26 鳳凰暦2020年4月23日 木曜日午後 国立ヨモツ大学附属高等学校1年職員室


 宝蔵院から相談がしたいと連絡があり、学年の職員室で会うことになった。


 宝蔵院の恩師のわし――佐原秀樹としては、卒業した教え子が相談したいというのであれば、今の教え子に対する時間を奪われない限りは聞いてやりたい。

 ただ、宝蔵院はここのギルド出張所の所長として勤務し始めて3年目だ。この2年と少し、近くで働いているのに、ろくに顔を見せなかったヤツが、いきなり相談などというのも、気になるところではある。


「先生、すみません。お時間を取らせまして」

「いや。いい。それで、どうした?」

「実は、バスタードソードをヨモ大附属のレンタル武器にできないか、相談したくて」

「バスタードソードを?」


 バスタードソードはヨモ大附属が占有している平坂第7ダンジョンのダンジョンボスからドロップする武器だ。平坂では他にも地獄ダン――平坂第2ダンジョンの4層でもドロップするが……。


 このボスの魔石50個の納品が、ウチの生徒のランクアップ――学生ランクであるHから一般ランクであるGへのランクアップで、これによって外ダンと校内では呼ばれている平坂ダンジョン群への入場が可能になる。ただしGランクは平坂第3ダンジョンのみ――のための条件となっているため、各パーティーで約200回は倒すことになる。

 その間に、だいたい10本から15本はドロップするので、自分で使いたい生徒がいない場合はそれがギルドで換金され、納品される。


 ウチの学校では毎年だいたい36組は新入生による新しいパーティーができるから、年間300から400ぐらいはギルドに納品されているはずだ。


 だが、バスタードソードは初心者に人気の武器でもある。一般のアタッカーが最初の武器として買い求めるため、ショートソードに近い需要があり、ウチの生徒たちが納品したバスタードソードの大部分が一般の初心者アタッカーへと流れているはずだ。

 また、価格についても、学生向け値引き価格で計算してもショートソードの5万円より3万円高い8万円となっていて、レンタル武器としてウチの学校が買い取るのはなかなか厳しいし、一般の需要の高さから考えても、レンタル武器として数をそろえるのも難しいだろう。


「……数がそろえられんだろう?」

「それが……例の鈴木という彼が……」

「まさか……」


 鈴木はどういう手段を使ったのかはまだ判明していないが、放課後の3時間足らずの間だけでボスの魔石を30個は手にしてくる。土日だと100個だ。平日30回、休日100回、ボスを倒しているとすると……。


「まさか、バスタードソードを大量に換金したのか……?」


 接待戦闘の疑いがあったから鈴木のダンジョンの入場記録は確認して接待戦闘を受けたとされる生徒との入場時間を比較したが、鈴木の納品と換金については特に気にしてなかった。

 まあ、それどころではなく、鈴木が既に、学校帰りの夜、外ダンに入場しているという事実が判明したことで職員室が騒ぎになったから、というのもあるが……。


「300個近いボス魔石と一緒に、バスタードソードを120本、納品しましたよ……しかもその時にマジックポーチと大量のポーション類を購入して、そのせいで私は中央本部から架空取引による横領の疑いがかかって、中央本部から監査が入りました……もちろん、すぐにその疑いは晴れましたが……」

「おぅ……そりゃ、大変だったな……」


 だが鈴木のせいじゃな……いや、鈴木のせいだが、鈴木は悪くないと言うべきか……。


「いや、だが、120本のイレギュラーな納品は確かに多いが、それでも市場で売れていく誤差程度のもんだろう?」

「先生。彼が納品したのはこの月曜日で、彼が高校に入学して、まともにダンジョンに入って、わずか10日間での120本ですよ?」

「あ……」

「次に彼が納品する時、それがいつかはわかりませんが、10日あたり120本のバスタードソードが納品されたら大問題です。供給量が増えすぎるんです」

「……」


 単純計算で……36×120本か? 年間で約4000本? これまでの10倍の供給量になるってことか……。


「そもそも、ギルドとしても、今、納品されている120本をなんとかしないと、武器庫に入りきらずに、休憩室に入れてるんですよ……」

「価格を下げて、買取額も下げれば、レンタル武器で……」

「先生。バスタードソードは一般向けの初心者用の装備で、これが値崩れすると、ひとつランク下のショートソードが余って、こっちも値崩れします。そうなると、初心者用の武器の入手が簡単になって、ダンジョンアタッカーになるハードルが下がります。大問題です」

「……命懸けの苦労も知らずにアタッカーになるヤツが増えるし、その分、他の仕事に就く人が減るってことか」

「なりたてのアタッカーの日収なんて、2000円以下ですよ? 月収6万円とか、無職よりはマシかもしれませんが、社会保障費の増大が今以上になる可能性だってあります」

「夢見がちな若者のダンジョン事故死の増加も、問題になるだろうなぁ……」

「職業選択の自由、憲法から消えてなくなりませんかね……?」

「無茶を言うな。まあ、大問題だというのは、わかった。それで、どうしてレンタル武器に?」

「レンタル武器はヨモ大の買取が基本ですから、ギルドとしては正直、在庫が捌けてありがたいですし、ここの学生も、バスタードソードがレンタル可能になったら喜ぶのでは? 少なくとも、私がここの学生だった時はいつもバスタードソードがレンタルできればって、思ってましたよ?」

「まあ、そういうことは、あるかもな……」


 鈴木のせいで社会問題に? まさか、そんなこと……あったりしてな……。


 しかし、バスタードソードのレンタルか。


 まず思い浮かぶのは、既にバスタードソードを購入した2年や3年の先輩たちだろうな。絶対に不満をぶつけてくる。学年が違うから対岸の火事とも言えるが、他の先生方に苦労をさせるのも、なんとも言えんもんがある。

 あとは、8万円という価格がネックか。ロストしたら即月末退学という可能性もある。破損でも4万円というのも厳しい。まあ、そういうリスクは個人のこと、という考えもあるが……。

 数も問題だな。レンタル武器なら、少なくとも、学年の2倍はほしい。280本か。120本の納品は驚きだが、それでも全然足りん。そもそも10日ごとに120本も納品されたら、ウチの学校がレンタル武器として買い取るとしても、焼け石に水だろう。


「先生、予算の問題はないはずです。小鬼ダンの魔石については、生徒がギルドに納品すると、その同額がこの学校の収入になるんですから。生徒が受け取る換金額が、外のダンジョンの一般が受け取る額の半額なのは、この学校の運営費のためですよね?」

「主に生徒の福利厚生に充ててる金だ」

「レンタル武器も福利厚生のようなものじゃないですか」


 ウチの生徒が学生用のダンジョンカードでゴブリンの魔石を換金すると、一般の半額になるのは事実で、残りの半額はこの学校の運営資金として用いられている。

 だが、その大部分は生徒の福利厚生、例えば学食の低価格化だとか、ロッカー棟のシャワーが無料だとか、そういう部分に使われている。寮費が月額5千円で済むのもそうだ。


 予算の問題か……つい最近、大学がずいぶんと予算を使うハメになったから、金はないと言えばない気もするな……。


「バスタードソードのレンタル武器化は、別に、おまえが心配している過剰供給の解決にはならんぞ? そりゃ、少しは数を減らせるだろうが」

「まあ、ここと、他の二附属と、ですかね。あとは可能性があるとしたら国防軍高等工科学校とか国防軍高等航海学校とかもありますが……」

「軍関係は無理だろう。それに、バスタードソードはショートソードより格上のいい剣って考えがちだが、実際はそうでもないだろう? ショートソードよりも扱いは難しい上に、間合いも変わる。そもそも、高い剣、長い剣を持てばいいってもんじゃない。それなのに、ショートソードより格上の剣と思い込んで、手にしただけでアタッカーの、生徒の心に隙を生み出す可能性もある」

「それは……」

「それと、数だな。レンタル武器なら、全ての生徒が借りてなお予備がいる。2年と3年は個人の武器を持つとして、そう考えると最低でも学年の2倍で280本は必要だが、今の話だと大量納品で困ってるとはいっても120本しかないんだろう?」

「……考えが、甘かったみたいですね」

「まあ、数が足りんというのは……いや、待てよ?」


 バスタードソードが誰にでも借りられるというのは、どちらかというと、望ましくない。

 だが、きっちりと刃を立てられて、扱えるヤツに貸し出すのなら、ダンジョン攻略の大きな助けになるのは間違いない。

 学校側から許可が出た生徒だけレンタル可能になるという、そういう設定はできるか?


 どういう生徒に許可を与えるのかという明確な基準が必要になるだろうが、ショートソードでゴブリンを一撃って話の設楽なんかは、バスタードソードだともっと活躍ができそうだ。


「逆に、数を絞れば、レンタル武器にする道もあるかもしれん」

「本当ですか!」

「……まあ、上に話を通してはみるが、レンタル武器としての購入数はせいぜい100本で800万、貸し出すのは剣を扱う技術が一定以上のレベルに達している者のみ、そういう方向で起案書作って、提案してこい」

「ありがとうございます、先生!」

「ま、次のあいつの納品でまた120本とかやられたら、結局、おまえの悩みは解消されんとは思うが」

「それ、言わないで下さいよ……いい気分であっちに戻れそうだったのに……」


 そう言って苦笑いを見せた宝蔵院は、まるで高校生の頃の素直な宝蔵院のように、わしには見えた。


「たぶん、大丈夫だろう。あいつ、もう外ダンだからな。小鬼ダンのボスのバスタードソードはそろそろ打ち止めだ」

「えっ?」

「入場記録を確認したが、閲覧許可申請なしでわしらが閲覧できるのは小鬼ダンのデータだけだ。あいつの入場記録にSECRETの表示があるんだから外ダンで間違いないだろう? 平坂第3ダンジョン――犬ダンのコボルトの魔石がそろそろ換金されるぞ」

「早過ぎる……でも、それならバスタードソードで大騒ぎした私たちっていったい……」


 バスタード騒動――そんなくだらないダジャレが頭に浮かんだものの、わしは教え子ににらまれて喜ぶ趣味はないので口にしなかった。


 ま、頑張れ、宝蔵院。


 わしはそう心の中でかつての教え子を応援しておいたのだった。





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