81 鳳凰暦2020年4月30日 木曜日2時間目 国立ヨモツ大学附属高等学校1年1組


 2時間目の授業で佐原先生が話す矢崎さんの話を聞いたあたし――設楽真鈴は、自分がダメな子だと思った。


 矢崎さんのことはさっき思い出した。キリちゃんからいつだったか、名前を覚えてないと指摘されたことがあったけど、その時の子が矢崎さんだ。

 あたしは、このクラスの一員なのに、このクラスの中でパーティーからの追放なんてことが起きてても、気づかないし、その人の名前も覚えてないし、ほんと、最悪だった。


 いつの間にか、自分の楽しいばっかりになってた気がする。それが悪いとは思わないけど、あたしの場合はちょっと周りを見なさ過ぎたと思う。


 キリちゃんから指摘された時、確か、矢崎さんはもう一人だった。たぶん、あの時にはもう追放されてたんだと思う。


 あたしは、あのゴブイチの日、自分がソロになるかも、一人になるかもって、あんなにも不安になってたクセに……。


 昔、中学の時に、同じクラスの女の子からギゼンシャって言われたことがあるけど、でも。

 もう矢崎さんは辛い目に遭ってしまって、今さらだけど。それでも。

 少しでも、何か、役に立てたら……。


「……それで、矢崎は、追放した連中の謝罪は受け入れたが、そいつらからの償わせてほしいという申し出は断った。まあ、わかると思うが、一度、裏切られたようなもんだからな。もう一度パーティーをなんて言われても、それは難しい。それに、あいつらはしばらくダンジョン入場禁止処分になるから償いようもない。今は、矢崎は別室でWEB授業を受けてる。つまり、今、これをそのまま見てるってことだな」


 ……矢崎さんは、今、この教室を見てる。それなら!


「先生! それと平坂さん、浦上さん」


 あたしは思い切って立ち上がる。


「あたしたち、3人パーティーだし、矢崎さんを……」

「ちょっと待て、設楽。おまえはいつもいつも、先走り過ぎだ」

「でも、先生……」


 みんなの注目を浴びてるのはわかる。いつもなら我関せずって感じの、あの、鈴木くんでさえ、目を見開いてあたしの方を見てる。本当に珍しいと思う。


「いいか。おまえたちが、平坂や外村、飯干、宍道の4人を中心に、クラン運営の勉強をしながらダンジョンアタックを進めてる話は、平坂や外村から相談もされてるし、いろいろと聞いてる」


 佐原先生がそう言うと、クラス全体からざわっと音がした。


 ……あ、知らない人がいたんだ。それもそうか。クランを組んで攻略しているのも、攻略情報だと考えたら、わざわざ知らせることじゃないのかもしれない。


「それをやろうと考えた平坂や外村の意識の高さは全員に見習ってほしいところだが、だからこそ、設楽は、自分一人で先走って、クランメンバーの勧誘にあたる行動をしてはならん」

「あ……」


 あたしはそこで先生から平坂さんや外村さんへと視線を移した。二人とも、ちょっと困ったような顔をしていた。うぅ、また、やっちゃった……。


「平坂と外村は、クランとして、小鬼ダンジョン攻略のための目標を段階ごとに設定して、その場その場で修正しつつ、そして、クランにおける新人育成をイメージして、小鬼ダンジョンの攻略を進めている。ひとつひとつ段階を踏んで、着実に、だ。それも、クランメンバー全員の満足度が非常に高く、成果も上げて、大きく前進させてきた。自分たちが将来、どこかのクランメンバーになっても、自分たちでクランを立ち上げても通用する、そういう価値のある経験を今もなお、積んでる最中だ。今のクランメンバーは間違いなく、卒業後は中堅アタッカーや、それ以上になれるだろう。そういうものを着実に身に付けてると、わしは感じてる。毎年、学級代表になる連中は、我儘で自分勝手なクラスメイトに振り回されて苦労するからな。今年は、平坂も、外村も、飯干も、宍道も、本当に大したもんだと思う」


 クラスの中で、誇らしげな顔をするあたしたちのクランメンバーと、複雑な表情のクランメンバーではない人とに分かれていた。クランメンバーではない鈴木くんは、まだ、びっくりした顔で、あたし……だけじゃない? 平坂さんと浦上さんにも視線を動かしてる……? 一人だけ、なんか顔が違う。鈴木くん、あの、佐原先生の話、ちゃんと聞いてる? 大丈夫?


「大きく攻略を進めているメンバーの集まりに、まだ納品魔石数が少ない矢崎が加わるのは難しい。クランにとっても、矢崎にとっても。『対等ではない関係』をコントロールするのは、本当に難しいからだ。言ってみれば今の矢崎の状況はまさに、附中生3人と外部生1人という、『対等ではない関係』の歪みが生み出したものだな。それがさらに広がった状態で、簡単に受け入れるというのは、設楽、どう考える?」

「……ごめんなさい。あたしは、そこまできちんと、考えてなかったです」

「おまえが矢崎に何かしてあげたいと思った気持ちは、たぶん、矢崎にも伝わってる。だが、今の現状では、おまえの助けは、難しい。わかるか?」

「はい……」

「矢崎はまだ、スキル講習の魔石数に届いてない。だが、この1組はもう、ほとんどの者が、スキル講習を受講済みだ。だから……」


 そこで佐原先生はあたしから視線を外して、反対側へと顔を向けた。


「……スキル講習をまだ受けてないのは……この中で、矢崎と『対等な関係』で組めそうなのは、このクラスではもうおまえだけなんだが、矢崎のことを頼めないか、鈴木」


 えっ……?


 あたしはがばっと鈴木くんを振り返った。


 その瞬間、あたしと同じように、その先生の言葉にものすごく驚いて目を見開いた状態で、鈴木くんの方へと振り向いた平坂さんが視界に入った。その動きがもう平坂さんっぽくなくてそれにもびっくりした。『そんなはずはない!』って叫びそうな顔の平坂さんなんてレア過ぎる。


 ……驚くよね? 驚いたよね? 鈴木くん、スキル講習まだなの⁉


「おいおい、あいつ、学年首席じゃねぇの?」

「まだスキル講習、受けてないとか、マジ?」

「だっさ」

「ゴブリン100匹終わってねぇって、その方が終わってんな……」


 クラスの中から、そんな声が聞こえてくる。


 あ、これ、嫌な感じのヤツ。さっき、あたしたちのクランが誉められて、自分たちが落とされたから、さらに下を見つけて、安心、したんだ……。


 佐原先生も含めて、クラス全体の視線が鈴木くんに向けられていた。その視線は、いろいろと複雑な種類が混ざっているに違いなかった。


「……どうだ、鈴木?」


 視線が集中した鈴木くんは、佐原先生を見て、一度口元に手を動かしてから、ほんの少しだけ考え込むような表情をして、それからすっと立ち上がった。


「……引き受けます。僕に任せて下さい」


 そう答えた鈴木くんは、先生から視線を外して、体ごと、教室の後ろへ向いた。


「昼休み、ギルドの第5ミーティングルームで。今後のことを早急に話し合う必要があるから、必ず来てほしい」


 そう、鈴木くんには珍しい大きな声で――。


 ……あれ? 鈴木くん、どこ、見てるの? あ……WEBカメラっ!


 あたしがカメラに気づいた次の瞬間には、鈴木くんはもう、自分の席に座って前を向いていた。まるで、何事もなかったかのように。


「すまんが、頼むぞ、鈴木……」


 佐原先生のその言葉に、鈴木くんは黙ったままゆっくりとうなずいたのだった。





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