41 鳳凰暦2020年4月25日 土曜日午前 小鬼ダンジョン前広場


 休日は混雑を少し避けて、9時半に広場に集合する。私――矢崎絵美は、時間に間に合うように寮を出て、まずはロッカー棟へ入った。


 9時集合が人は一番多いらしく、今、ロッカールームにいる人はこれでも少ない方らしい。パーティーメンバーの会田はもうひとつの、ゆとりのある方のロッカールームなので、混雑を避けるのは私のためなのかもしれない。


 私はブレストレザーを身につけ、ショートソードを腰に吊るす。盾も借りられるが、今はパーティーの人たちがタンクをしてくれる。だから身軽な方がいい。


 ロッカー棟を出て、小鬼ダンジョン前広場へ向かう。いつも、ゲートが見える木の下で集まる。


 どうやら私が最後だ。そう思って早歩きになって、違和感を感じた。


 ……4人?


 いつもと違ってパーティーメンバーの3人だけではなく、もう一人いる。


 ……あれは、月城?


 1組の学級副代表の男子。なぜここに?


 4人が近づいたあたしに気づいた。


「おまえが矢崎か?」


 話しかけてきたのは月城だ。私はこくりとうなずく。同じクラスなのに認識、されてない。考えてみれば、話したこと、ない。


「わりぃけど、パーティー、代わってくれ。もう育成は十分だってこいつらからも聞いたし、附中生3人に育成してもらったんだから、そりゃ、誰よりも優遇されてただろ?」


 月城が何を言いたいのかは、意味が掴めないところもあるが、要するに、私と交代してパーティーに入りたい、ということだろうか。


 確かに、経験者である附中生3人のパーティーに初心者の私が一人、加わっていた。

 しかし、それは、私から頼んだ訳ではない。どちらかと言えば、附中の頃から仲が良い3人が別々になりたくないから、一人でいた私に入ってくれと誘ってきたのだ。私にとってもパーティーが早く決まるのは都合が良かったので、その提案にうなずいた。

 附中生には初心者を最初に世話するしきたりのようなものがあるらしい。私もパーティーには入りたかった。利害が一致していたのだ。


 私はあまりしゃべらない。口下手だという自覚はある。パーティーメンバーと打ち解けていたとは言い難い。

 だが、これは、あまりにも一方的で、唐突で、ひどくはないか?

 そう思っても、私はうまく言葉にできなかった。


「実はさ、推薦の設楽ってのがいるだろ? あいつのパーティー、全部外部生の初心者なのに、もう3層まで来やがったんだ。おれもソロとかこだわってたら、追い抜かれちまう。だから、すまん。おれと代わってくれ」


 私はパーティーメンバーを見る。3人はそろって私から目をそらした。それはそうだろう。同じパーティーではあったが、私たちは親しい訳ではない。


「こいつらも3人で一人を育成してた分、時間が取れなかったんだ。そろそろ解放してやってくれや」


 月城に言われて、これまでのダンジョンでのことを思い出す。

 私が戦闘回数の制限の5回までタンクをしてもらって戦い、そこですぐ折り返して、3人が交代で戦う。毎回、定規で測ったかのように8体で均等に割って魔石2個、毎日200円だ。


 言われてみれば、ガイダンスブック通り、5回まで戦って戻り、均等に魔石を分けている。それを経験者3人という贅沢な環境でやってきた、というのも間違いではない。

 毎日200円で30日、単純計算なら6000円だ。寮費5000円と生徒会費1000円に届く額ではある。実際は、1カ月間、毎日ダンジョンに入れるとは限らないので、親が最初に入金してくれたお金が削られていくが、それも、いずれ私が少しずつでも強くなれば変化するだろう。


 ただ、この3人は私を安全に外まで送ると、3人でまたダンジョンへ入っていた。そこでは私は除け者だった。月城が加わるなら、その時に加わればよいのではないか。


 そう思ったが、やはり私には言えない。

 だからといって、うなずくこともできない。納得できた訳ではない。


 私が本当に除け者として外されたら、私はどうすればいい?


 何も言わず、うなずくこともない私を見て、月城は了承したと受け止めたらしい。


「そんじゃ、すまんが、ソロで頑張ってくれ。よし、行こうぜ」


 私はパーティーメンバーだった人たちを見るが、3人はやはりこっちを見ようとしない。


 ……ソロ? 一人でダンジョンアタックをすること、だったか?


 私は一人、広場に残された。






 ギルドに行って資料を探し、図書室に行ってソロについて調べた。何もわからないまま、一人でダンジョンに入るなど、怖ろしくてできない。


 調べてみた結果、図書室で、ソロで活動するダンジョンアタッカーはほとんどいないことと、かつてソロでやっていた人の装備が分かった。

 私は再びギルドへ行き、スモールバックラーシールドとショートボウを借りて、矢筒をダンジョンカードで購入した。


 それから訓練場へ行き、スモールバックラーシールドを左手に装備する。二つある握り革のひとつはそのまま腕を通し、もう一つの握り革を握るが、その時、できるだけ深く腕を刺し込み、握り革は親指と人差し指の間で挟むようにする。

 そして、握り革とショートボウを合わせて握り込む。盾と弓を同時に持つスタイル。これが図書室で調べたソロのアタッカーの姿だった。


 ショートボウで先制攻撃を仕掛けて、敵が接近したらショートソードを抜き、剣と盾で戦う。一人何役もするので大変だが、少しだけかっこいいとは思った。


 訓練場で練習して、ある程度矢の狙いが定まったので、矢を矢筒に回収して、小鬼ダンジョンへ向かった。


 今までと違い、一人だとすごく不安になる。


 ゆっくりと進んで、ゴブリンを発見したら、まず矢を放つ。ショートボウはかなり当てやすくて、急所を狙える訳ではないが、ゴブリンにはとにかく矢が刺さる。こっちに来るまでに2回、矢を放った。

 それからはショートソードを抜いて、接近戦だ。タンクが守ってくれた昨日までとは緊張感が違う。

 でも、矢が刺さって動きが鈍っているのか、攻撃はよくあたる。ショートソードで2回攻撃したらゴブリンは消えて魔石になった。その場に落ちた矢を拾う。


 一度、成功したら、少しだけ気持ちが楽になった。しっかりと調べて正解だった。


 2回目、3回目と戦って、そこで私は止まった。今までのように5回、戦っても大丈夫だろうか。


 少し悩んで、命の方が大切だと判断した。折り返して出口へ向かう。


 帰りにもう1体のゴブリンを倒して、ダンジョンを出た。


 4回戦って、魔石は4つ。全部、自分の物になった。とても怖かったが、手に入れた魔石は倍になった。これまでは4人でいたのに、8回しか戦わず、魔石は2個ずつだった。収入という点では、私一人のソロの方がいい。でも、それだけ。


 一人でのダンジョンは、不安に潰されそうで、とても怖い。


 私の心は確実に削れていた。





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