37 鳳凰暦2020年4月24日 金曜日夜 鈴木家
……どうしてこうなった――のかは、僕もちゃんと理解している。
それは岡山さんの退学を防ぐ手段として、毎月ある程度のお金が振り込まれるような契約を攻略情報の売り渡しで大学と取り決めたから。
厳密には、その契約の場に僕の父、母、それに岡山さんのお母さんもいて、その場で岡山さんが僕にぎゅっと抱き着いたのを見た僕の母さんと岡山さんのお母さんが見つめ合って、微笑み合って、そして、仲良くなったから。ちょっと意味が分からない。早過ぎるだろう、友達作りが。これがコミュ力の差か……。
今、僕の家のリビングでは母親同士が盛り上がっている。アルコールで。父さんが、ブレーキ役で飲んでないらしい。
リビングと繋がっているダイニングでは、僕の前に妹の奈津美と岡山さんが並んで座っていて、奈津美が岡山さんにいろいろと食べさせながら、懐いている。いや、岡山さんを餌付けしようとしてるのか、奈津美?
「ねえねえ、ヒロねぇ、次、これ。次、これ。お母さんの玉子焼き、美味しいから。食べて食べて」
「ありがとう、奈津美ちゃん。あ、本当。すごく美味しいです。どうやって作っているのでしょう?」
「だよね、だよね。次はこっち、からあげはパンチが効いてるしょうゆ味だよ」
……しょうゆ味がパンチが効いてるとか、初耳だな。そのパンチ、どこで覚えた、妹よ。
あと、岡山さんであって広島さんじゃないから、ヒロねぇではなくオカねぇだ、奈津美。まあ、岡山さんがすっごくにこやかだから何も言う気はないけど。
微笑ましいやりとりを見ていると、笑えない状態の人たちの声が聞こえてくる。
「でしょー。もー、ほんと、あんなの見ちゃったらねー」
「わかるわかるー。子どもだと思ってたら……『そんなところさえも大好きです』ぽっ……なんて、いつの間にかそんなことを言うような子になってるなんてねー」
「いやー、もー、相手がうちのアキヒロですごく申し訳ないわー。あの子ったら、あの子ったら、アキヒロのくせに『これで君を卒業まで退学から守れると思う』キリッ、なんて言っちゃって! あー、録画したかったー」
……リビングもカオス⁉ なんだあの酔っ払い二人は⁉ 録画とかされてたまるか⁉ むしろ今、そっちの痴態を撮影してやろうか! いや、あの会話を残すのは……。
父さん、ブレーキ役なんだからストッパーとしてちゃんと機能して下さい!
あ、なんか、空になったコップを差し出されて……氷と焼酎? あ、炭酸も? マドラーでからんからんからーんって、いい音させてんじゃないよ、父さん! 普通のサラリーマンだよな? え、レモンとかのせるんだ……それ、ストッパーじゃなくてもうマスターとかバーテンダーだよな?
「ヒロねぇ、お風呂、お風呂。一緒に入ろ?」
「あ、はい。じゃあ、行きましょう。奈津美ちゃん」
……え? 岡山さん、お母さんとホテルなんじゃ?
「あとねー、お風呂のあとはー、奈津美の部屋で一緒に寝ようねー。ねー、ヒロねぇ」
「はい。いろいろとお話しして下さいね」
……うち、泊まるの? 岡山さん? そこに疑問はないの、岡山さん?
「いやー、もう、もう、あれは……『そんなところさえも大好きです』ぽっ……うわぁー」
「いやいや、『これで君を卒業まで退学から守れると思う』キリっ」
「あははははー、ほんと、かっこいいー」
「いやー、そっちこそ、かわいかったわぁ……」
……あっちはもうリピート入ってるし⁉ 典型的なよっぱらいの会話だろ? しかもそこばっかりリピートするな!
僕は奈津美に引っ張られて行く岡山さんに大事な連絡をする。
「……あ、岡山さん。明日、5時半出発で、6時からダンジョン、入るから」
「はい。楽しみにしていますね、外のダンジョン」
「おにぃのダンジョンばか! ばーか! ヒロねぇは奈津美のおねぇだから! おにぃにはあげないもん!」
……いや、奈津美。キミの兄は僕ですよー。姉はいませんよー。
いや、奈津美のヤツ、岡山さんに甘えてちょっと幼児化してるな。最近、夜ダンが忙しくてあんまり構ってなかったからか?
僕はマドラーを回し続ける父さんを横目に、自分の部屋へ向かった。僕は逃げた。このカオスの中から。
とりあえず、目の前の現実は忘れて、明日の外ダン――コボルトだらけの平坂第3ダンジョン、通称、犬ダンのことを考えて寝るとしよう。
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