71 鳳凰暦2020年4月28日 火曜日夜 国立ヨモツ大学附属高等学校女子寮


 寮の食堂では、バランスのいい食事が出る。おぼんとおはしを持って、コップに水かお茶を入れて、ずらりと並んだ、サラダ皿、日によって変わる肉か魚のメイン皿、煮物とかお浸しとかのサブ皿、お漬物の小皿をひとつずつ取って、最後は御味噌汁とごはんを自分でよそって、テーブルに向かう。朝はこれに海苔か納豆のどっちかがつく。


 酒田さんと岡山さん、昨日から帰るタイミングが同じになった五十鈴と宮島さんも一緒に、5人で6人用のテーブルを占領するように座ったあたし――高千穂美舞は、お昼にとんかつ定食を食べていた五十鈴のようすを確認した。


 ……やっぱり。ごはんの量がいつもより少ない。煮込みハンバーグなんて、大好きなメニューなのに、できるだけ小さいの、選んでるし。


「らしくないね、五十鈴」

「う……」

「いつもなら目をぎらぎらさせてハンバーグなんかできるだけ大きいの、選ぶのに」

「え、伊勢さんって、そんな感じなの?」

「み、美舞! 宮島さんにはバレてなかったのに!」

「どうせ、いずれバレるんだから」

「アンタらは、クラスわかれても仲いーんだねー」


 そう言って、突然、割り込んできた声。

 2組の瀬川佐央里――附中18席で、2組の附中6席という中途半端な、それでもあたしと五十鈴よりはずっと上の女子生徒――だった。


 普段は話しかけてくることもない。中3では同じ2組だったけど、あたしたちとほとんど関わりはない。


「なになにー、何の話?」

「別に。五十鈴が、お昼に食べ過ぎて、ハンバーグを小さいので我慢してたって話」

「へー、素うどんって、食べすぎになる?」

「今日はとんかつ定食、食べてたから、五十鈴」

「は? ……あー、だから、ダンジョンで走ってたんだー」


 そう言った瀬川さんの顔は、まさに嘲り、という感じで。


「男子が何人か、伊勢と高千穂がダンジョンで走ってたとか言うから。あれ、マジだったんだ。アンタら、ランナーズとか言われて、笑われてるよー」


 そう言った瀬川さんが笑ってる。相変わらず、嫌な子だ。笑ってるのは瀬川さんだって同じ。その男子と一緒に馬鹿にしてたんだろう。


「そう? 別にいいけど。話、それだけ? それとも、そこ、座って食べる?」


 あたしはひとつだけ空いているあたしたちが座ったテーブルの余りの席を指し示した。


 鈴木くんという本物を知って、モモの命懸けの努力に気づかされて、あたしはただモモに憧れてただけで何も見てなかったと理解して、それからはいろいろと乗り越えた結果、圧倒的なダンジョン収入を得た今、こういうつまらないからかいに、あたしの心は揺れない。


 だいたい、モモやクミには……そういう強い人には、本当に何も言えないような子だ。相手にする価値もないし、同じテーブルで食事したとしても空気みたいなもの。


「いや、あっちで友達と食べるから」


 そう言って、つまらなさそうに瀬川さんは離れていった。あたしの反応がおもしろくなかったんだろう。本当に、馬鹿馬鹿しい。


「……さすが高千穂さん。ばっさりだったね」

「とてもかっこいいです」


 酒田さんと岡山さんが小声でそう言った。


「……この前、美舞が、あんな感じのやつらに、何も思わないみたいなこと言ってたけど、今ならそれ、あたしにもわかる……」

「悲しいくらい、レベルの低い話。見ていたなら、それが実はどれだけ効果的か、考えてみれば答えは明白なのに」

「見ただけじゃ、あれは理解できないとは思うけど」


 五十鈴と宮島さんもなかなか辛辣だけど、あれは、見ただけじゃ、本当には理解できない。

 それにあたしたち附中生は、ダンジョンでは慎重に行動することを徹底して、教え込まれてきた。その常識に縛られてたら、あれを理解できるはずがない。


「明日、早いし、しっかり食べて、お風呂入って、よく寝ること」

「高千穂さんまで、先生みたいになってるね」


 そう言って、酒田さんがくすくすと笑った。





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