75 鳳凰暦2020年4月29日 水曜日午前 国立ヨモツ大学附属高等学校1年職員室
それぞれ聞き取りを終え、わし――佐原秀樹は、他の先生方と一緒に職員室へと移動した。
「会田さんは『謝りに行きました、でも、会ってもらえませんでしたし、矢崎さんの部屋の前で謝ろうとして待ってると、外村さんに追い払われたんです』って、そんな感じ。じゃ、いつ謝りに行ったのかって聞いたら、月曜日と火曜日だって。追放した土曜日じゃないの。学年集会で大津くんたちの処分の話があってからなのよ。『学年集会の前には行ってない時点で、アンタのあさましい考えが透けて見えるわ』って言ったら目に涙を溜めて黙ったけど。こんなおバカな子のために休日出勤とか、本当に腹が立つ」
女子寮で会田の聞き取りを担当した春川先生はかなりご立腹だ。気持ちはわかる。ただし、今回の4人は自分たちがしたことについては、正直に話した。それは正直、助かった。
状況証拠を使って理路整然と追い詰めるのは面倒だからな。あの状況を経験する度に、教師に刑事の真似事をさせるな、と思ってしまう。
「……休日出勤については、長期休業期間での振替が可能ですから、どうかそのあたりで頼みます」
「たっぷり連続で夏休みもらって、海外でも行こうかしらね……」
そう言った春川先生はため息を吐いた。
「結局、月城が追放して入れ替わろうってした訳でもなく、他の3人が追放して月城と組もうとした訳でもなくて、4人の利害が一致したって感じですかね。主犯がいない感じか。もしくは4人全員が主犯と言うべきか」
平山先生の見解はおおむねその通りだろう。
「ただ、月城は、他の3人にちゃんと矢崎のサポートをしたかどうか、それだけは確認してる。そこで、この3人は、最低限のサポートしかしてなかったことを、月城に隠した。4人の中で差があるとしたら、その点の分だけ、月城がほんの少しだけ軽いか。まあ、それでも罰は同じでよかろう」
わしがそう言うと、伊集院先生と野上先生が同意を示した。
「鹿島は、それを月城に隠したのは悪かったって言ってましたね」
「田尾もそこは同じです」
「会田さんは『言いにくかったんです』って。そりゃ言いにくいでしょうよ。最低限のサポートで毎日魔石2個だったなんて。言いにくいことなんかするなって思うわね、矢崎さんが本当に可哀想だわ」
春川先生は矢崎にとても同情している。矢崎は本当に口下手な子で、言い返せなかったらしい。月城たちはそれを黙って受け入れたと考えたらしいが。
外部生の初心者一人を附中生4人で囲んどいて、何を馬鹿なことを、としか思わん。
「……月城はあれだけ頑張れるヤツなのに、なんでこんな真似、仕出かしたんでしょうね?」
理解ができないという顔で、平山先生が素朴な疑問を口にした。
「それはアレよ。大津くんと一緒。大人になった私たちには、バカだなぁと思うヤツよ」
「え、なんです? 月城と大津が一緒なんですか? 大津の方がよっぽど……」
「平山くんにはわかんないか。月城くんは平坂さんに振り向いてもらいたくて、ソロをやった。でも、ソロじゃうまくいかなかった。GWで挽回しようと思ったらどこかのパーティーに入りたい。でも、平坂さんにかっこ悪いとこは見せられないから、あのグループには頼めない。ああ、うまい具合に附中の3人組で、外部生は一人だけの、育成サポートは万全なパーティーがある。こいつらと組もう、そんな感じかしら。実は附中生が3人もいて、育成サポートは最悪だったけど」
「あぁ……魔性の女、平坂……」
「それは平坂さんに失礼だわ、平山くん。あの子は月城くんなんて、ひとつも相手にしてないから」
「あれ? じゃあ、大津がそれと一緒? 平坂ですか?」
「大津くんはね、平坂さんじゃなくて、伊勢さんラブなの。先生たちも、ちゃんと生徒の恋愛情報も掴んでおかないと」
「高校生男子と平気で恋バナができそうな冴羽が退院するまでは、そっち方面はずっと情報不足のままっすね……」
春川先生の言葉に伊集院先生がそう答えた。いや、わしも無理だが、冴羽先生にも、高校生との恋バナは無理だろう……。
「あー、それで宮島と伊勢のパーティーを解散させて、自分のところに伊勢を? こいつら、恋愛で脳が麻痺してるんですかね……」
「ほんっと、男子って、バカだわ」
春川先生の言葉に、思い当たることがありそうな3人の男性の担任たちは目をそらした。
「……烏丸先生、矢崎は、どうです?」
わしは被害者である矢崎のケアにあたった1年担当の養護教諭である烏丸先生へ目を向けた。
「本当に口下手な子で、こっちの問いかけにうなずくか、首を振るか、という感じです。ただ、『もう誰も組んでくれない』とは、泣きながら言いました。『差が大きい』とも言いましたね。魔石の数が、他の生徒よりも少ないことを知ってしまったんでしょうね。アタッカーになるのをあきらめたくないけど、あきらめなきゃいけないかもしれないって、すごく悩んでました」
「月城たちに責任を取らせてパーティーを組ませれば……」
「何言ってんの、平山くん。こんな目に遭った矢崎さんがあの子たちと一緒にやりたい訳ないでしょう?」
「そうでした……じゃあ、平坂たちは?」
「あの子たちのグループ、もう外部生だけのパーティーで3層なのよ? まさにもっとも『差が大きい』グループだわ。そりゃ、頼めば平坂さんも外村さんも引き受けてはくれるわよ。でも、一番たくさんの外部生を育成サポートして3層クラスに鍛えて、これから本気のパーティーでボスに挑もうってタイミングで、まだ1層クラスのこの子もお願いって、言えると思うの?」
「……失言でした」
「じゃあ、教師が入ってサポートってどうなんすか? スキル講習の魔石100個までとかで」
「その先はソロでやらせるの? 教師が手出しすると、おそらくそうなるわよ?」
「う、ソロは流石にきついっすね……」
「でしょうね。ソロで2日間頑張ってみたけど、そこで心折れたんだもの。それに、ここで矢崎さんを手厚く教師陣でサポートすることが、本当に矢崎さんのためになるの? 命がかかってるのよ? ウチは、アタッカーに向いていないのなら、普通高校への進路変更を促す方針でしょ? アタッカーとしての基礎知識や基本的な戦闘技術は指導しても、実際にアタッカーとしてやっていくのは本人なのよ? 附属高は、義務教育の附中とは違うんだから」
「……そうでした、ね」
平山先生が春川先生にやり込められて、伊集院先生が教師によるサポートを提案するが、それも春川先生に否定される。
春川先生の言う通り、義務教育ではないダン科の高校を自ら選択してきたのだ。それも自分の命をかけて、だ。
そこで、通用しないのであれば、教師が手厚くフォローするのではなく、進路変更を考えさせるのが基本だ。
矢崎には、知識や戦闘技術よりも、アタッカーとして生きていくためのコミュニケーション能力が不足している。それは、このままアタッカーになったとしても、大きな課題になるものだ。
今すぐ、矢崎の夢を否定するつもりはないが……矢崎に足りないものがあるのは明らかだ。
……スキル講習の魔石100個までのサポート、か。平山先生も、伊集院先生もまだ若いな……いや、待てよ? 確か……アイツもスキル講習はまだだったな? この二人以外、1組は全員、スキル講習を終えたはず。
「……一人、矢崎のことを頼めそうなヤツは、いる。1組で同じクラスだ。スキル講習もまだ受けてない。引き受けてくれるかどうかは聞いてみんことにはわからんが、アイツが引き受けて、矢崎もそれでいいと言うのなら、生徒同士で解決した方がいい、かもしれんな」
「アイツって、まさか、佐原先生……」
伊集院先生が、まさか、と言ったこの瞬間、この職員室にいた全員が一人の男子生徒の顔を思い浮かべていたはずだ。
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