89 鳳凰暦2020年5月1日 金曜日放課後 小鬼ダンジョン 隠し部屋
今日は鈴木さんと隠し部屋です。いつものように、わたし――岡山広子はそれを嬉しく思っておりますが、口から出る言葉は少し違います。
「よろしかったのですか、矢崎さんのことは?」
「高千穂さんたちや伊勢さんたちにも、指導して育成していく経験が、必要になる場面がくるからな」
「そう、なのでしょうか? 教師ではなく、アタッカーを目指すと、寮ではお聞きしましたが」
「アタッカーでも、クランの先輩が後輩に教えるなんて当然ある。でも、慣れてないとそれすら難しい。いい練習になるはず」
「……わたしも、できるようにならなければいけないのではないですか?」
「もう、高千穂さんたちや伊勢さんたちで、広島さんは学んでるから」
「岡山です……」
……このような会話をしているから、のんびりしているかのようですけれど、鈴木さんが持ち込んだ訓練用のスポンジウェポンで対人戦の訓練中なのです。
もちろん、隠し部屋での、リポップ待ちの時間です。
スポンジウェポンというのは、ダンジョンでの基本武器となる、棍棒、メイス、ショートソードをスポンジでその形に作った物です。弾力はありますが、ぶつけ合っても折れ曲がるようなことはなく、それでいて、一撃を頂いたとしても、佐原先生いわく「ハリセンでしばかれた程度」のダメージなのです。優れた訓練用の武器だと思います。開発したのはヨモ大ではなく、下北ダンジョン群がある下北市のウソリ大だそうです。
……わたしは、ハリセンでどうにかされた経験はございませんが、鈴木さんに打たれたり、斬られたりするのは、それなりに痛みを伴います。もちろん、命に別状はございませんし、キッチンタイマーが鳴ると鈴木さんはまず第2階位のマジックスキルであるヒールを――このスキルを鈴木さんが使えることもまた驚きではありますが――かけて下さいますから、痣ひとつ、残りません。
その代わりという訳ではないのでしょうが、鈴木さんは顔面だろうと、首だろうと……あと、胸のあたりとか、おしりのあたりとか、ふともものあたりとかも……遠慮なく攻撃なさるのです。胸のあたりはブレストレザーがありますが、他はその……。普通、ドッジボールなどのように顔面セーフというようなルールがあるのではないかとも思いますが、実戦では何が起きるかわかりませんし、これも鈴木さんからの愛情と思ってわたしは全て受け入れます。
でも、痛いものは痛いのです。ハリセン程度であったとしても。
ほんの少しくらい、泣き言を言っても、許されますよ、ね……?
ただ、鈴木さんから受けるヒールの温かさはちょっと、クセになりそうで困ります。前に豚ダンジョンでスタミナ切れになってしまい、鈴木さんにスタミナポーションを飲ませて頂いた時のように、思わず抱き着いてしまいそうで――あの時は目を閉じて『小説版ドキ☆ラブ』のポーション口移しのシーンをイメージしてしまいましたから、つい……。それでもなんとか思い止まって手だけがもぞもぞと動いていたら、鈴木さんがその手を引いて、わたしを助け起こして下さいました。それも幸せでした――我慢するのが割と大変なのです。
あと、体育館のモップといい、訓練場のこのスポンジウェポンといい、学校の物をマジックポーチに入れて勝手に持ち出す鈴木さんをどうにかして止めなければ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます