95 鳳凰暦2020年5月2日 土曜日朝 小鬼ダンジョン前広場
私――平坂桃花は、いつの間にか調子に乗ってしまっていたようです。
自分にも、彼のようにできると、そう思い込んでおりました。
実際、彼からのアドバイスに従って、1層のゴブリンはもう1撃で倒せるようになっておりましたし、2層のゴブリンメイスもワルツ――附中で学ぶ3段階戦闘法――ではない倒し方で素早く倒せるようになっていました。3層のゴブリンソードマンとゴブリンアーチャーも、一度、アーチに狙いを付けさせてからソードの影に入るというやり方を彼に教わり、より安全で、確実に1対3の戦闘をこなせるようにもなりました。
ボス部屋のゴブリンソードウォリアーも、ワルツ1回と追撃の1発で倒せるようになったのです。
それなのに……。
ボス部屋で転移陣に入り、入口近くへ戻った時間は、7時57分。57分です。彼と一緒の時は、45分になる前に外へ出ていたというのに。
……いえ。普通に取り組めば早くて1時間半、少しでも躓きがあれば2時間ほどかかる、小鬼ダンのクリアです。それをソロで57分というのは驚異的なタイムと言えます。それは、そうなのです。わかってはいるのです。
それでも、あれだけ私に向かって語りかけながら、走りながら、戦いながら進んでいく彼よりも10分以上も遅いとは――。
「あれっ? 平坂さん! なんでダンジョンの中から⁉」
「……朝から、ソロで入ってたの? まさか、これが平坂さんの強さの秘密?」
彼のことを考えながら外へ出ると、そこには設楽と浦上――育成期間の最終シャッフルで私のパーティーメンバーとなった二人がいました。
昨日、クランのトップパーティーとして、この二人と一緒にボス部屋に挑み、クリアしたのです。
……浦上は、初めてボス部屋に入った時の私と同じように座り込んでしまったのですけれど、設楽は震えながら、また、ふらつきながら、それでもゴブリンソードウォリアーに近づいていき、私が危ないと思って叫びそうになった瞬間には、振り下ろされたバスタードソードを紙一重で避けると同時に、自身のバスタードソードでゴブリンソードウォリアーの脳天から胸のあたりまでを斬り下ろして、一撃で倒してしまったのです。倒した後も、まだ体は震えていたというのに。
設楽という子の神髄のような何かを見せられた気がしました。震えるほどに怖ろしくても、それでも立ち向かっていく、戦闘の申し子。天才というのは、設楽のような人なのかもしれません。
今日は、8時からのアタックで予定を組んでいました。危うく遅刻してしまうところでした。
クランメンバーのうち、私たちのトップパーティーと、外村のセカンド、飯干と宍道のサードまでの3人パーティーが、今日からボス戦に入ります。戦うのは私……の予定でしたけれど、私のパーティーは設楽になるかと思います。
私たちが8時から、外村たちが9時半から、飯干と宍道たちが11時からのアタックで、その全てに私が参加して、ボス戦でのあの叫び声にみんなを慣れさせていくのです。
外村たちと組む時は、今日と明日、3層魔石を全て放棄する代わりに、ボス魔石は私が受け取ります。GWの残り3日間は逆で、各パーティーにボス魔石を渡して、3層魔石を私が総取りします。
5回、経験すれば、外村たちなら自分たちでボス戦がこなせるようになるはずです。GW明けからはテスト週間ですけれど、テスト明けには、さらに残りの2つのパーティーに所属するクランメンバーにも、ボス戦の経験を積ませたいと考えています。
「まさか、平坂さんは、これまでも、毎朝、ダンジョンに……?」
「え? そんなことしてたの、平坂さん! なんで誘ってくれなかったの? 一緒に入ろうよ!」
……いけません。少しぼうっとしておりました。今、とてもマズいセリフが聞こえた気がいたします。
「ね? いいよね? 平坂さんはソロでできるとは思うけど、ペアの方がより安全だし、中学校の時の剣道部であたし、朝練とかは慣れてるし」
「寮の食事時間の問題がなければ私も参加したかったわ……」
……この流れで、設楽を断れる強者が存在するというのでしょうか? 私には、無理です。
個人的に設楽に対してはいろいろと負い目もありますし、それだけでなく、設楽のことは一人の人間として好ましくも思っておりますから。
ああ、失敗でした……彼抜きでの攻略時間がギリギリになって、ここで二人に出会ってしまうとは考えておりませんでした……。
「いいよね? 明日、火曜日の待ち合わせの潰れたタバコ屋の前で待ってるからね!」
「……うん。そーだね。あはは」
私は頑張って微笑んで、そう答えました。
……これで、彼との朝のダンジョンアタックは、難しくなるのでしょう。
八百万の神々のみなさま……これが、彼との約束を結ぼうと努力しなかった私への罰なのでしょうか……。
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