36 鳳凰暦2020年4月24日 金曜日夜 国立ヨモツ大学附属高等学校女子寮
あたし――高千穂美舞がダンジョンから寮へと戻って、そろそろ夕食の時間か、などとベッドでごろごろとのんびりしていたら、こんこんこん、とドアがノックされて、親友の五十鈴――伊勢五十鈴が顔を覗かせた。
「美舞、ちょっといい?」
「うん? いいけど。入って」
「うん、ありがと」
あたしがベッドから体を起こして、そのままベッドに腰掛けると、その隣に五十鈴も座った。
「何かあった?」
「ちょっとね……」
それは、事件だった。
3組の学級代表の大津とその友達である二人、彦根と比叡――五十鈴いわく、三馬鹿――が、五十鈴とペアを組んでいる宮島さんに、おまえは役に立ってないとか、おまえが足を引っ張ってるとか、伊勢も本当は嫌がってるとか、自分からソロになりたいって言えないのか、とか……とにかく、放課後に呼び出して、散々なことを言って追い込んで、五十鈴に向かってペアを解消してソロでやるって言え、学級代表としてそういうパーティー編成にするべきだからな、なんて、とんでもないことをやりやがったらしい。
「それは、すぐに先生に……」
「あ、それは、クミに助けてほしいって頼んで、呼び出されたのを見てた3組の女子二人を証人で確保して、寮監の春川先生と山田先生にも相談済みだから。もう学年主任の佐原先生にも連絡してもらってる」
「そう……大変、だったね……」
「……実は、その、なんていうか、三馬鹿が悪いのは悪いんだけど、その、あたしも、たぶん、表情とか、声とか、ひょっとしたら歩き方とかの態度も、その、宮島さんと一緒で困ってるって、雰囲気を出してたんじゃないかな、って、思って……」
「そんなこと……」
「いや、そういう風にならないようにしてたつもりだけど、ペアだと効率悪いと思ってたりとか、終わってから気遣ってソロで入らなかったりとか、そういうの、実際にあたしが思ってたり、やってたりしたことで、それが宮島さんを追い詰めたと思うんだ。あたしが附中の子たちから育成期間の後は一緒にやろうって誘われてたのもあの子、知ってたし」
「……そんなのある程度は仕方ないでしょ。それでも五十鈴は一生懸命、その子とのペアもやってたんだし……」
「まあ、そうなんだけど。でも、今回、こういうことになって、宮島さんとじっくりと話して、というか、ゆっくりと今までの気持ちを聞いて、やっぱりこの子をもっと、しっかり支えたいって。やってること、中途半端だったなって、思って。だから、お願い。美舞に助けてほしい」
「あたし?」
「うん。美舞んとこもペアでしょ? だから、あたしたちと一緒に、4人でなんとか、やってもらえないかな……」
「あ……」
……あたしはもうペアだけどペアじゃなくて、なんかもっと別物になってて。
「……やっぱ、ダメ?」
「あー、五十鈴、勘違いしないで。ダメとか、無理とか、じゃなくて、実はあたし、ペアの子と一緒に、もう他の人のヘルプを受けてやってるの。だから、五十鈴に協力したいんだけど、そのヘルプの人に了解を取らないと、すぐに返事ができないだけで、できれば五十鈴と一緒にやりたいと、思ってるから」
「え? いつの間に……?」
「もう、今週はずっと、かな?」
「……その人に、あたしと宮島さんも、助けてもらえたり、しないかな?」
「あー……」
……あれは、親友に勧めてもいいもの、なの? 鈴木くんって、劇薬って感じがするし。親友をなんか悪の道に引きずり込むような気持ちになるのは、どうしてなの?
「……五十鈴。あのね、たぶん、ヘルプは受けられるとは思う。思うけど、その、五十鈴とその子にもそれなりの……いえ、かなりの負担はかかると思う。それでも、いいの?」
「あの子、宮島さんって、いい子なんだ。あんなに泣かせて、すごく申し訳なくて。だから、あの子と一緒に、今の状況を変えられるんなら、ちょっとやそっとの負担なんか、いくらでも」
「……本当に、すごいから。いろいろと悩むし、困るし、本当に大変になるの。それでもいい?」
五十鈴はあたしを見て、少し目を細めた。
「それって、今週、ずっと美舞が悩んでたこと?」
「あー、うん。そうね。悩んでたと思う」
「でも、乗り越えたんでしょ?」
「まあ、一応は」
「なら、お願いします。助けて、美舞」
「…………わかった。じゃ、ちょっと一緒に来て」
「え?」
あたしは立ち上がって、ドアへ向かい、外へ出た。慌てて五十鈴もついてくる。
まっすぐ、岡山さんの部屋へ向かって。以前、足を向けるのに時間がかかったあの部屋へ。
岡山さんの部屋の前で、ドアをノックする。
「美舞? ここって……」
繰り返し、ノックする。返事がない。
すると、隣の部屋のドアが開いた。顔を出したのは4組の金田さんだ。
「あ、高千穂さん。岡山さんから伝言、預かってるよ。外泊許可がもらえたから、土日はいないんだって。日曜の夜には戻るみたい」
「そう。ありがとう、金田さん」
…………って、え?
外泊許可? どうして外泊許可? 岡山さん、誰の家に……?
そこであたしは思い出した。鈴木くんがモモと同じ小学校だったことを。モモは地元民で、寮生ではなく、通学している。つまり……。
……えええっ? 岡山さん、まさか、鈴木くんちにお泊りなの⁉ 何その急展開⁉
それは、一瞬だけだったけど、五十鈴の相談が頭からふっとんでしまうくらいの衝撃だった。
「美舞、美舞……」
「……あ、ごめん、五十鈴」
「うん、それで、この子、あの、退学になりそうな……」
「……あの子も、だけど、あの子の知り合いがとにかくすごいから。とりあえず、日曜の夜に相談できると思うから、月曜からなんとかなるって信じて。この土日、なんとか耐えて、五十鈴」
「大丈夫。たぶん、明日は聞き取りとかいろいろでどうせダンジョンには行けないし。こうなったからには、絶対にあの三馬鹿は追い込みたいから」
気合の入った五十鈴を見ながら、申し訳ないけど、あたしは頭の中で鈴木くんの家に行く岡山さんを思い浮かべていたのだった。
胸がチクりと痛んだのは、きっと、親友の五十鈴の苦しみに寄り添えてなかったから。あたしはそう思うことにした。思い込むことにした。
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