐いて、言った。
「ウチのクランは『走る除け者たちの熱狂』、パライアランナーズハイってことで、これからもどうかよろしく」
こうして、あたしたちのクラン名は空欄ではなくなったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます