94 鳳凰暦2020年5月2日 土曜日朝 小鬼ダンジョン


 寮の朝食時間のスタートである7時半から食べ始めて、飲み込むように食べ終えた私――矢崎絵美は、高千穂、酒田、伊勢、宮島と一緒に小鬼ダンジョンへと向かう。


 食堂にアタック装備で行くというのも驚きだったが、とにかく、この、鈴木のグループはみな、動きが早い。


 岡山はいないが、既に鈴木と一緒に行動しているらしい。早過ぎる。


 7時45分には小鬼ダンへと入場し、走り始める。今日の私のサポートをしてくれるのは高千穂と酒田だ。


 一人だけ段階が異なる私のサポートを交代で行うのは当然だ。私としても、私優先で何でも動かれるより、ずっと気が楽だ。


 1層は酒田が一人で戦って進むらしい。


 一昨日も少しだけ見た、まるでゴブリンの胸元へと飛び込むかのように突き進むあの戦法で、あっという間にゴブリンを倒して進んでいく。私はついて行くのがやっとだ。


 まだ3日目だが、鈴木の考え方の基本はある程度理解できた。

 それは先取りであり、要するに効率の追求だと思う。

 あのちょっとふざけたニコニコ鈴木Eローンのようなやり方にしても、スタミナ切れを怖れず、高額なポーションを使ってダンジョンに入り続けるやり方にしても、そうだ。


 普通は、この前までの私のように、制限回数まで戦い、ダンジョンを出る。それを毎日積み重ねることで次第に強くなり、卒業する頃には、中堅どころのアタッカーと同じようにやれる。


 安全で、確実で、間違いがない方法だとも言える。

 だからこそ、それがこの高校の基本的な指導方針になっているのだろう。高校生が簡単に死ぬのは、学校としてはまずいのだ。


 だからといって、手取り、足取り、全てを真綿でくるむように指導するのも、一人前のアタッカーを育てるには、おかしい。その部分は、ダンジョンアタックを放課後の自主的な活動にしていることで、自力で稼げるように育つと考えているのだろう。


 その分、徹底して、保健体育での戦闘指導や、ダンジョン関係科目の徹底的な詰め込みを行い、戦闘制限回数についても毎日のように生徒たちに言い聞かせている。事故――特に死亡事故が起きないように。


 そして、私や宮島に対して起きた事件は、それが死亡事故につながりかねない――実力不足でのソロアタックなどまさに、死亡事故と隣り合わせだろう――重大な問題として、先生たちは厳しく指導するのだろう。


 ダンジョンアタッカーに適している、適していないというのは、強さだけでなく、様々な要素がある。それは座学で散々言い聞かせられている。私が、人とうまく話せないのも、大きな課題だ。

 この学校は、ダンジョンアタッカーになることがそのまま人生の幸福ではないと私たちに教えているのだろう。どれほど生徒自身がなりたいと願っていても、それで命を失ってしまうのなら、その道を選ばせないことが……退学させて、アタッカーとは異なる進路を目指させることが、人生の幸福を手にする道なのだ、と。


 あんなことになったからこそ、私には見えてきたもの。この学校の在り方。


 私がダンジョンアタッカーになりたいとどれだけ強く望んでいても、それは正しいのか、と常に疑問を投げかけてくる。迷いと惑いの中へと誘う。


 鈴木は、学校側が目指すラインにしている、その毎日の積み重ねを、ポーションにお金を遣うことで、1日の中にたくさん詰め込んでしまった。さらには、1層で戦う段階のはずが、強引に2層、3層、最後はボス部屋にまで突き進み、一度に全てを経験させて、それに合わせるように後からトレーニングを始めるのだ。先取りにもほどがある。だが、これはひとつの正解だと思う。強引過ぎてこの学校は、そのやり方を取り入れはしないだろうが。


 ニコニコ鈴木Eローンも、本来なら今は使えないはずの金額を先取りさせることで、今可能な最大の効率を叩き出している。この学校の方針だと、月末で支払不能になり、退学だ。だからこそ、そこを鈴木が支えることで、大きく成長できるようになってる。


 実際、鈴木や岡山、昨日の伊勢、宮島、そして、今、目の前で戦ってる酒田は強い。たぶん、高千穂も同じ。


 このメンバーと一緒にいれば、私もきっと、こうなる。こう、なれる。


 一度はあきらめかけた私が、そんな未来を……こんな私が、アタッカーとして活躍できるかもしれない未来をまた想像できるなんて……。





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