58 鳳凰暦2020年4月27日 月曜日昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所


 先週、アレがバスタードソードを大量に換金して、いろいろと騒ぎが起きたのは記憶に新しい。そして、今、私――宝蔵院麗子の目の前で行われている納品と換金は、再び先週のような騒ぎが起きるに違いないと、そう思った。


 換金を拒否できるのなら、拒否したい。アレはどうして、こういう時だけ、私の受付ブースに入ってくるのか? わざとなの? ……わざと、なのね? ということは、これは、つまり、私に対する嫌がらせということ……? まさか、私にギルドの中央本部から疑いがかけられるように意図して……いえ、流石にそこまでは……。


 前回に引き続き、バスタードソードが納品されたのは別にいい。予想の範囲内だと言える。逆に今回のその本数は40本と、予想よりも少なくて、正直助かった。

 それでも、それだけで120万円だ。ただし、この段階で既に、高校1年生の、新人で、初心者のアタッカーの換金額ではない。


 犬ダンに入っていることも把握しているのだから、犬ダンに関する魔石やドロップアイテムがあるのは、これも予想の範囲内だ。


 しかし、その数は完全に予想外としか言えない。

 それでもまだ、鉱石類の、鉄鉱石374、銅鉱石267、銀鉱石172、金鉱石78は別にいい。単価が安いから。平坂支部の鉱石クエストで換金されるよりもずっと安くなるし。納品数は異常だけど!


 あとは、全部おかしい。全部が異常だ。


 まず魔石の数がおかしい。1層の200円魔石が200、2層の400円魔石が450、ここまでは鉱石類と同じで、外ダンでも単価が安いから、まだマシだ。

 3層の1000円魔石が400。この時点で顔から血の気が引いたのは自覚している。

 4層の4000円魔石が300。さらには5層の5000円魔石が200。トドメに6層の6000円魔石が100。もうこの時には、私は死んだ魚のような目で、魔石を確認していたと思う。


 魔石だけで300万円を超えている。しかも、この、きりのいい数は、端数を自分で貯めていると予想できる。必要な時にいつでも換金できるようにしているに違いない。貯金のようなものだ。お小遣いなのかもしれない。つまり、今、換金している以上の魔石を入手しているということになる。


 ただ、これで犬ダンのクリアは確実だ。犬ダンを普通にクリアする何倍もの魔石の量がある。どう考えても、魔石の現金直接取引ではない。こんな数を誰かから買えるはずがない。なら、なんで小鬼ダンの小さい魔石はほとんど出てこないの?


 本当のトドメは、カウンターにピラミッドのように積み上げられた大量の銀の延べ板だった。現在のギルドでの換金レートは6万8千円で、それが私の目の前に120枚もある。これもきりがいい数なので、おそらくまだ保有しているのだろう。

 これだけで800万円を超えてるけど、これは本当に現実で夢ではないというのだろうか。

 それとも、これが金の延べ板ではなく、銀の延べ板だったことを私は喜ぶべきだろうか。ちょっと頭がおかしくなってきたのかもしれない。


 今回の換金総額は1278万2548円となった。おかしい。どう考えてもおかしい。これが土日の換金額なの? それとも先週の7日間の?

 そもそも、ここの高校1年のこの時期なら1度の換金額はこの下4桁、2千円ぐらいでも多いくらいだ。


 高校生なのに、しかもまだFランクなのに――高校生でFランクはかなり珍しい方だけど、それはこれまでにも存在するのでそこはともかく――このままだと金額的に日本ランクのトリプルには確実に入る。

 いえ、これが続けばトリプルどころか、ハンドレッツに届く可能性も……まさか10位以内に入ってのトップランカー入りは、流石に、それはないと、そう思いたいけど……あ、そういえばヨモ大から一億って……あれって、ギルドを通しての支払いなの? 築地さんがご存知だったし……そうだとすると……1200万の12倍に、さらに1億……。


「換金してすぐで申し訳ないですけど、マジックポーチの最小を4つで240万円と、スタミナポーションとマジックポーションを30本ずつ、爆裂玉10個、閃光轟音玉を5個、それで、武器の発注なんですけど、刀鬼の脇差を2本で360万円と、処刑鬼の鎚矛を2本で240万円、お願いしますねー」


 ……1000万以上、稼いだかと思うと、900万以上の買い物をするという、こんな高校生がいて許されると思うの? 申し訳ないって言ってるけど絶対に思ってないわよね?

 それに、刀鬼の脇差とか、処刑鬼の鎚矛とか、地獄ダンのドロップウェポンなんて附属高の生徒とはいえ高校生アタッカーが持つ武器じゃないでしょ! しかも予備込みで2本ずつとか!


「刀鬼の脇差と、処刑鬼の鎚矛については、この出張所には……」

「はい、知っています。ここにはないけど、平坂支部から取り寄せられますよね? 昨日、平坂支部であちらの在庫の確認を済ませてますから。今日の昼休みにここで注文すれば、明日の昼休みには届くこともあちらで確認済みです。じゃ、よろしくお願いしますねー」


 なんでその時に本所で換金して、あっちで発注してないのよっ⁉

 そりゃこっちだと学生価格になるからあっちよりは絶対に安いけど! 私、また、確実に、中央本部からおかしな疑いをかけられるじゃないっ!

 監査の人たちが平坂まで出張してくるのだってタダじゃないのよ? 私のせいじゃなくても、私が白い目で見られるの!


 なんで私がこんな目に⁉


 ……まさか、前にここで攻略情報云々でいろいろとやり合ったことを、根に持ってるとか、そういうことなの? え? そんなに長く根に持つの? そもそもあの時、言い負かされたの、私の方だったわよね⁉ 完全にやり込められた記憶があるのに⁉


 まさか、私、アレが卒業するまでずっと、こういう嫌がらせを受けるの? ひょっとして? アレはクラスでは陰キャって噂だけど、こんなのただの陰険キャラじゃないの!


 心の中で毒を吐き尽くして、魂を抜かれたように気力を失った私に手を振りながら、アレが換金を終えて受付ブースから出て行くと、慌てて釘崎さんがやってきた。


「先輩、今、女の子が、魔石だけで300万を超えるような換金をしたんです。しかも処刑鬼の鎚矛を2本も発注しました。これ、学校に報告がいるんじゃ……」

「………………大丈夫。あなたを先輩と呼んで慕ってる男の子が、ついさっき1000万を超える換金をしてたから、今さら300万ぐらい、どうでもよくなるわよ、きっと……」

「え……?」


 釘崎さんが目を丸くして固まったことで、私はほんの少しだけ、気持ちを落ち着けることができた。

 しかし、報告書はやっぱり必要だろう。それと、本所への速報も。銀の延べ板はバスタードソードのような心配はいらないと思うから、前よりは、金額を除けば、マシだと思うしかない。


 あれ? これってマシなの……?


 その日、私はまた、中央本部からあらぬ疑いをかけられ、本所に速報を上げても脳筋支部長には守ってもらえず、それどころか銀の延べ板を大量に抱きかかえてにやついた脳筋支部長の証拠写真――脳筋に頼まれて休憩室で撮影したのは釘崎さん。あの子、何やってんのよ――とやらのせいで、翌日には中央本部から、今度は監査部長が課長と係長を連れてやってきて、データやら帳簿やらをきっちりと確認して帰っていくという、胃が痛くなる経験を積んだ。


 もちろん架空取引なんかの疑いは完全に晴れたけど……。


 ……こういうのが続くのはきつい。毎週中央本部から疑われるって何……? でも、アレに謝るのは、許しを乞うのは、絶対に、嫌。


 三大附属の出張所って、出世コースだって聞いてたけど、絶対に嘘でしょ……なんでこんなに問題ばっかり起こるのよ……あ、そういえば去年までは別に普通だったわね、ここ……3年で支部に戻るはずだけど、本当に私、ここから戻してもらえるのかしら……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る