72 鳳凰暦2020年4月29日 水曜日朝 小鬼ダンジョン


 私――平坂桃花は、彼にお願いして、小鬼ダンジョンのボスであるゴブリンソードウォリアーとのソロ戦を行いました。


 危険な場合には手を出す、とはおっしゃいましたけれど、ソロで私に戦わせてくれる程度には、実力も認めて頂けているようで嬉しいです。


 そして、そのボス戦ですけれど。

 得意のワルツで仕留めきれませんでした。正直なところ、落ち込みます。


 ワルツの流れは完璧でした。1の盾で受け止めるところも、バスタードソードの間合いではなく、思い切って前へ詰めて、バスタードソードの根元で受け止めましたし、そこから2のトメでのみぞおちへのメイスの一撃で、ゴブリンソードウォリアーは体を曲げ、3のトドメでの後頭部への振り下ろしもガツンと決まりました。


 しかし、そこで倒しきれず、膝をつかせるところまで。


 私が追撃する前に、その体勢でゴブリンソードウォリアーはバスタードソードを横薙ぎに振るいつつ、斜め後ろに立つ私へと反撃を試みました。

 それを前方へ逃げるように避けて距離を取りましたけれど、その横薙ぎに振ったバスタードソードの勢いでゴブリンソードウォリアーは立ち上がって、背後に逃げた私を振り返りました。


 そこからはまた、同じようにワルツを決めて、今度は仕留めました。


 小鬼ダンのボス相手だとワルツを2回。それが今の私の力でした。4層格の相手だから仕方がないのかもしれません。


 もちろん収穫もあります。当然ですけれど、ソロで戦い、倒せたことは大収穫です。また、今回は、あの叫びによる震えが本当にごくわずかだったことも収穫です。

 私がソロで倒せるのであれば、クランでも順次、このボスに挑めるようになります。


 今日は午後からのミーティングでシャッフルが待っています。外村たちとはもうメンバー割は話がついていますので、あの二人と可能な限り早く、ボス戦へ向かいたいです。そういう意欲が湧いてきます。


「平坂さんはあれだけ綺麗にそのパターンのワルツを決める分、そこにこだわりがあるんだな。もう1層のゴブリンなんて、最初から頭への一撃で倒せるのに、まだワルツを使ってるし。さっきの場面でも、1回目のワルツで倒せなかったのなら、反撃される前に即、側頭部あたりに追撃を入れたらそのまま倒せたはず。中学の頃からずっと、積み重ねた努力の先にあるものだから、それにこだわるのは普通だけど、もっと自由な発想で戦った方が楽しめるのに。もったいない」

「……やはり、こだわっているように見えますでしょうか? 最近は2のトメで膝を狙うパターンや、1を受け止めるのではなくて躱すパターンも練習はしていますけれど」

「得意パターンが無意識に出るのは、それだけ他の技よりも練習し続けてきた、ってことだから、練習にこだわって、本番が縛られてるように感じる、かな」

「鈴木くんから見て、ワルツにこだわっていると、何か問題がありますか?」

「ここのゴブリンだけを相手にするなら、別に。あと、コボルトもまだ細身だから、問題はないとして、オークはみぞおちの一撃でも頭を下げないと思う。みぞおちより下の……あ、いや。それはそれとして、オークより格上のオーガなら、なおさら難しい、かな。それにウルフとか、ボアとか、動物系はまた違うし。それとも、そこで戦う時には、前衛じゃなくて後衛で、というのなら、今の感覚でもあまり問題にはならないかな」

「……助言、ありがたく受け止めます」

「まあ、50回も倒せば、こいつはワルツ1回でおしまいだろうけど」

「はい、頑張ります」

「じゃ、出ようか」

「はい」


 二人で転移陣に入り、1層へと移動します。

 そして、彼が小鬼ダンジョンを出ていく背中を追って、私も外へ出ます。


 そこにはいつものように、あの彼女が……あ、あれ?


「えっ? モモ⁉」

「なんでモモが鈴木くんと⁉」


 ……それはこちらのセリフです。どうして、彼女だけでなく、高千穂や伊勢、さらには他にも女の子がいるのでしょうか?


 彼女と一緒に、この時間にここにいるということは、彼を待っていたということでしょうか?


「それじゃ、さっそく入ろうか。平坂さん、また、今度」

「あ、はい」


 いつものように、彼はすぐに回れ右をしてダンジョンへ向かい、彼女は私にペコリと会釈して、彼に続きます。それに続く女の子が二人いて、高千穂と伊勢は私と彼の間で視線を彷徨わせていましたが、それもすぐに彼を追ってダンジョンへと入っていきます。


「モモ、それじゃ」

「今度、話そうね」

「うん。気をつけてねー、ミマちゃん、スズちゃん」


 私は手を振って、高千穂と伊勢を見送ります。


 ……高千穂と伊勢が、彼と一緒に行動しているのはどうしてでしょうか?


 確か、4組で最下位の彼女は4組学級代表の高千穂とパーティーを組む予定だったはずです。彼女を通じて高千穂は彼と縁を繋いだのかもしれません。

 伊勢は高千穂と元々仲が良いので、そこの繋がりもあったのでしょうか。その可能性が高いかもしれません。


 そういえば、設楽が3層をペアで移動していた人を見た、という話がいつかのミーティングでありました。

 時期的に3層に踏み込む他クラスの、主に2組の人がいても不思議ではなかったので、ライバルが出てきたらしいので、より気合を入れて頑張りましょう……という精神論的な結論で終わった記憶があります。追い越されるようなことはないだろうと考えましたから。


 あれは、まさか、高千穂と伊勢? けれど、二人は3組と4組でしょう? 外村に卒業アルバムを持ってこさせて、ミーティングで確認をさせた方が……あの二人に彼が関わっているとなると……。


 いえ、そんなことよりも、何より、彼とはどういう関係なのです⁉


 あまりにも大きな衝撃を受けましたので、私、うっかり、彼と次の約束をしていないということに気づくのが遅れてしまったのです。大失敗です……。





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