23 鳳凰暦2020年4月22日 水曜日放課後 小鬼ダンジョン3層


「今の! なんですか、鈴木先生!」

「心臓を刺し貫いただけ。心臓とか、口から後頭部とか、急所への突きの一撃でならうまくいくと倒すことができるって、わかりやすい例かな。クリティカルってやつだ。ショートソードを振る必要もないし、この倒し方だと早い。これ使っての僕一人だと、小鬼ダン1周は30分を切るし」

「うへぇぁ~、さすがは鈴木先生です! 放課後だけで5周はできる計算ですね!」

「パーティー組むよりもソロの方が早いって……」

「……それが鈴木さん、ですから。慣れて下さい、高千穂さん」

「これ、3層のアーチみたいな、近接武器がないモンスターにはすごく効果的。アーチが矢を放って、次の矢を番えようと準備してる時なんかは、これですぐ倒せる。近づいても弓矢しかないから割と安全だし」

「……なるほど。本当にすごいです、鈴木先生」


 ……もう、この二人って飼い主と飼い犬にしか見えないけど、これ、絶対そうよね?


 あたし――高千穂美舞は酒田さんをちょっとだけ残念なものを見る目で見つめてしまった。


 それにしても、鈴木くんは、本当にいろいろな戦い方をよく知ってる。

 ショートソードで突き刺すというのは理解できても、あんな風に体ごと当たっていくみたいにするなんて。ほとんど手は動かしてないと思う。

 さっきのあれも、違った形の一撃二殺だった。思わず見惚れて呆けてしまった。鈴木くんに見惚れちゃダメだ。気をつけないと……。


「じゃ、次は3層だな。岡山さんが先頭で、2匹釣って向こうへ抜けるところまでは前と同じ。そのまま岡山さんはアーチ勝負。岡山さんが釣って背中を見せた2匹のソードに、二人はバックアタックして、そのうち片方が間を抜けて向こうへ。岡山さんが矢を防ぐと信じること。これで高千穂さんと酒田さんの前には、自分を見てるソードと、背中を見せてるソードがいる。さて、どうする?」

「背中を見せてる方を攻撃したら、交互にバックアタックができます、鈴木先生!」

「よくできました」


 ……本当に、鈴木くんの頭の中って、どうなってるの?


 そして、やってみたら、言われた通りになる。それで5回、倒した。実は鈴木くんがここのゴブリン軍団を操ってたりして。


「3対3はもう、十分かな。じゃ、2対3にしようか。岡山さんは先頭で、ソードを釣る時に、少し、2匹の動きにズレを生み出すように意識してみて」

「はい」

「そのまま釣って、アーチへ突っ込んで、アーチを倒す」

「はい」

「もう一人は、すぐにバックアタックをするんじゃなくて、岡山さんを追うソードの後ろで我慢して、岡山さんを攻撃しようとしたタイミングでバックアタック。岡山さんがズレをうまく作ってたら、早く攻撃できる方を先に、遅れた方を後にバックアタックを仕掛けて、そこでアーチを倒した岡山さんがソードへバックアタック」

「ズレさえ意識すれば、この前とほとんど同じ? 三人でやってたことを二人でやるだけ?」

「そうだな」

「……今度はこれをあたしと酒田さんに、できるようになれってこと?」

「正解。わかってきたな、高千穂さん。二人がペアで小鬼ダンをクリアできるようになること。それがペアを育てて鍛えるってことだと、僕は考えてる」

「じゃあ、ボスの後、1層での訓練に、盾で矢を防ぐ訓練が加わる、とか?」

「それも正解。やるなぁ、岩戸さん」

「だから、岩戸って誰……」

「んじゃ、やってみよう。先に岡山さんと高千穂さん、2回やって、高千穂さんと酒田さんが交代で、岡山さんと酒田さんでまた2回」

「わかりました、鈴木先生!」


 悔しいくらいに、言われた通りにやれば、倒せる。もちろん、岡山さんの存在は大きい。それでも、あたしも、酒田さんも、確実に成長できてる。

 そういう意味では、岡山さんの言っていた「悪いようにはならない」どころか、とてもよくなってると思えた。ニコニコ鈴木Eローン以外は。


 で、最後にボス戦だ。

 鈴木くんが先に一人で入って……間違いなく大丈夫だと思うけど、それでも一人というのは心配になる……。手に入れる魔石の数を増やすためだろうけど……。


「あぶみさん、大丈夫そうですか?」

「ありがと、ヒロちゃん。HRの前にトイレは済ませといたんだよね。今日は、イケるね」


 自信を持つのがソコというのは、酒田さんが残念なところかもしれない。

 押してもびくともしなかったボス部屋の扉が、不意に一度光って、そこから押せるようになった。


「では、参りましょう」


 岡山さんは全然、問題なさそうだ。正直、いろんな意味で嫉妬しそうになる。差があり過ぎて、そんな自分がすごく恥ずかしくなるけど。


 そしてボス戦。またしてもあの叫びで体が震える。でも、今回は座り込むことはなく、立っていられたし、この前よりも早く、震えはなくなったと思う。

 この前見たように、バスタードソードをファンブルさせて、拾おうとして下がった頭を強打。どうしてあんなに正確に握り手を狙えるの?


 そして、また、バスタードソードがドロップした。武器って、ほとんどドロップしないんじゃなかったの?


「あぶみさん?」

「うん、大丈夫。前の2回目の時よりもさらに少なかったから!」


 ……でも、ちょっとは出ちゃったんだ。


「着替えますか?」

「いや、ホント、問題ないくらいのちょっとだから。ナプキン、付けてるし。それより、その、長い剣って、買取はいくらになるんだろうね?」

「この前、鈴木さんが換金した時は、1本3万円でした」

「3万円っっ!」

「嘘っ!」

「驚きますよね。魔石よりもずっと高くて。こんなにもたくさんドロップするとは思いませんでした」

「……あの契約が……ああ、臨時収入が大きかったはずなのに……」

「高千穂さんは、そう考えずに、いずれ自分が所属するクランの資金になるから必要経費だとお考えになった方がいいかと思います」

「……そうだよね。うん。わかった」


 ……それでも、3万円かぁ。魔石が二千円で、その十五倍とは⁉


 それから1層へ転移して、この前の行き止まりでスポーツテスト的なトレーニングで自分の脳を上書きして、鈴木くんから矢を防ぐトレーニングも受けた。

 酒田さんがすごかった。鈴木くんが言った通り、目がすごくいいんだと思う。

 鈴木くんは、少しゆっくりとだけど、岡山さんに近くでメイスを素振りさせて、そこを狙って鈴木くんが矢を飛ばしてきた。それを酒田さんは難なく防いでた。

 あたしは、何回かやられた……痛いと言えば痛いし、痛くないと言えば痛くない、安全のためのゴムの鏃……そもそも岡山さんのために用意したんだろうなぁ……。


 そして、ボスまでの2周目。1層にはちらほらと1年生がいて、走ってる姿を目撃された。たぶん、また噂されると思う。噂というか、走ってるのは事実だけど……。


 もう1層と2層は順調過ぎて、3層では2回ずつ、あたしと酒田さんが矢を防いでアーチを倒す役を務めた。しかも、できた。いえ、これ、正直なところ、あたしも自信が持てるようになってきてる気がする。


 接待戦闘でも、きっちりと訓練を積めば、特に問題はないというのは実感できたし、その結果として、あたしも酒田さんも、既に3層で戦えるだけの力がついてる。そのことは喜びでもあるから、ともかくとして、気になるのは……。


 鈴木くんに教わり始めてまだたったの3日なんだけど⁉ それでもまだあたしは附中からの積み重ねがあって元々は2層までは行けてた。でも、酒田さんは⁉ これ、バレたら大変なんじゃ……。


 ボス戦では、鈴木くんがやっぱりソロで先に入って、5分待って、あたしたちも入った。倒したのは岡山さんだけど、岡山さんが倒す前に、初めて震えが治まった。そして、酒田さんは初めておもらししなかった……いや、なんでそんなに嬉しそうなの……。


「ヒロちゃん、ついにあたしはアイツの恐怖を乗り越えられたんだね……」

「よかったですね、あぶみさん」


 なんで二人はそんなにほのぼのとできるんだろう。


 ドロップは残念ながら魔石だけ。いや、魔石だけでも十分だけど。二千円だから。ああ、もう。明日のお昼は思い切ってからあげ定食、いっちゃおうか……支払い不能で退学する未来なんて、たぶん、もう、どっか行っちゃったと思う……。


 1層に戻って、行き止まりにいる鈴木くんと合流して、いつものトレーニングでイメージの更新をして、岡山さんが放つ矢を酒田さんが素振りするショートソードに視界を邪魔されながら受けたり、酒田さんが矢を受ける時に、メイスの素振りで視界を遮ったりした。その間、鈴木くんはまた分配を終えていた。


 魔石は一人あたりでゴブ12の余り3で、酒田さんも魔石数は足りたのでこの余りはもうクラン資金へ。ゴメイ13の余りなし、ソード9の余りなし、アーチ4の余り2、ボス1についても今回は均等。他にはバスタードソードが1本、クラン資産へ。魔石で一万円以上稼げてるけど、ああ、でも、バスタードソードの3万円が……4人で割っても七千五百円なのに……。

 でも、一番驚いたのは、小鬼ダン2周でもあたしと酒田さんはスタミナポーションが必要なかったという事実だった。


 あれ? ひょっとして、ニコニコ鈴木Eローン脱却のチャンスでは⁉





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