82 鳳凰暦2020年4月30日 木曜日昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所3階第5ミーティングルーム


 僕はとりあえず、ふたつの重要事項をみんなに告げた。


「……新しいクランメンバーが増える、ということですね?」

「うん。先生の紹介で」


 今日の2時間目のことだった。


 実は、設楽さん、平坂さん、浦上さんという3人のヒロインがパーティーを組んでいるという、ゲームのDWでは絶対に有り得なかった状況が生まれていることを知って、え? それマジで? これ、どうなってんの? 設楽さんとか、浦上さんとか確かソロのはずだよな? そうでないとイベントが成立しないんだけど? などと僕は混乱していた。


 ゲームでの設楽さんは孤高の武道精神でソロ、それで危険な初のボス戦にひとりで挑もうとするところを『危ないから割り込む』という選択肢でボス部屋へと強引に一緒に突入して、「あたし、ひとりでやるから」とか言ってた設楽さんが、あの叫びに座り込んで危険な状態になって『身を挺して庇う』を選択すると、ダメージを肩代わりして、そこから二人でボスを倒して、「……あの、さっきは……ありがと」って目をそらしながら赤くなったそばかすフェイスが可愛くて、「……明日から、ペアを組んでくれない、かな?」とか言われて攻略完了ってなる。これは僕がゲームで実際に進んだルートだから間違いない。それなのにもうパーティー組んでるとかどうなんだ?


 人間不信系の浦上さんもやっぱりソロで、第一テストで実力を認められた後、ダンジョン内でのスタミナ切れ状態のところを不良系男子パーティーに襲われそうになるという強姦未遂イベントでの救出からコロっと落ちる、って感じで攻略掲示板に書かれてたはず。ソロじゃなかったらイベント発生しないよな?


 平坂さんはソロではないはず。でも、男嫌いで、女子メンばっかとダンジョ……って、あれ? 僕と朝のダンジョンにフツーに入ってたような……。


 今さらだけど、なんでそんなことに? リアルになったからゲームと違うだけなのか? とか、とにかく滅茶苦茶驚いて混乱してたら、さらに平坂さんたちがクランを作って小鬼ダンを攻略してるとか、新たな情報も入って、内心は完全にパニック状態。


 まさかこの育てゲー、ちゃんとライバルクランまで用意してくるとは……もちろん、クラン運営の勉強、みたいなお遊びクランじゃ、僕のクランの相手にはならないけど。あ、そう考えたら全然ライバルじゃなかった。


 そんな混乱中のところに不意打ちで、先生が僕にクランメンバーを紹介してくれたという奇跡……新メンバーの名前は確か、矢崎さん。矢崎、矢崎、矢崎、矢崎……って、あれ? 矢崎からは何も連想できないけど? え? どうしよう? これ、名前、覚えられなかったりして……。


 この子、クラスでも1番獲得魔石数が少ないらしい。なら、何も問題ないな。すぐ改善できる。それよりも、元は1組スペックだから伸びしろがすごいかもと思うと、ドキドキするな……。


「新メンバーの話はともかく……今日の納品で、もう終わりにして、魔石は貯め込むって、どういうことなのか、説明して、鈴木くん。知ってると思うけど、この学校は、生徒を一人のアタッカーとして扱って、その順位を座席とかロッカーとかで可視化してくるの。あれは、学年首席の鈴木くんにはわからないかもだけど、いろいろとキツいの。これからGWもあるのに魔石を納品せずに貯め込んだらあたしたちの順位が……」


 高千穂さんが心配そうな顔でそう言ってくるけど、僕はそれを遮る。


「大丈夫。3組と4組の上位は確定」

「……え?」

「鈴木くん、それ、マジ? なんでそんなこと、知ってんだ?」


 岡山さん、酒田さん、宮島さんは、それほど順位を気にしてないらしい。反応するのは高千穂さんと伊勢さんだ。附中出身だからだろうな。


「……3層には、まだ、1組と、2組しか行けてない。それも、1組の半分くらいと、2組は半分以下。しかも、ボス魔石の納品は僕たちだけ」

「それ、どこで……」

「情報源は、秘密」


 ……実はついさっき、この下で聞いた。いや、だって……守秘義務とか大丈夫なのかって心配になるくらい、ギルドの先輩お姉さまである……なんとか先輩がよくしゃべってくれるからな。僕の情報源はゲーム知識以外だとそこしかないけど。


「……それを信じるとしても、納品しない方針は、なぜなの?」

「それは……」


 はっきりいって、順位を気にするのは、クラス替えに影響がない、今じゃない。


 魔石等の換金額はテスト後にはリセットして最初からカウントされるからだ。ある意味ではクラス替えに関係する3月だけでいいし、今年は、そこで追い込んで納品すれば問題ない。そもそも、小鬼ダンでうろうろしてる連中を相手にあせる必要もないしな。


「……昨日までの3層の魔石を納品した今は、十分な順位。貯めて、次の最初に回す。それがスタダになる」

「今回はここまでの魔石で勝負して、次の順位決めで最初から有利な状態にするために、貯めておいて最初から差を付けるって、こと? それってずるいんじゃ?」

「ずるくない。作戦。それと……」

「それと?」

「……ゴブ魔石は、最低限の納品で、あとは、卒業するまで、貯めた方がいい」

「え?」

「もったいないから」


 ……意外と知られていないけど、ヨモ大のWEBサイトで小鬼ダンのページを見れば書いてあることだ。


 僕たちの在学中、ダンジョンカードがプリペイドタイプの学生カードであるうちは、ずっと、ゴブ魔石は半額買取にしかならない。1層100円、2層200円、3層500円、4層格のボス2000円だ。


 これが、卒業と同時に与えられる一般のダンジョンカードになった途端、同じゴブ魔石が1層200円、2層400円、3層1000円、4層格のボス4000円と、倍に跳ね上がるのだ。これは外ダンのコボルトの買取額と同じ。

 だから、学生カードのうちは、1秒でも早く、小鬼ダンを終わらせて外ダンで稼ぐことが重要になる。ずっと小鬼ダンだとひたすら半額でやっていくことになるのだ。


 先輩お姉さまの……なんとか先輩情報だと、ヨモ大附属のほとんどの生徒は、ボス魔石50個までの長い苦労と、小鬼ダンの低い換金レートの反動で、ゴブ魔石の倍額になる犬ダンのコボルト魔石、その3層1000円とか、4層4000円にハマって、それを休日に7、8匹くらいで満足してしまうらしい。


 週給6万円ってところ。月収で24万円だ。どう考えてもファミレスでアルバイトするより効率がいいのは間違いないからな。大卒社会人の初任給ぐらいはあるんじゃないかな。

 そのレベルでも、卒業したら、週休2日で5日間働いて30万円、月収120万円、年収およそ1500万円のアタッカーが出来上がる。ヨモ大附属の狙い通り、エネルギー資源である魔石を安定供給してくれる、中堅下位ぐらいのダンジョンアタッカーの誕生だ。


 そもそも、ここ数年の先輩方は、自力で犬ダンクリアとか、神殿クリアとかはしてないらしい。3年の夏休みとか冬休みにインターンで有力クランの見習いアタッカーとして、キャリーしてもらってのクリアが一般的なんだとか。


 それ、楽しいのかな? 僕はそう思わないから絶対に嫌だけど。


 小鬼ダンで必要なのは――僕個人の考えとは別にして――スキル講習のための1層の魔石100個と、Gランク認定のためのボス魔石50個だけ。残りは貯めておいて、卒業と同時に倍額で換金した方がいい。卒業後の資金にもなる。学校には悪いけど。


 小鬼ダンの魔石が半額買取なのは、もう半額が学校側の収入になるしくみだからだ。僕たちがせっせとゴブ魔石を換金すれば、学校側がウハウハになるしくみ。まあ、それは学校の運営費として、学食の低価格メニューとか、ロッカー棟の温水シャワーが無料とか、寮のランドリーが無料とか、そういう生徒たちの福利厚生の予算になってると、WEBに載ってる。寮が個室なのに、寮費5000円と格安なのも、これが支えてる。言ってみれば、自分たちの頑張りで安さを享受してるな。


 ヨモ大附属が占有している小鬼ダンの使用料とか利用料とかを天引きで支払ってるという考え方でもいいかもしれない。


「ヨモ大WEBサイト、小鬼ダンのページ、見れば、わかる」

「別に見なくても鈴木先生の方針に従うだけだね」

「わたしも、そのつもりです」

「あ、それは、あたしもかな……」


 酒田さん、岡山さん、宮島さんの3人は、こういう時、とても素直で助かる。


「ありがとう、最上さん、広島さん、安芸さん」

「どういたしまして。今があるのは鈴木先生のおかげですからね」

「岡山です、鈴木さん。もちろん、わたしも、鈴木さんのお陰だと思っていますよ」

「あの、あたし、宮島アキではなくて、宮島モミジです……名前呼びは嬉しいけど、そもそも名前、違うし……」

「……鈴木くん、全員、名前、間違ってるから」


 高千穂さんがあきれたようにため息を吐いた。


「それで、鈴木くんは、どこまで、先を見てるの?」

「まだ、確定じゃないから、明かせないけど。とりあえずはGWはボス勝負。とにかく、早く外ダンに出ることから」

「……つまり小鬼ダンのボス魔石? 新メンバーの子も含めて、小鬼ダンの周回をGWは頑張るってことか?」


 伊勢さんが外ダンのための目標を言い当てる。


「志摩さん、正解。新メンバー育成は、全員が、交代で関わる。教えると学ぶは表裏一体」

「あたし伊勢なんだけど……」

「表裏一体! なんかかっこいいです、鈴木先生」

「テスト明け、可能な限り早く、犬ダンを攻める」

「……まあ、鈴木くんを信じてやっていくしかない訳なんだけど。みんなも、それでいい?」


 僕以外の全員が、高千穂さんの言葉にうなずいた。あれ? うなずくタイミング、ちょっとズレてないかな? 僕が「攻める」と言ったタイミングだよな? 普通? ひょっとして、僕、クランリーダーじゃない? 実は高千穂さんがリーダーか? え? いつの間に?


 そんなことを思ってたら、こんこんこんっと、ドアがノックされた。





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