24 鳳凰暦2020年4月22日 水曜日夜 鈴木家


 玄関に入って、「ただいま」と声をかけて、靴を脱ぐ。そうすると妹の奈津美が、パジャマ姿で眠そうな目をこすりながらやってくる。今週の日課だ。


「おかえりぃ……おにぃ……おそいよぅ……」


 そう言いながら、僕にぎゅっと抱き着いてくるけど、奈津美はもう半分、眠った状態だ。僕は、そのまま奈津美を抱き上げて、奈津美の部屋へと連れていく。今、夜の10時32分だ。よい子はもう寝る時間だ。起きて待ってる必要なんかないのに、なぜか毎日、奈津美は僕を待ってる。

 ベッドに奈津美を寝かせて、ふとんをかけてやる。3分くらい頭をなでてると、すーすーと穏やかな寝息が聞こえてくる。

 僕は奈津美の部屋からダイニングへと移動する。


「……おかえり、アキヒロ」

「おかえり、彰浩」

「とりあえず、食べながら聞きなさい、アキヒロ。ずっと入りたがってた附属高に入ったばっかりで、あなたがダンジョンに夢中なのは知ってるけど……」

「いただきます」

「……もういいんじゃないかしら? この前の、佐原先生とのお話で、もうかなりの金額が卒業と同時に手に入るでしょう? 危険なダンジョンアタッカーになんかならなくても、もうアキヒロは言ってみれば人生の勝ち組で、お母さんは、ホント、もう、普通に大学へ進学して、就職してくれればいいかなって思うのよ。今週になってから、夜は遅いし、心配した奈津美はどんなに眠くてもアキヒロの帰りを待つし、お父さんよりも帰りが遅い高校生って、おかしくないかしら? お父さんは残業の日でももうちょっと早いわよ? 高校生なのにブラック企業みたいじゃない」

「彰浩、父さんもな、母さんに全面的に賛成って訳じゃないが、それに近いことは思ってる」

「あなたったら、全面的に賛成して下さい!」

「まあまあ、母さん。彰浩には彰浩の人生があるんだから……だが、親が親として、我が子を心配する気持ちも、わかってくれよ、彰浩」

「ごちそうさまでした。ありがとう、母さん。それに、父さんも。心配かけてごめん。まず少しだけ母さんに反論するとしたら、今の大卒の生涯賃金は正社員になってだいたい2億円から3億円で、今回の大学との攻略情報の取引だけだと全然足りてない。老後の資金も考えて、もし、仮に、ダンジョンアタッカーを早期に引退するとしても、最低でも5億か6億は稼がないと。アタッカーの税制優遇策がなくなれば10億ぐらいはいるかもしれないな。だから、金額的にはとにかく足りてない。それに、そもそも、僕はお金を稼ぎたいとか、大金を手にしたいとかでアタッカーになりたいんじゃない。ダンジョンに入りたいから、アタッカーになりたい。お金が十分だっていうのは、アタッカーを辞める理由にはならないよ。僕の目的はアタッカーになることとアタッカーでいること、そのものだから」

「アキヒロ、あなたね、そんなこと言ってるから、もうずっと、お友達の一人もいないじゃないの? 小学校に入学する前は、遊びに行ったり、来てくれたりとかもあったけど、もう9年以上も、たったの一度も、お友達が家に来てくれたこともないのよ? ねえ、それって、普通じゃないのよ? わかる? お母さんはね、アキヒロにもっと普通の人生も感じてもらって、その上でアタッカーでいいのかを考えてほしいの。アキヒロが小学校1年生の時にヨモツ高校を意識してからずっと、こんな感じでしょう? ねえ、アキヒロ、あなた、高校生になっても、やっぱりお友達、いないんじゃないの? お母さん、すごく心配なんだけど、人として?」


 ……親って、関係が近いから、グサッと一番痛いとこ、刺してくるな。


「僕にだって、と、友達ぐらい、いるからな」

「何人いるの? 5人? 10人? もう中学の時みたいにテストの予想問題の客数をお友達とか言われてもごまかされないから。あれはお友達じゃなくてお客様だから」


 ……ぐ。あの時は100人以上いるって言って、信じてくれたのに。


 その後、問題になって学校に呼び出されて、100人以上の同級生と、テストの予想問題を売買する友達関係だと知って母さんは呆然として、僕のテスト販売権を守る先生たちとの戦いでは、敵にも味方にもならない傍観者……いや、呆然としてぼーっとなってる呆観者だったし。


「か、確実に、ひ、一人! それとあと、二人……合わせて三人は、いるから……」


 ……友達、だよな? 岡山さんはそうだろうし、そうあってほしいし、それに酒田さんとか、先生呼びで懐いてくれてるし、高千穂さんも、最近はずいぶん、話ができるようになったし。ダンジョン内なら。あと、話題はダンジョンのことだけなんだけど。


「アキヒロ、また、テストでも売ったの?」

「う、売ってない……」


 借金漬けにしてクラン入りさせたままクランに沈めて抜けさせないようにって考えてるとか絶対に言えない……。


「……本当にお友達がいるなら、今度連れて来なさいよ。お母さん、さすがに、普通のお母さんみたいに息子のお友達と1回くらいは会って話したりしてみたいんだけど……」


 なんか、僕、追い詰められてる⁉ 母さん、ダンジョンのボスより強いかも⁉


「あと、せめて、夜はなんとかならないの?」

「これはダメだよ、母さん。入学前にプレゼンしたけど、安全なダンジョンアタックには、どうしてもお金がかかるから。夜のダンジョンは金策なんだ。だから命のためだから止められない」


 僕は、そこだけは強く主張したのだった。





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