39 鳳凰暦2020年4月25日 土曜日朝 国立ヨモツ大学附属高等学校男子寮


 学年部と生徒指導部の先生方、合わせて10人以上で朝から男子寮へと入った。


 休日に、それも朝っぱらから申し訳ないとは思うがこれも仕事だ。

 寮の生徒たちはすぐに異常事態を感じ取る。それも含めて、生徒指導だ。

 証拠がそろっている場合には、何かあったらしい、自分はこうならないように気をつけよう、と思わせることが未然に次の事件を防ぐことにつながると信じたい。


 わし――佐原秀樹はそう思う。証拠がない場合は可能な限り秘密裏に動かなければならないので難度が跳ね上がる。それが鈴木のせいで、新学年早々、面倒なことになった記憶は新しい。


 今回は3組の学級代表の大津と、その腰巾着の彦根、比叡の三人が主犯だ。

 生徒を犯人扱いするのは教師失格かもしれんが、被害者がはっきり出ていればそう思ってしまうのは人間だから仕方がないだろう。


 教室のWEB遠隔授業用のカメラ、廊下や昇降口の下駄箱の上のカメラからも、被害者の女子生徒とこの三人が一緒にいるところが映っていたし、この三人を待っている状態のパーティーメンバーが小鬼ダンのゲート前に映っていた。遅れて合流したところも含めて。


 あとは、呼び出された現場にいた女子生徒の証言と、被害者本人の証言もある。

 証言だけなら水掛け論になるが、最近はカメラで映像が残るから指導がかなり楽だ。逆に言えば、このカメラにあふれた監視社会の中で、犯罪まがいの行動ができることが理解できん。


 大津たちがゲートを通った時間の記録も、被害者の女子生徒が昨日はゲートを通っていない記録もある。


「大津は、先生があたりますか?」

「いや、担任に任せる。わしは、そうだな、一番簡単に落ちそうな比叡にしてくれ。生徒指導部の先生には、パーティーメンバーの子たちを任せよう。あっちは巻き込まれただけで、正直に話せば無罪放免だ。知ってることを隠せば知らんが……」

「最初にガイダンスブックの生徒指導のページの確認から始めますから、それで馬鹿な真似をしたら巻き込まれたんじゃなくて、自業自得ですよ」

「そうだな。じゃあ、そろそろ、部屋に乗り込むとするか」

「はい」


 わしは1年生がいる1階の廊下を進み、比叡の部屋のドアをノックする。高校生に個室など、贅沢だと思うが、今はそういうものなのだろう。


「……はーい、誰だー……って、先生?」

「すまんが、入っていいか、比叡?」

「あ、はい」


 わしは中に入って、部屋をざっと見る。1年だからか、まだ物が少ない。3年になると湯沸かしやら小型冷蔵庫やら、買えるようになるからな。


 比叡を椅子に座らせて、わしは立ったまま、比叡を見下ろす。教育相談ならともかく、生徒指導だ。見下ろすぐらいでちょうどいい。耳当たり良く聞き取りなどと表現しても、実質的には尋問だ。


「比叡、ガイダンスブックを開け。97ページだ」

「あ、はい」

「そこに書いてあることを確認しなさい。『この学校では、教師の指導に素直に従うこと』それから、『教師の質問には嘘偽りなく答えること』、この二つは書いてあるか?」

「はい、書いてあります」

「そうか。なら、わしが朝からわざわざおまえに会いに来た訳だが、今のうちに、わしに伝えておいた方がいいことはないか?」


 問題行動があったとしても、その聞き取りで本人の自白から始まった場合、同じ罪でも罰は軽くしてやれる。ほんの少しの、加害者に対する温情だ。

 それくらいは被害者の生徒にも目をつぶってほしい。


 わしからしたら、加害者も被害者も、どっちも生徒だ。加害者だから全て厳罰を、というものでもない。まあ、どんな罪か、にもよるが……。


「……いいえ、よくわかりません」


 ああ、ひとつ、チャンスを逃がしたか。比叡、おまえは、どこまで堕ちる?


「そうか。じゃあ、比叡、昨日の放課後のことだ。まだ忘れたりはしてないだろう? 昨日の放課後は帰りのHRの後、何をしてた?」


 ……明らかに顔色がおかしいな。


「……昨日は、ダンジョンです。いつも通りに」


 迷いはあっても、ごまかそうとする。それが子ども……いや、子どもでなくとも、か。そもそも、そういうことをやらない人間は、年齢に関係なく、やらないもんだ。


「そうか、いつも通り、ダンジョンだな? 間違いないな?」

「はい……」


 こうして、嘘を重ねて、最終的に与えられる罰は重くなる。


「そうか。おまえが何人かの男子と一緒に、一人の女子生徒を呼び出したのを見ていた者がいるんだが、それはいつも通りの行動ってことで、いいか?」

「っ……いえ、そんなこと、してません。見間違いだと思います」


 ……堕ちるところまで、堕ちたな。大津との関係か? まあ、人間関係の上下なんぞ、いくつになってもついて回る。自分で乗り越えるしかない。


「そうか。その呼び出された女子生徒は昨日、ダンジョンに入ってない。呼び出したと言われてる比叡はダンジョンに入ってる。他の生徒のダンジョン入りを妨害するのは、悪質な行為だとこの学校では判断される。入学2日目のガイダンスで生徒指導主任から説明があったはずだ。さっき読んだガイダンスブックのページ、意味をよく考えて答えろ。教師に対して、嘘を重ねれば重ねるほど、この学校での罰は重くなるからな」

「……そ、その、それは……」


 ……最初から証拠を提示してやれば、罰はそこまで重くはならんのだが、自分から正直に話す、というもっとも罰が軽くなる方法を捨てさせることにもなる。

 教育という枠の中で、警察やら裁判官やらの真似事をするせいで生まれる歪みだな。

 まあ、ほとんどは本人の自業自得ではある。


 この後、1分足らずで比叡は落ちて、そこから比叡をエサに彦根も釣って落とし、最後まで足掻いた大津も結局は、落ちた。


 罰は、この程度の事件なら考えられないくらい長いダン禁と、別室でのWEB遠隔授業に決まった。

 週明けには学年集会でこの一件を伝え、何か問題を起こしてしまって失敗しても、正直になれば、ここまでの罰にはならないと、他の生徒に対する抑止力として、大津たちはみせしめになることが決まったのだった。


 巻き込まれたパーティーメンバーの中にも一人、大津たちに気を遣ったのか、他のパーティーメンバーたちと証言が食い違った者がいて、その生徒も罰を受けることになった。

 まあ、生徒を犯人と呼ぶのはアレだが、犯人を庇うのも罪だからな。馬鹿なことをする。それが生徒だけの世界の当たり前ではあるが。

 そこに割り込む大人の教師が未熟だと、余計なトラブルも発生しかねん。生徒の世界は、教師にとってはある意味では異世界でもある。


 今回、一番重い罰を受けるのは大津で、次に彦根、最初に落ちた比叡が他の二人よりは軽い罰だ。それでも重いが。


 それに、今回の一件で大津が受ける本当の罰は別にあるだろうしな……。





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