50 鳳凰暦2020年4月26日 日曜日午前 豚ダンジョン
スタミナ切れで膝をついた岡山さんに、スタミナポーションを差し出す。戦闘後ではなく、戦闘中にスタミナ切れになったので、安全を確保するためにそこにいたオークは僕が殲滅した。
岡山さんがポーションを受け取ろうと手を動かすけど、なかなかうまく動かせない。
僕は岡山さんに自力で飲んでもらうのをあきらめて、岡山さんの口元にポーションを持っていき、細長い試験管のようなポーション瓶を傾けた。岡山さんは眼鏡の向こうの目を閉じて、こくりこくりとゆっくりポーションを飲んだ。1万円だから味わっているのかもしれない。
ポーション類はダンジョンでのドロップアイテムなので、飲み終わるとポーション瓶は消えてなくなる不思議現象が発生する。
岡山さんの手が、僕にすがるかのように動いたので、僕はその手を取って、岡山さんを引き上げて立たせた。
太陽の光が眩しいようで、岡山さんは眼鏡の奥の目を細めた。
「……何度経験しても思いますが、これを飲むと本当に生き返りますね。特に、今回の分はすごく効果が高いように感じました。ふふふ」
豚ダンはフィールドタイプのダンジョンで、入口の20メートルほどの洞窟を抜けると、広々とした空間が青空の下に広がっていて、まばらに木が生え、一面の草原になっている。イメージは牧場で、ドロップに豚肉の塊があるから、肉屋ダンジョンとか、牧場ダンジョンとか、言われている。
ちなみに平坂ダンジョン群にはないけど、雲海ダンジョン群には牛ダンと呼ばれるミノタウロスばかりのダンジョンがあって、これも肉屋ダンジョンとか、牧場ダンジョンとか呼ばれている。平坂ダンジョン群の中にもミノタウロスが出るダンジョンはあるけど、ミノタウロスだけのダンジョンはない。
「……ポーション、最低級じゃなくて低級が混じってた? そんなはずは?」
「そ、それよりも、今回、わたしはまだオークは23匹ぐらいしか、倒してないと思います。ほぼ戦わなかった犬ダンはともかくとして、小鬼ダンのゴブリンでその数なら余裕です。オークには何か、スタミナを奪うような特性があるのですか?」
「……うーん。これは……推論でしか、ないけど……」
……本当はゲームのDWを基準に考えてるだけなんだけど。ゲームでのSP消費は、基本、攻撃数によるんだよな。
「スタミナの消費は、戦闘回数って考えられてるけど、それには個人差がある。それがスタミナの個人差なのかどうかというと、それももちろんあるだろうけど、僕は、攻撃回数の差にあるんじゃないかって、個人的には、考えてる」
「え? 攻撃回数、ですか?」
「そう。僕と岡山さんは、小鬼ダンクリア、犬ダンクリアで、それもほぼ同じタイミング、つまりほぼ横並びの肉体強度の成長をしてる。それなのに、この豚ダンでは、岡山さんの方が僕よりも早く、スタミナ切れになった。さて、今朝からのオークとの戦闘で、僕と岡山さんの大きな違いは何?」
「……確かに、鈴木さんはオーク1匹あたり、3撃以内に終わらせていると思います。それに比べてわたしは、1匹を倒すのに7、8回はメイスを振るってましたね」
「もちろん、体格差とか、筋力差とかも、影響はしてるんだろうけど」
「……鈴木さんについて行くには、鈴木さん以上に自分を鍛えなければ……」
「心配しなくても、倒し続けてより上の階層のオークを倒していけばこの階層のオークはいずれ1撃で倒せる力がつくし、今でも弱点となる急所を狙えば攻撃回数は減らせるから」
「……鈴木さんがやってらっしゃったオークの下半身への攻撃はまさか……」
「あ、気付いてたんだ。なら、真似すれば良かったのに?」
「で、ででで、できませんよ!」
なぜか、岡山さんは真っ赤になって僕のアドバイスを拒否した。なんで?
「……まあ、足りないものが見えてきたよね。つまり、与えるダメージ量が、足りてない」
「……そういう結論に、納得させて頂きます。変な所を狙えと言われなくて良かったです。でも、それは結局、上の階層でさらに鍛えるということですか?」
「いーや。違う。簡単に解決する方法が、あるからな」
「え? 簡単に……?」
「そ。メイスならメイスで、ショートソードならショートソードで、今、使ってるレンタル武器よりも単純に攻撃力が高い物を買えばいい」
「……なんでも、お金で解決できてしまうのですね」
岡山さんはそっとため息を吐いた。
うん。それは真実。だから僕は、入学前から頑張った。お金を貯めるために。今もそう。ダンジョンアタックの基本は、稼ぐと鍛えるが両輪だ。
「ま、今日はここまで。折り返して、オークを倒しながら帰ろうか。ちょっと外のギルドにも寄りたいし。遅くなると母さんが怖いし」
僕はそう言うと、回れ右をして歩き始めた。
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