29 鳳凰暦2020年4月23日 木曜日放課後 小鬼ダンジョン3層
あたし――高千穂美舞と酒田さんは、すれ違ったパーティーの方は見ずに、別の方向へと進んでから3層の奥を目指して走り始めた。
「……高千穂さん、さっきの人たちに、知り合いは?」
「いないよ。さすがに知り合いがいたら会釈だけってことはないし。でも、知り合いじゃないけど、知ってる有名人はいた」
「え、誰?」
「1組の設楽真鈴。推薦首席だよ。お下げの子」
「ああ、あの人ね。ふうん、鈴木先生と同じ、首席の人かぁ……でも、まあ、絶対に鈴木先生の方が強いよね」
「鈴木くんは別格って感じ。でも、附中生なしの4人パーティーで3層だから、実力はかなり高いのかもしれない」
いつからか、あたしも酒田さんも、かなりのスピードで走りながら会話ができるくらい、体力がアップしてた。鈴木くんの指導は本当に怖ろしい。
ダンジョンでは走らない、と教わるのに走るし、接待戦闘はダメなのに、やるし。スタミナ切れは危険なのに、スタミナ切れするまで戦うし。それなのに、あたしと酒田さんは確実に強くなってる。
まるで、教科書や先生たちの言うことが間違ってるみたいな気になってくる。
とにかく、戦闘を繰り返して、奥へ奥へと踏み込んで行く。
先に、酒田さんがスタミナ切れを起こした。もちろん、マジックポーチからポーションを取り出して飲ませる。すぐに回復する。何回見てもすごい効果だ。
あたしがスタミナ切れになったのは、運悪く、アーチを倒した瞬間で、その戦闘では酒田さんが急いでバックアタックをソード2匹に入れて、そのまま対面での1対2の戦闘になった。それでも酒田さんは慌てず、粘って、見事に2匹のソードを倒した。
戦闘終了後、あたしの手に自分の手を添えて、マジックポーチからポーションをあたしに取り出させて、それをあたしに飲ませてくれた。
「ごめん、酒田さん。助かった。ありがとう……うぅ、でも……ニコニコ鈴木Eローンが……」
「……こうなるパターンは予想してなかったからちょっとあせったね。スタミナ切れのタイミングも近かったし、これからは、どっちかが一度スタミナ切れになったら、もう一人もそこで一緒に飲んだ方がいいかもね。あ、いっそ、鈴木先生にお願いして、あたしもマジックポーチ、買ってもらうのがいいかも。そうしたら、どっちもポーションがすぐに使えるよね」
「え? 酒田さん、それは、ますますニコニコ鈴木Eローンが膨らむから⁉ マジックポーチって、これ、確か60万円⁉」
「……でも、この先も、それと、卒業してからも、アタッカーを続けるなら、鈴木先生と一緒でいいよね、別に。すっごく強いし。それなら、いくらでもニコニコ鈴木Eローンで借金できるよね。マジックポーチも、確か、2年の終わりとか、3年とかでどうせみんな買うんだよね? それなら無利子で先に買ってもらった方がトータルで考えたら1年の時からずっと先取りして使える訳だし、お得な気がするよね」
「えっと……」
あれ? 酒田さんの言ってることって……借金はしない方がいいはずなのに、なんで正解に聞こえるの? まるで借金をした方がいいみたいに……?
「ねえ、高千穂さん。鈴木先生に教えてもらってから、あたしたち、どれだけ稼いできたか、計算してみたこと、あるよね?」
……それは、もちろん、やってみた。
「スタミナポーションは、借金だけど、それを考えても、十分に稼げてるよね? つまりスタミナ切れを怖れて折り返して、それで少しずつ魔石を積み重ねるより、スタミナポーションを使ってでも、一気に戦闘回数を増やした方が、最終的には大きく倒す数と魔石が増えて、大きく稼げる。それが今の状態だよね。最初は600円とかだったのに、それが最近は1日で1万円を超えてるもんね。その代わり、鈴木先生のトレーニングは厳しいけど、ダンジョンアタッカーをやっていくのなら、常に命懸けなのはずっと変わらないよね」
「うん、その通りだ……」
ひとつも、反論できない。
「ヒロちゃん、たぶん、あたしと同じか、それ以上に弱かったよね。武器ロストしたくらいだし。それを鈴木先生が変えた。ヒロちゃんの運命ごと。あたしと高千穂さんは、ヒロちゃんを通じて、鈴木先生と出会えた。この幸運、逃がしちゃダメだよね?」
「うん……」
「それに、鈴木先生が、あたしたちにクランの加入申込書、書かせたんだよね。クラン名、空欄だったけど」
「そういえば、クラン名、空欄だったなぁ……」
「それなら、鈴木先生のクランに居座ればいいんだよね。鈴木先生が加入させたんだから」
「なるほど……?」
「よし、続き。時間まで目一杯、3層で稼ごうね!」
「あ、うん」
そして、酒田さんは再び走り出した。もちろん、あたしも。
……あたしも、鈴木くんと一緒にいるアタッカーとしての将来を、思い描いても、いいの?
この日、3層だけで一人あたり、ソードの魔石48個、アーチの魔石24個、合計三万六千円。2層と1層の分を合わせたらもっと増える。
確かに、ポーションの1万円を負担してもあたしたちは十分稼げる状態になっていた。
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