62 鳳凰暦2020年4月27日 月曜日放課後 小鬼ダンジョン


 目の前で五十鈴が鈴木くんに言い負かされている。


「あー、ちょっと前の自分を見てる感じだね」

「わかる……」


 五十鈴にポーションを飲まされている宮島さんを見ながらそう言った酒田さんの言葉にあたし――高千穂美舞は五十鈴を見ながら力強くうなずいた。


 放課後、鈴木くん、岡山さん、あたし、酒田さん、五十鈴、宮島さんの6人で誰よりも早く小鬼ダンジョンへ入り、そのまま走り出した。


 五十鈴は、かつてのあたしと同じように、自分の中にあるこれまでの常識と鈴木くんのやり方が矛盾すると反発し、その度に鈴木くんに言い負かされていた。

 宮島さんはとにかく必死で、それがうまく鈴木流を受け入れる下地になっていた。酒田さんの時と同じような感じだ。


 たぶん、五十鈴も、あたしと同じで、鈴木くんの言葉に納得させられても、自分の中の常識との違いでそれを簡単には受け入れられないのだと思う。その気持ちはよくわかる。

 あの時のあたしと酒田さんを巻き戻して見せられているようで……今となっては、酒田さんが急成長した理由の中心は、酒田さんを縛るダンジョンの常識が少なかったからだと理解できた。

 言葉だけの常識と、積み重ねで身に付いた常識の差かもしれない。


 ただ、五十鈴はあたしより、ずいぶんとマシだと思う。

 それは、あたしや酒田さんがバックアタックの一撃でゴブリンやゴブリンメイスを倒す瞬間を、特にあたしが倒す瞬間を見て、あたしがはっきりと以前よりも強くなっていることを理解できるのだから。

 2層でゴメイをあたしが一撃で倒してからは、五十鈴は鈴木くんに対して、弱気な反論しかしなくなっていた。


 3層であたしと酒田さんが、鈴木くんたちの力を借りずにゴブリンソードマンとゴブリンアーチャーを倒してからは、五十鈴は真剣に鈴木くんの話を聞くようになった。

 五十鈴にとっては初めての3層だ。あたしも中学時代は2層止まりで同じ位置にいた。開いてしまった今のあたしと五十鈴との差をはっきりと感じたら、もう認めるしかないだろう。鈴木くんの言葉は常識外れだとしても正しいのだ、と。


 鈴木くんは五十鈴たちの方のボス戦に加わるつもりだったけど、それは岡山さんが止めて、交代した。その結果、鈴木くんはあたしと酒田さんと一緒に、岡山さんたちよりも先にボス部屋に入り、あたしと酒田さんにボスを任せた。まさかのペアでのボス戦だった。


 あの叫びで全身が震えても、あたしも酒田さんもゴブリンソードウォリアーに攻撃される前に立ち直り、あたしがスモールバックラーシールドで一撃目のバスタードソードを受け止めると、後は、酒田さんと二人で前後に挟んで、着実にバックアタックを繰り返した。

 想像してたよりも100倍くらい簡単に勝てたと思う。心の中では叫びたいくらい驚いた。


 先に1層の行き止まりへ戻り、五十鈴たちが来るのを待ちながら、鈴木くんの矢を受けるトレーニングを繰り返す。鈴木くんによると、あたしたちの3層での戦闘はまだ無駄があり、さらに時間を詰められるらしい。


「弦音を聞いてから対処するつもりでぎりぎり間に合うから」


 ……いや、ぎりぎりは怖いから! あたしがそう思っていると――。


「はい、鈴木先生」


 ――酒田さんがそう素直に返事をする。


 ……この差なんだ、とあたしは自分を恥じた。


 岡山さんに連れられて、五十鈴たちが戻ってくると、酒田さんが宮島さんに近づく。


「……モミちゃん、どうだった?」

「……あみちゃんのアドバイスのお陰で、ほんとにちょっとだけで済んだ。ハーフパンツは無事だったよ」

「初の仲間……」


 そうつぶやいて、酒田さんが宮島さんを抱きしめると、宮島さんも酒田さんを抱き返していた。やっぱりここのボスは乙女の敵だったのか……。


 五十鈴があたしのところへ来る。


「……美舞は、これに悩んでたんだ」


 五十鈴がくいっと親指を背後の鈴木くんに向けてそう言った。


「……うん、そうね。今思えば、酒田さんみたいに悩まずに受け入れればよかったと思う」

「納得させられても、受け入れにくいって、そんなこともあるんだなぁ……」

「常識って、心の奥底に染み付いてるから」

「そっか……」

「そのうち、宮島さんの急成長に五十鈴も悩むようになるかも?」

「え? それは、悩まずに受け入れたい、けど、なぁ……」


 五十鈴が不安そうにあたしを見た。


「それ、ひょっとして美舞の実体験?」

「そうね……」

「複雑過ぎる……それは、悩むな……うわぁ……」

「はいはい、おしゃべりはそれくらいにして、高千穂さんは伊勢さんと、酒田さんは宮島さんと、トレーニングでしっかり武器の重さと体の動きを確認させて。岡山さん、朝の続きで、無手の訓練、するよ」

「はい」

「はい、鈴木先生」


 岡山さんと酒田さんの返事で、その場が動き出す。朝の続き、という言葉が少しだけ気になったけど、あたしは聞こえなかったことにした。


 あたしたちは、鈴木くんが岡山さんと、空手みたいな、キックボクシングみたいな、それから合気道みたいなトレーニングをする横で、以前、あたしと酒田さんがやったトレーニングを五十鈴と宮島さんに取り組ませた。


 それから、ボス戦までもう1周して、同じようにトレーニングをすると、残り10分くらいで五十鈴たちに1層のゴブリンでの2対2の練習について教えてから、小鬼ダンを出た。

 このダンジョンアタック中に宮島さんは2本、五十鈴は1本、ポーションを飲んだ。もちろんニコニコ鈴木Eローン被害者の会には加入済みだ。


「……ダンジョンで走ってるやつがいるって、男子が笑ってたけど」

「それ、あたしたちのこと」

「だったんだよな……」


 鈴木くんとは常識が違うあたしと五十鈴は、そこでため息を吐いた。


「……でも、放課後だけで1万円近いとか、それは美舞のお昼も豪華になってくはずだ」

「……あたしだけ、ごめん」

「今さら?」


 そう言って、五十鈴は笑った。その笑顔は、どこかすっきりしたように見えた。





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