38 鳳凰暦2020年4月25日 土曜日早朝 平坂第3ダンジョン――通称、犬ダン


 僕と岡山さんの前には、平坂第3ダンジョンの入場ゲートがある。


 一般のアタッカーの人がそのゲートを通って、入っていく。早朝なのでその数は少ない。それでもこっちをちらちらと見てくる人もいる。

 男女ペアなので珍しいのか、羨ましいのか、その両方か……または鋭い勘の持ち主で、岡山さんが隠れ美少女眼鏡っ子だと見抜いて……は、いないか……。


「……寝ている奈津美ちゃんを置いて出てくるのは、すごく辛かったです」

「妹があまえんぼでごめん」

「いいえ。本当にとてもかわいいです。わたしは一人っ子ですから、義妹ができて嬉しいです」


 ……岡山さんが口にした、いもうと、という言葉の響きに、僕とは違って漢字が二文字になっているようなイメージが湧いたのは、僕の気のせいだよな?


「……まだ入らないのですか?」

「うん。正確には、まだ入れないが正しい。外ダンは24時間開放されているけど、高校生は朝6時から夜10時までしか入れないから。まだ5時58分だし。今、ゲートにダンジョンカードをタッチしたら警告音が鳴って目立つな」

「……ヨモ大附属の寮は、朝7時まで外には出られませんし、出たとしても朝食が食べられません。門限は夜の7時です。朝6時で夜10時という高校生への時間制限は、意味がないのでは?」

「高校3年生は18歳で、18歳からアタッカーにはなれる。つまり、ダン科がない高校も、3年生の中にはアタッカーが存在している。そこに対する制限時間だな。それがダン科の生徒にも重なるだけ。ただ、中学生の新聞配達のアルバイトでも5時スタートで動けるんだから、朝は5時にしてほしいというのが僕の本音だな」

「……5時から入れるなら、4時半に家を出るのですね、鈴木さんは」

「もちろん」

「あの、ちなみに、今日は……」

「母さんから、今日は夜8時には帰ってくるように、と厳命された。岡山さんと一緒に晩ご飯が食べたいらしい……残念だけどラストまでは……」

「厳命されなかったら最後まで入っていたのですね……」

「まあ、今週は、月から木まで、毎晩、入ってたし」

「え? それは、ひょっとして、学校で小鬼ダンから出て、わたしを寮へ送った後で、ここまで来ていたということですか?」

「クランを作るには金策が必要だったから。ここは、そういう意味ではいいダンジョンなんだ」

「クランの金策……ひょっとして、鈴木さんは、まだメンバーを増やそうと考えてらっしゃるのですか?」

「なかなか、メンバーは見つからないけど、増やせるのなら、増やしたいかな。岡山さんも、僕のクランに入って、裏切らない、裏切れない、僕を将来も支えてくれる、そういう人を見つけたら、誘ってみてほしい」

「いくらなんでもそういう人はそうそういないかと……あと、将来も鈴木さんを支えるというのは……」

「だよな。なかなか、難しい」

「……わたしが調べた限りでは、ソロで入るようなダンジョンではなかったような気がしますが」

「そうだな。平坂第3ダンジョンは一般的な通称は犬ダンで、コボルトはゴブリンとそう変わらないモンスター、というかトレイン滅殺が好きな僕からしたらゴブリンより走るのがちょっと早いから時間短縮になってありがたいモンスターだな。ただ、1層から、いきなり最大3匹でのエンカウントがある。一般のGランクが入れるこの辺ではただひとつのダンジョンだけど、初心者に1対3は厳しいから4人パーティー推奨のダンジョンだ」

「……一般的な、通称、ですか?」

「そこ、気になる? 広島さんもわかってきたな」

「岡山です」

「犬ダンは、別名、迷路ダンジョンとか、鉱山ダンジョンとか、宝くじダンジョンとか、金策ダンジョンとか、ギャンブルダンジョンとか、まあ、そういう、一獲千金の夢があるダンジョンで、ここにハマったアタッカーは大成しないから、バクダンジョンとも言われてる。バクは夢を食べられてしまうという意味と、バクダンで爆弾、地雷ダンジョンの別称だな。それを掛けてる。あ、6時だ、入るよ」

「入る直前に不安になるような話を聞かされてしまいました……」


 そんなことをつぶやく岡山さんを引き連れて、僕はゲートを抜けた。


 犬ダンは基本、迷路ダンジョンで、床も壁も平だ。落とし穴系の罠も、発見しやすい。小鬼ダンほどではないが、そこそこ明るい。ただし、迷路が面倒で、地図の購入をオススメしたい。ところが、それを完全に無視して攻略する力業がある。それが外周通路の突破である。犬ダンRTAは、こっちが正解ルート。


 入場してスタートする迷路を無視して、すぐに左へ行き、さらにすぐまた左へ。そこで右を向けば、ひたすらまっすぐな通路がある。


「……迷路と聞いていましたが、ずいぶんとまっすぐな通路ですね?」

「ここが外周通路」

「ここが! 危険なのではありませんか? 毎年何人ものアタッカーがここで命を落とすと聞きました。ギルドも立ち入らないように呼び掛けているそうですが?」

「そうだな。普通の感覚なら、外周通路は鬼門で、危険。犬ダンはおよそ縦横2キロ、外周8キロの正方形に近い形のダンジョンで、6層構造。今からぐるっと8キロを回れば、だいたい80エンカウント、最低の1匹でも80匹、最大の3匹なら240匹を相手に戦うハメになる。そして、それは、いわゆる戦闘制限回数から考えると、致命的なエンカウント数だと言える」

「それなら……」

「まあ、それはここが初心者ダンジョンで、初心者がそんなルートを選べばそりゃ死ぬよねって、話であって、それは僕たちには当てはまらない」

「わたし、ヨモ大附属に入学して1か月未満の初心者アタッカーなのですが……」

「制限回数が問題なら、スタミナ不足を解消できれば何の問題もない。ポーションが買えない、買う意味を見出せない一般アタッカーの初心者だから、無理なんだ。僕や岡山さんには全く問題にならない。じゃ、行こう。全部釣って、向こう側で一気に処理する」

「え、あ、はい!」

「さっきも言ったけど、ゴブリンよりは少し足が速いからそこだけは気をつけて」

「はい!」


 そして、僕は走り出した。さあ、今日はどれくらい巨大なトレインになるかな?






 だいたい走り始めて20分後、僕と岡山さんの後方には、半裸になった犬のおまわりさんの大群がわんわんきゃんきゃんがうがうと鳴きながら追いかけてきている。

 絵本で見た犬のおまわりさんも、半裸になったら犯罪者にしか思えない。


「いくらなんでも、これは多くないですか⁉」

「いつものゴブリントレインのまあ、10倍とは言わないけど、8倍くらいの数だからな。だいたい毎回、120匹から150匹ぐらいで収まってるけど」

「どう考えても多いと思います⁉」


 それでも、次のコボルト2匹の攻撃を躱して、追い越し、釣って行く。


「おっと、さっきのがラストか。じゃ、岡山さんはそのペースで。僕は先に行って準備があるから」

「わかりました。わかりましたが、それでも不安です……」

「大丈夫。岡山さんがあのスピードの連中に追いつかれることはないから」


 僕は全力を出して、階段のある終点へと走る。

 そして、振り向いて、マジックスキルを準備する。


 今回は、右手と左手、同時に、同じように動かす。簡易魔法文字は風を挟むように火をふたつ。それを右手でひとつ、左手でひとつ。ダブルセットという高等技術だ。火をふたつ使う、第二階位のスキルで、4層まではこれで十分な威力がある。


 そして、岡山さんの方を見る。隠れ美少女眼鏡っ子が、それこそ無数の半裸になった犬のおまわりさんに追いかけられて、襲われそうになっているようにしか見えない。おまわりさん、こっちです、と言いたいのに、犯人がおまわりさんというカオスだ。

 岡山さんがちょっと泣きそうな顔になってるのも、絵面がきわどい原因かもしれない。DWの年齢制限ってR15だったっけ? 18ではないはず。


 そんな岡山さんが僕の背後へと飛び込んできたタイミングで、フレンドリーファイアはない。そして、半裸の犬のおまわりさんに対する慈悲は僕にはない。くらえ犯罪者ども。


「ファイアストーム」


 右側の簡易魔法文字3つが反応して、半裸の犬のおまわりさん軍団が炎の嵐に包まれていく。

 消えた簡易魔法文字を上書きするように、右手で新たに書いていく。

 炎の嵐に突っ込むように後方からの犬のおまわりさん軍団がさらに近づいてくる。やっぱりモンスターというのは知能が足りない。


「ファイアストーム」


 今度は左側の簡易魔法文字3つが反応して、犬のおまわりさん軍団が炎の嵐に巻き込まれていく。

 さらに後方にいた最終グループも、2回目の炎の嵐へと殺到してくる。

 そのタイミングで、右手で書き直した簡易魔法文字も完成した。


「ファイアストーム」


 1層のモンスターに、4層でも効く第二階位スキルの3連発。生き残れるはずがない。ただ、数が多くて、3回必要なだけだ。僕はマジックポーチからモップを2本、取り出した。


「岡山さん、手伝って。魔石とドロップ、かき集めるから」

「……体育館のモップがなぜ、ここに?」

「マジックポーチって、便利だよな」

「……後でモップはちゃんと学校に返しましょうね、鈴木さん」


 そうして、僕と岡山さんはモップでドロップを集めたのだった。


「……これ、銀の延べ板という物ではないでしょうか?」

「うん。他にもたくさん鉱石がドロップしてるけど。魔石と違って転がりにくいから集めるのがちょっとだけ面倒なんだよな」

「かなり、よい換金アイテムなのでは?」

「銀の延板? だいたい、6万円から7万円前後で、時価かな?」

「これが、金策?」

「実態は銀策。これは秘密で。コボルトは実は、魔法で倒すと、なぜかドロップ率が高くなる。鉱石は鉄で1円、銅で2円、銀で5円、金で10円と、そのまま捨てるアタッカーもいるけど、延べ板みたいなインゴットがドロップしたら美味しいよな。さすがにこれだけドロップしたら鉱石を仕分けるのが面倒で、マジックポーチに放り込んで自動仕分けを利用するんだけど」

「……」

「今回は銀の延べ板が3つだけど、最高で金の延べ板がドロップすることもあって、それを引き当てた初心者アタッカーはこのダンジョンにハマってしまうんだよな。銀の延べ板でハマる人もいるらしいし。制限回数のせいで、1日10匹、1個200円の魔石、合計の日収が2000円のアタッカーなら、延べ板でハマるのも仕方がないとは思う。でも、それは宝くじの1等みたいなもので、めったにないことだから」

「……おそらく、ですが、銀の延べ板が3つというのは、あまり考えられないようなドロップ数ではありませんか?」

「コボルトを山ほど、魔法を使って狩れば、意外とイケる。今だって、130匹ぐらいで3つだから銀の延べ板のドロップ率は2%ぐらいかな? まあ、月曜から木曜までの4日間で僕は50以上、ドロップさせたし。金の延べ板は今のところ、ゼロだけど。ただ、一般のアタッカーでここに入る人は初心者だから、マジックスキルなんて使えない。マジックスキルが使えるアタッカーはもっと別のダンジョンに入る。だから、知られてない攻略情報ではあるし、外周通路でトレインしないと、いちいちマジックスキルで倒すのも馬鹿らしい。あ、今日は岡山さんとのパーティーだから、魔石以外は僕の総取り。あの契約、更改する? もう岡山さん、かなりの実力を身に付けてきたし」

「……契約はそのままで構いません。お気になさらず」

「そう? 僕も無理にとは言わないけど」


 僕は階段へと足を動かす。自分が有利な契約を無理に変えて欲しいとは思わないのは当然だと思う。


「さ、次、行こう」


 それにしても、今日は金策も絶好調だな!





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