83 鳳凰暦2020年4月30日 木曜日昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所3階第5ミーティングルーム


 朝よりも表情が明るくなってるな、と、そう思ったわし――佐原秀樹は、矢崎に声をかけた。


「ギルドのミーティングルームは、行ったことがあるか、矢崎?」


 矢崎がふるふると首を横に振った。


 こいつは、本当に、しゃべらんな……。


「それなら案内するから、ついてこい」






 朝は、あのプライドの高い月城がしっかりと頭を下げて、矢崎に謝罪した。


「本当にすまなかった。どうか、おれに、償いをさせてくれ」


 他の3人はそういうことは言わなかったが、月城はペアでも組んで、矢崎を育成するつもりがあったんだろう。

 矢崎は黙って月城が頭を上げるのを待ち、頭を上げた月城と目が合ったら、首を横に振った。月城は辛そうに歯を食いしばっていた。


 あいつは、立ち直れるといいが。まあ、最初の土日から3層まで行くのは行ってたらしいし、そこそこ魔石数は稼げてる。ダン禁明けの残りのGWで、どれだけやれるか、かもな。






「矢崎、2時間目は、見てたか?」


 歩きながら、こくりとうなずいた矢崎が、ふんわりと微笑んだ。


 ああ、設楽に今の顔を見せてやりたかった。あの、びっくりするような考えなしで、お人好しのあの時の気持ちは、画面越しにでもちゃんと伝わったか……。


「クラスにも、おまえのことを心配してるヤツはいる。それはわかったか?」


 また、こくりとうなずく矢崎。


 ……考えてみれば、外村が何かを企んでたとしても、結果としてそれは矢崎のためにはなった、か。たぶん、月城をここらで一度落としとこうとか、そんなことを考えたんだろうが。


「おまえのことはこれから、鈴木が助けてくれる。まあ、実力は保証できる。人格は……悪いヤツでは、ないかもしれん」


 きょとん、と首をかしげる矢崎。


 ……いや、あいつは説明が難しいな。まあ……。


「……頼りになるのは間違いない」


 ちょっとだけ考えるような素振りを見せてから、小さくうなずく矢崎。


「さて、着いたぞ。この部屋だ」


 ドアの前で立ち止まる。そうすると、隣に来た矢崎がくいっとわしの方を見上げて、言った。


「先生、ありがと」

「う、む……」


 なかなかしゃべらん子の、その素直な一言に、思わずぐっときてしまったわしは、うまく言葉を返せず、それを誤魔化すようにドアをノックしたのだった。





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