31 鳳凰暦2020年4月24日 金曜日朝 小鬼ダンジョン3層 ボス部屋


 月曜日に初めて二人で――それから、水曜日、木曜日、そして、今日、金曜日。私――平坂桃花と彼の朝の共同作業、小鬼ダンのボス戦です。もう4回目ですので、恒例の、と言っていいかと思います。


 ……共同作業と言いましたけれど、実は、彼の単独作業です。今日はようやく、あの叫びによって震えがきてもほとんどすぐに回復するようになりました。


 これを彼のお陰で体験できて良かったです。情報だけで実際を知らずに挑んでいたら、模擬クランのメンバーに深刻なダメージがあったかもしれません。先輩からここのボスについて話だけは聞いていましたけれど、実際に経験すると、あの話だけだと危険です。


「ドロップはいつも通りで。それで、今朝はバスタードソードがドロップしたけど……」

「それは鈴木くんの方でどうぞ。私は魔石を、ほぼ何もしていないにもかかわらず、受け取っていますから」


 ダンジョンで彼と二人きりの時は、心と言葉を一致させた、丁寧語の私です。彼の前では『小説版ドキ☆ラブ』の主人公階梨乃亜の親友、壇上恋を真似る必要などないのです。


 月曜日に受け取った初めてのボス魔石は、絶対に換金せずに残しておくのです。

 彼が私にくれた初のボス魔石ですから。これは絶対に捨ててはいけないと、お手伝いの千代さんにも先に説明したので、かつて『小説版ドキ☆ラブ』をいつの間にか千代さんに廃品回収に出されてしまった時のような悲劇はもう起こらないはずです。

 佐原先生にあの魔石を指輪にしてくれる業者はどこか、お聞きするのもいいかもしれません。

 魔石のサイズが少し指輪にするには問題がありそうですけれど、彼から頂いた初めてのボス魔石を指輪にするというのは、すごく憧れます……魔石のサイズは少し指輪にするにはアレですけれど……。


「じゃあ、バスタードソード、もらうな。最近、ドロップ運がすごくいいような気がする……」


 私が、彼の運気を高めているとよいのですけれど。


 いえ、桃花。忘れてはいけません。次の約束です。次の約束をしなければ! 毎回、これを、勇気を出して、言葉にしているのです! 今回も頑張るのです、桃花!


「それで、鈴木くん。明日もまた、ご一緒してもよろしいですか?」

「明日……は、ダメ」


 ……だ、ダメでした。こ、心が折れそうです。いえ、負けてはなりません、桃花! 蘇るのです! 不死鳥のように!


「そ、そ、それなら、あ、明後日の日曜日にご一緒して……」

「あ、無理」


 ……言葉を途中で遮られた上にしかも手短に否定されてしまいました。これはさすがに心が、心が折れるどころか、粉々に砕けてしまいそうです。い、いいえ、ここであきらめてはなりません! 桃花、あなたはできる子です! さあ、勇気を振り絞りましょう!


「で、で、では、そ、その、げ、月曜日は……」

「あ、月曜は大丈夫。いつも通り45分までだけど」


 ……や、やりました。よく頑張りました、桃花。よく耐えました。あなたは立派です、桃花。立派ですけれども、その、また、45分という時間指定がなされているということは、その、やはり、私の後には、彼女が控えているということ、なのでしょう、ね。ええ、ええ、彼女は控えです、あくまでも私の控えです。


 それにしても、この、毎回、最後に次回の約束を取り付けるという緊張感を味わうのもいいのですけれど、そろそろこの時間が自然な毎日の二人の営みにならないものでしょうか?

 朝からダンジョン入りするという非日常な不自然には目を閉じ、耳を塞ぎますけれど。


 いつも通りの魔石の袋を渡されて、彼の背中を追い、転移陣に入ります。この魔石の袋も、彼の机に返す時には、可愛らしいメモ用紙に感謝のメッセージを添えております。そのメッセージも本来の私らしい丁寧語で書いています。年末に書く来年の年賀状も、丁寧な言葉にする予定です。


 この後、出口ですれ違うあの彼女が何者か、既に正体は突き止めています。4組の岡山広子です。あの、退学RTAと噂されていた方です。そして、彼が脅して男女交際を強要していた、などという根も葉もない噂の相手でもあります。

 あの噂など、私はそもそも信じておりませんでしたし、今も信じておりません。それは彼に付き従うようにダンジョンへと入る彼女の横顔を見れば明らかです。それを見る度に、私の中で何かが暴れるように騒めくのですけれど。


 まあ、彼女のことはともかく、次の約束が月曜日にできたということが重要です。月曜日のボス戦は本当の共同作業になるよう、頑張るとしましょう。きっと、彼は土日が忙しいのです。彼女と土日に約束しているということはないはずです。ええ、きっと……。


 そんなことを考えながら、私はダンジョンの外で、彼女――岡山広子と会釈を交わして、彼の隣を交代するのでした。





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