43 鳳凰暦2020年4月25日 土曜日 犬ダンジョン
順調に4層までは攻略した。というか、やることはそんなに変化なし。それどころか、階層を進める度に、コボルトの足が少しずつ速くなるので、こっちの攻略スピードも少しずつ早くなる。
3層までは『ファイアストーム』3発で処理できた半裸の犬のおまわりさん軍団も、4層では、瀕死の生き残りがいて、そいつらを蹴って集めて、4発目を追加する手間がかかった。あと、蹴って集める時の鳴き声が、きゃいん、なのはちょっと、なんでモンスターに罪悪感を抱かせるのか……。
「問題は、次からだな」
「問題、ですか? 正直、ここまで、わたし、走っているだけなのですが」
「ドロップの回収は大事」
「ええ、もちろん、それはお手伝い致します。道具は体育館のモップですが……」
「まず、次の5層は、僕も岡山さんも、未踏階層」
「……あれ? 月曜日から木曜日までここに入っていたのでは?」
「入るのが、だいたい19時15分くらいで、出るのは21時50分くらい。2時間半だと、外周通路の3層まで行って、そこからは15分のリポップ待ちと休憩を挟んで、3層、2層、1層と戻るしかない。だから、ここの4層も実は初めて。5層も、今からが初めて」
……もちろん、前世のDWの経験は含めてない。まあ、ここの外周通路で迷子になることは有り得ないんだけど。
「未踏階層だと、何が……ああ、そうですね。肉体強度が高まる訳ですか。そうすると、5層でほぼ100匹以上、魔法で一掃した後は、トレーニングの時間が必要、ということでしょうか」
「……僕が魔法で一掃することに疑問はないんだな」
「それは、そうですね。ないです。わたしは鈴木さんを信じています」
そこでにっこり微笑むのはどうかと思う! モンスターの虐殺者に微笑みを向けないで!
まあ、問題はない。問題はないし、5層のコボルト・トレインは、第三階位スキルの『フレイムボンバー』1発でケリがついた。その代わり、モップでドロップを集める範囲は広くなったけど。モップの威力で時間はそんなにかからない。
マジックポーションを飲んでる僕に、岡山さんが話しかけてきた。
「このマジックスキルは本当にすごいです。見るのは2回目ですが、そういえば、あの時はゴブリンでしたね? ゴブリンならさっきまでのスキルで十分だったのではないですか?」
「……使ってみたい気分だった、かな」
「そう、ですか」
……いやぁ、あの時は跡をつけてる人まで巻き込む気満々だったとか、言えないよな。しかも、それ、たぶんウチのクラスの担任だったみたいだし。あれから、入院してて、担任の代わりに学年主任がHRに来るから。
「それよりも、トレーニングに入ろうか。まずは素振りから。メイスがまた軽く感じるはずだから、気をつけて」
「はい」
ロスタイムではあるけど、まあ、これは仕方がないと思う。
トレーニングを終えて、階段の方へ行くと、岡山さんが立ち止まった。
「……鈴木さん、上への階段になってますよ?」
「そうだな」
「ここの最終階層は6層なのでは?」
「そうだな。これが外周通路の面倒なところなんだ。ドロップを魔法スキルで増やせないのなら、絶対に来ないダンジョンだな。まあ、Gランク突破のためにはここをクリアしないとダメだから、どうしても1回は来るハメになるけど。あ、僕の場合はどうしようもなく金策で通ってる」
「はい? どういうことです?」
「この外周通路、1層から5層まで下りて、また5層から1層まで上がって、もう一度、下りていくと、今度は6層まで行ける」
「はい?」
「単純な距離なら、迷路ルートの方が近い。でも、ここのコボルトを鎧袖一触、焼き払えるなら、外周通路一択。ドロップも美味しいし」
「……銀の延べ板ですか」
「とんでもなく長大な螺旋階段とでも思ってほしい」
「階段の要素、ひとつもないまっすぐな通路と、90度の曲がり角しかないですよ……それと、その長さ、確かに命懸けの長い道です……」
「やる気出ないかな? あのね、ここの魔石は外ダンだから、小鬼ダンの倍額だからな。1層で200円、2層で400円、3層で1000円、4層で跳ね上がって4000円、5層は5000円、6層は6000円で、ボス部屋は数が手に入らないけど、魔石の格は7層だから7000円だし」
「嘘でしょう? 鈴木さん、それでは、さっき集めた100個以上の魔石はひとつ5000円で50万円以上になるのですか⁉ え? ということは……」
「僕と岡山さんの契約なら、この5層の分だけで岡山さんの取り分は25万円を超えるし、この先でもう一度5層がやってくるな」
「……わたし、ほとんど何もしていませんよ?」
「その議論はもう終わり。一緒に走ってるし、ドロップ集めてるよな。それがパーティーの基本だから。トレーニングで高まった肉体強度の確認もした。強くなるための道だし、お金はあって困ることはない」
「はい……」
岡山さんは何か言いたそうにしていたけど、あきらめて僕の後ろに続いた。
そうして、4層、3層、2層、1層と、トレインしつつ、ドロップを集めつつ、上っていき、そこからさらに2層、3層、4層、5層と下りて、トレーニングで肉体強度の確認。さらに6層を突破して、トレーニングで肉体強度の確認、と。
……ドロップがうはうはなのはマジックポーションのお陰。感謝です。
そして、6層の中へと突入する。
「えっ?」
岡山さんが驚きの声を漏らした。僕と岡山さんの目の前にはボス部屋の豪華な扉がある。
「実は、こっちのルートのゴールは6層ボス部屋の真ん前なんだ」
「……今までの苦労が一瞬で報われた気がしました。いえ、わたし、ほとんど戦っていませんが」
「戦ってなくても、あの外周通路は心を折られるよな。僕はドロップでウハウハだから精神的にも余裕があるけど」
「……やはり、なんだか申し訳ないです」
「気にしない、気にしない。さ、入るよ」
「はい。確かここのボスはコボルトウルフライダーですね」
「犬が狼に乗るってなんなんだろうな」
「さあ……」
そうして、ボス部屋へと突入する。
で、それと同時に、僕は赤と黒のマーブル模様の、ソフトボール大の玉のぽっちを押し込んで投げつけた。懐かしの爆裂玉だ。
ドッカーンっ!
爆裂玉が爆発して、ボスごと一瞬で消えた。
僕の隣で岡山さんが眼鏡の奥の目を見開いて立ち尽くしている。
僕はとりあえず、魔石とドロップを拾った。ここのボスは確定で何かをドロップする。もちろん、お値段的に一番いいのは金の延べ棒だ。今回はアイアンスピアという槍で、まあ、普通のドロップだ。売れば8万円ぐらいにはなったはず。いつかクランの誰かが槍を使うかもしれないから、とりあえずマジックポーチでキープだ。
確定でドロップがあり、どれも5万円以上なので、爆裂玉でも赤字にならないし、1発で倒せる。ここでの戦闘ならこれがもっとも効率がいい。ボスまでの道程でそれなりに苦労してるんだからボス戦ぐらいは楽をしてもいいだろう。
「……す、鈴木さん、い、今のは?」
「あ、再起動したな。今のは爆裂玉。さ、転移陣に入るよ、広島さん」
「岡山です……」
僕と岡山さんは転移陣に入り、1層の入口付近へと転移した。そこには何人かのアタッカーがいて、転移してきた僕たちを見て驚いていた。初心者のアタッカーには驚きだよな。
「さ、もう一周、行くよ、岡山さん。1層の奥でドロップ集めたら、お昼の爆弾おにぎり、食べよっか」
「え……?」
「今、12時11分。残り時間が、ここから家までのことも考えて、7時間19分ぐらい。急がないと」
「え、あ、はい……ああ、また、あの道を、行くのですね……」
珍しく、岡山さんの歯切れが悪かったけど、僕は別にそれで遠慮したりはしない。
ここは金策ダンジョン。そして、宝くじダンジョン。マジックスキルで戦える者にはある意味では楽園。もっと楽しもうよ、岡山さん!
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