44 鳳凰暦2020年4月25日 土曜日夕刻 平坂駅前ファッションビル『フラットスロープ』7階レストラン街『sweets heaven fall』


 あたし――伊勢五十鈴は、目の前の皿の上のクレープを見て、目を見開いた。


 いや、何かおかしいとは思った。だって、クレープって言ってたのに、お店に入ってテーブル席に座った時点で、何かおかしいよな、これ、とは思った。


 美舞が「クレープ、おごるよ、元気出そ」と言ってくれたのは、嬉しかった。励まそうとしてくれてる、その気持ちが本当に嬉しかった。

 それに「宮島さんも一緒に」と言ってくれたことも嬉しかった。今回、ちょっと凹んだあたしと、今回の大津たちの被害者である宮島さんの二人を気遣ってくれて嬉しい。


 よく考えてみれば当たり前なんだけど、「あたしのペアの酒田さんと宮島さんは知り合いらしいから大丈夫」というのも納得だった。附中普通科の転科組同士なんだから、中学時代に関わりがあるのは自然だし。それに、この先、助け合うのなら、顔合わせは早い方がいい。


 ……でも、クレープって言ったら、あの、くるくるって巻いて、鋭角な三角になってて、手で持って食べるヤツだろう? せいぜい500円くらいの? あたしも好きだし、アレ。


 それがこの、お皿の上にあって、なんか細かい砂糖とか、イチゴとブルーベリーのソースとか、かかってて、お好みでかけられるハチミツとカラメルが小さなカップでふたつ添えられてて、さらにはちょこんとジェラートとウエハースが横にあるこのクレープは、あたしが知ってるクレープとはだいぶ違うんだけど⁉ 三角じゃないし!


 え、美舞、これ、おごりなの? これ、大丈夫なの? どう考えても500円には見えないんだけど⁉ ここ、学食じゃなくて外の店だから⁉


「……あの、あみちゃん、これ、本当に、食べても大丈夫なの?」


 よく聞いてくれた、宮島さん! それ、本当はあたしも聞きたかった! でも、もう注文してるから支払いは発生するけど⁉


「大丈夫、大丈夫! なんならモミちゃんが、元気が出るまでおかわりしたって大丈夫だから!」

「酒田さん、それは、さすがに……」

「でも、高千穂さん。それくらいは余裕で稼いでるよね?」

「それは、まあ、そうだけど。別腹ともいうし……」


 ……え? 美舞? これの、おかわり? それくらいは、余裕?


 あたしはぽかんと口を開けて、美舞を見つめた。その視線に気づいた美舞が、なんとなく申し訳なさそうにあたしから目をそらした。


「……ヘルプが受けられるようになれば、五十鈴もそれくらいはすぐに稼げるようになるから」

「す……先生の指導を受ければ絶対に可能だね。というか余裕?」

「あみちゃん……先生のヘルプがあるの?」

「あー、あまりにも教え方がうまいから先生って呼んでるけど、そう言えば先生は普通に生徒だったね。すっかり忘れてた……」


 ……こんなに稼がせてくれる、美舞のヘルプの生徒って、誰?


 あたしは、励ましてもらって元気になったというよりも、あまりにも衝撃を受けた結果、頭の中から大津たち三馬鹿のことなんか、綺麗に忘れ去っていた。


 ちなみに、クレープは激ウマだったと、ここに記しておく。もちろん、人として、おかわりはしていない。宮島さんも同じ。酒田さんは追加でチーズケーキを食べてたけど……。





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