96 鳳凰暦2020年5月2日 土曜日午前 豚ダンジョン


 さて、豚ダンの2層も最短ルートをおよそ1時間で突破。初対戦となった8層格オークも、地獄ダン装備なら特に問題なし。10エンカウント26匹で一人10万4千円。


 さらに進んで3層、最短ルートで環濠集落付近までおよそ1時間と15分。さすがに9層格は、簡単に、とは言えなかった。それでも危なげなく戦えたけど。ここまで10エンカウント22匹、一人9万9千円。ある程度以上、戦えるアタッカーの収入は、普通にサラリーマンをしていると想像できない金額になる。もしもの代償は命だけど。


「……小学校の修学旅行で見た、如月時代の遺跡のようです」

「正確には、復元された遺跡、だな」

「あ、そうでした」


 如月時代というのは、海を越えて稲作が伝来し、日本八百万神聖国がある列島にもいくつもの国ができていった時代だ。


「……ですが、あの、鈴木さん」

「うん?」

「環濠……お堀を越えてしまえば、あの、丸太を打ち込んだ柵では、その……」

「あれな。オーク基準で作られてるんだろうな。どう考えても、人間ならするっと中に入れる間隔で丸太が打ち込まれてるし」


 そう。間抜けなことに、ボスがいるこの3層の環濠集落は、お堀はともかく、丸太の柵はアタッカーが入れないようにというより、オークが出られないように、というサイズだ。動物園の檻か何かだろうか……。


 まあ、そのお陰で、編み出された攻略法がある。


「この環濠集落は、中央の二重環濠を中心に、それを囲む東南、東北、西北、西南の四つのブロックに分かれてると思っていい。それで、これを使う」


 僕は岡山さんに爆裂玉を取り出して見せた。


「……犬ダンのボス戦で使いましたね」

「そう。これを……」


 僕はぽっちを押し込んで、環濠集落の中に爆裂玉を投げ込んだ。


「鈴木さん? モンスターはいませ……」


 ドッカーンっ!


「……んが、確か5万円で、かなりもったいないのではありませんか?」

「大丈夫、見てて」


 僕はダブルセットで第3階位スキルの『フレイムボンバー』をふたつ、準備する。ここのオークは犬ダンのような直線通路ではないので、1発ではカバーできない。あとでもう1発、追加だ。マジックポーションも飲まないと……。


 ブヒブヒと鳴きながら、オークが大量に集まってくるけど、環濠と柵の向こう側だ。あっちの方が中で、こっちが外だけど。


「ああ、集まってきました! 3層のサイズの大きいオークです、鈴木さん⁉」


 大丈夫。でも、今はマジックスキル発動中なので、僕に答える方法はない。


「……あれ? 集まっていますが、柵からこちらには出られないので、まるで檻を掴んで騒ぐゴリラのようです……頭は豚なのですが……」

「フレイムボンバー」


 僕は1発目を右側へ発射した。第3階位マジックスキルはその階位の二乗の階層まで、『倒せる』レベルで通用する。


 同時に右手で再び、簡易魔法文字を書いていく。


「フレイムボンバー」


 今度は左側へ発射した。残りは中央付近だ。


「フレイムボンバー」


 三発のマジックスキルで、大騒ぎしていたオークはいなくなった。倒れているオークが見えるが、瀕死の状態で間違いない。

 僕はマジックポーチから取り出したマジックポーションを飲み、岡山さんに声をかける。


「中に侵入して、倒した分の魔石を回収する。それと生き残りはトドメを」

「あ、はい」


 環濠を一気に駆け下り、加速して反対側を駆けあがる。うまく駆け上がりきれなかった岡山さんの手を掴んで、ぐいっと上へと引き上げ、一緒に柵の間を抜けて侵入する。


「……ありがとうございます」

「うん。トドメ、お願い」

「はい」


 倒れている瀕死のオークは岡山さんに任せて、僕は魔石を回収していく。岡山さんもトドメを刺したオークの魔石を回収する。


「それで、ここから中に突入するのですね?」

「いや。外に出て、外周を回る」

「はい?」

「同じやり方で、残り3つの東北、西北、西南のオークを狩り尽くす」

「なるほど、それから奥へ……」

「それからは外に出て、トレーニング。リポップが45分のダンジョンだから、1時間に1周、これを続ける。だいたい、お昼過ぎには、他のアタッカーもここまでたどり着くだろうから、そこまではこの狩り方でとにかく数を稼ぎながら、トレーニングで高まった身体能力を確かめつつ、外のオークを狩っていく」

「……あの、ボスに挑んで、豚ダンジョンをクリアするのではないのですか?」

「クリアするのは、明日と明後日だな。今は、自分たちの強化が先」

「……わかりました」


 これが環濠集落外からの魔法アタックという攻略法だ。今、東南部で23個の魔石をゲット。あと3か所、1周すれば、だいたい100個くらいの9000円魔石が集まる。つまりそれだけで90万円ぐらいになる。爆裂玉とマジックポーションが必要だけど、それでも余裕の黒字。


 こんな美味しいダンジョンはないと思う。第3階位魔法が使えれば、な……。

 それと、9層格のオークをたくさん倒して、強くなってから8層や7層で戦えばもっと楽に狩れるようになる。豚ダンに限らず、他のダンジョンでも、だ。


 豚ダンのクリアは、今日で強くなってからの、明日、明後日で終わらせる。もちろん、それ以降も稼ぐために豚ダンには入るけど。


 明日の本番は、1か所8分で処理して32分で1周して、最後の4つ目の侵入箇所から奥へ進み、同じように二重環濠の中でも爆裂玉でおびき寄せてからの魔法アタックで殲滅して、だいたい42、3分。これで環濠集落内のリポップ前に安全地帯になってるボス部屋前にたどり着ける。危険なハズの敵の本拠地の、一番大事な部屋の前が安全地帯って、ダンジョンってホント、矛盾してるよな……。


 そのまま、昼過ぎまで、僕と岡山さんは環濠集落の外側を3周して、安全に9層格のオークを殲滅しながら、昼過ぎまで頑張った。そして、トレーニング中の13時頃に、他のアタッカーの姿が見えると……。


「おっと。予想通り、どっかのアタッカーさんが登場したな。少し離れようか」

「他の方は環濠集落まで来るのはずいぶんと遅いのですね……」

「普通は歩いてくるから」

「……そうでした」


 岡山さんが納得した。とても納得していた。そして、僕たちは環濠集落を離れたのだった。


 帰りの戦闘は、どの階層のオークも楽に倒せるようになり、9層格だけで300個以上の魔石を手にした。もうウハウハです。


「……ずいぶんと楽に倒せるようになりました」

「まあ、あれだけ9層格を片付けて、それに加えて、武器はここより格上の地獄ダン装備だし」

「……やり方次第で、とても安全に、しかも強くなれるのですね」

「まあ、その分、お金もかかるし、あと、見せられないものもあるから……」

「あれは、みなさんにはまだ、秘密なのですね」

「まあ、な……」


 クランメンバーには、どのタイミングだったら納得させられるか、考えないと。





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