111 鳳凰暦2020年5月6日 水曜日朝 小鬼ダンジョンボス部屋前


「……うわー、今日も開かない。また鈴木くんが先かぁ。かなり頑張ったつもりだったけど」


 あたし――設楽真鈴はボス部屋の扉を押しながらそう言った。


 今朝は昨日よりも速くなるように頑張ったつもりだ。それなのにこの結果。鈴木くん、強い。


 そこであたしは閃いた。閃いてしまった!


 昨日も、一昨日も、朝、小鬼ダンを平坂さんとクリアして、それから浦上さんと合流してまた小鬼ダンをクリアしてる! それに、平坂さんはその後、クランメンバーと2回、さらにクリアしてるはず!


 このやり方を取り入れたら、今よりも、もっと――。


「ねぇ、平坂さん。この、走るやり方、クランで……」


 あたしがそう言いながら平坂さんを振り返ると、平坂さんの雰囲気が一気に変化した。ぞわり、と全身に鳥肌が立つ。ヤバい。これ、絶対にダメなヤツだ……。


「鈴木くんに教えて頂いたやり方なので、クランには出せない攻略情報なのです。設楽さんは私と鈴木くんの信頼関係を破壊したいのでしょうか? それとも初日に私が教えた、攻略情報の守秘の重要性はもうお忘れになりましたか?」

「いいえ! ごめんなさい! 覚えてます! ごめんなさい!」


 あたしは叫ぶようにして謝罪した。もう謝る一択だ。


 ……丁寧語! 丁寧語の平坂さん! 怖いよ⁉ 丁寧語の平坂さんが出た⁉ 出ちゃった⁉ と、とと、外村さんどこかにいないかな? いないよね? 知ってた! ここダンジョンだし⁉ ああもう、とにかく誰か助けて⁉


「絶対に秘密でお願いしますね?」

「も、ももも、もちろん! あたし、口は堅いし、秘密は守るから大丈夫!」


 ……絶対秘密というより絶対零度って感じだけど⁉ 怖いよーっ⁉ ……って、あれ? 平坂さん、鈴木くんに教えて頂いたって……。


 うん? そういえば、昨日、校門のところで鈴木くん、『今日は別行動で』って言ってたような気がする……。


 今日は、ってことは、今日じゃない日は? それっていつのこと? それと、別行動ではないってことは、つまり、それって……? あれ……?


「……ひょっとして、平坂さん、鈴木くんと、朝、ダンジョンに入ってたりした?」


 あたしがそう言った瞬間、あの女神さまがまるでリンゴみたいに真っ赤になった! あたし、今度は全然違う地雷踏んじゃったかも⁉


 うわっ! 平坂さんって、そうなの? 鈴木くんなの? え、ホントに? 月城くんとか、鹿島くんとか、西くんとか、田尾くんとか、他のクラスにも附中の時に告白してきた人はたくさんいたって聞いてるけど、あと、同じクランの飯干くんも実は平坂さんが好きらしいし、それでも平坂さん的には鈴木くんなの?


 そうわかってしまった瞬間、あたしの心のどこかにちくりと何かが刺さったけど、鈍感なあたしはそれをスルーしてしまった。


「……ごめん。あたし、割り込んじゃった感じだったり、するのかな?」

「そ、それは、別に構いません。設楽さんとのダンジョンアタックは、私も楽しいですし、設楽さんとは今よりも仲良くなりたいと、思っていますから……」


 丁寧語の怖い平坂さんがいきなりデレたっ⁉ レア過ぎる⁉ 何コレ、超可愛いんですけど⁉ 平坂さんってば、あたしをここでこのまま悶え殺すつもりなのかな?


 あたしは、その平坂さんの、もう、なんともいえない最高な感じに、自分に刺さった小さな棘を完全に見落としてしまったのだった。





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