22 鳳凰暦2020年4月22日 水曜日放課後 小鬼ダンジョン


 さて、育成段階を進めたい。


 昨日は目標数150ゴブに達したらしいし、高千穂さんと酒田さんがやる気に溢れていることは間違いない。この学校の生徒は、ダンジョンで走るのを馬鹿にしてるくらいだし、狩ってる数なんて、たかが知れてるだろう。

 まあ、150ゴブくらいは走ればできるとは思ってたけど。


 スピード育成の基本は、ひとつ先、ふたつ先のステージでのパワーレベリングで現階層の安全マージンを確保して、強化された肉体とズレた脳のイメージを修正、更新したら、現階層を自分たちでやらせて、自信を持たせる。

 この二人はここのボス戦を含めてパワーレベリングをしてるから、1層から考えたら4層格というみっつ先で経験を積んでるようなもの。

 1層なんてできて当たり前とも言えるな。そのためにはスタポが必要になるから、初期所持金が少ないと難しいけど。僕にはお金はある。全てはバスタードソードのお陰だ。バスタードソードを崇めるがいい。


 HRからすぐにここ、小鬼ダンを目指す姿も、この二人には好感が持てる。いい感じだ。まだ誰も入ってないダンジョンは、小鬼ダンの短時間リポップなら、基本、満タンの状態。教科書通りの小鬼ダンに踏み込めるのは楽でいい。戦闘回数も最短時間で最大を確保できるし。


 という訳で、すぐに攻略開始。


「走るよ。最初に高千穂さんと酒田さんのペアから。次が岡山さん。後は交代で。みんな、練習の成果を見せてもらいたいから、よろしく」

「はい」

「頑張ります、鈴木先生!」

「うん。昨日は、できたと思うから」


 その言葉に嘘はなかった。


 高千穂・酒田ペアは、1匹釣って、2匹目も釣って、なんと、2層用のバックアタック戦法でゴブリンを見事に処理した。これは、もう2層もやらせていいレベルだ。

 岡山さんは5回中2回、一撃二殺を成功させた。それを見た高千穂さんの口の開き具合はあごが心配になるくらいだったな。実戦での初成功ができたら、後はそれを積み重ねていくだけ。


 成功体験が人を育てる。僕が育てるんじゃない。僕は、成功できるように支えて、成長したらその人に支え返してもらって、いつかはDWの世界を飛び回ってやる。


「いい感じだから、2層で、高千穂さんと酒田さんのペアも、ゴメイの相手をしてみようか。岡山さん、最初に3回、やってみせてもらえるかな」

「はい」

「二人は、岡山さんの2匹釣りの動きをよく見ておいて。特に、最初の入りのところ」

「はい! 鈴木先生!」

「入りのところ……?」


 そして、2層へと走り込んでいく。

 岡山さんは最初のゴメイ2匹を一撃二殺で仕留めた。


「すごい……できるようになってる……」

「広島さんはものすごく努力してるからな」

「岡山です……」

「……鈴木くんは、いいこと言う時に限って、名前、間違うんだ」

「さすがは鈴木先生!」

「……酒田さん、そこ、誉めちゃダメでしょ」

「それより、ちゃんと見てた?」

「はい、もちろんです、鈴木先生!」

「それより、って……」

「じゃ、ゴメイの攻撃タイミングが少しずつズレてたのもちゃんと見た?」

「へっ?」

「見てないな。次、2回目。よく見てて。ゴメイの攻撃タイミングのズレを生かして、岡山さんはうまく釣ってるから」


 酒田さんの目がさらに真剣になる。いい傾向だと思う。最初に見てなかったのは失敗かもしれないけど、そこで見逃したと気づいて、次はより真剣になるって、大事なことだろう。


「……あ、違う! しかも、ヒロちゃん、避けながら向こうへ、向こうへって、移動しててすごい!」

「攻撃を躱す動きと移動が一体化してる……」

「そこも見所ではあるんだけどな、それだけじゃない」

「まだ何かあるんですか、鈴木先生!」

「次は、とにかく、最初の入りに注目して。どうしてゴメイの攻撃がズレるか、そこを見抜けば、できるようになるから」

「はい!」


 そうして、岡山さんの3回目のゴメイ戦。


「……最初に少し、左のゴメイに寄ってから、2匹の間に入ってましたね、鈴木先生」

「それで、攻撃のズレは、どっちのゴメイが先だった?」

「左の……あ、最初に寄せて、攻撃のタイミングがズレるように⁉ うわっ、ヒロちゃんすごい! そこまで考えてたんだ!」

「それを見抜けた最上さんもすごいし、今、急成長できてるのは、その目だろうな。見て、盗む。そういうことができる、目の才能かもな」

「ありがとうございます! 鈴木先生!」

「……やっぱり、いいこと言う時、名前、間違ってる」

「じゃ、次は二人で行ってみようか」

「はいはいはい! あたしが先に釣りに入りたいです!」

「酒田さん、それは、あたしが……」

「いや、ここは酒田さんを信じようか、高千穂さん。このやる気なら、大丈夫だと思うから」


 そして、酒田さんは見事にやってみせた。岡山さんの動きをトレースするように。これもまた、天才なのかもしれない。少し、動きはなんか犬っぽいけど。小型犬かな。


 酒田さんがほぼ完璧な釣りで、ゴメイを2匹とも、向こうへと抜けた自分に向かせて、そこへ高千穂さんがバックアタック。そこから交代でバックアタック。それで難なく倒した。もう2層も問題なさそうだ。


「あと、2回、酒田さんが釣っていこうか。その後、また岡山さんに交代して3回。それから高千穂さんが釣ってみよう」


 高千穂さんが1回、釣るのをミスったけど、左右がそれぞれ反対方向を向いて、そのままバックアタックをすることでゴメイをぐるんぐるんと回らせて倒した。釣りに失敗しても、そのまま抜けた者がバックアタックをすればいいし、片方だけ釣れたら、1匹ずつ交互にバックアタックすればいい。そうわかったら、高千穂さんもミスせずできるようになった。


「……酒田さんの成長にあせる」

「そう? その酒田さんの成長は、最初から酒田さんが言ってたけど、全部、高千穂さんの役に立ちたいって気持ちからだよな? あせってないで、成長を喜んであげたら?」

「……うん」


 そんな会話の後、2層で最後のゴメイ2匹は、僕がショートソード二刀流で、ラム走を使ってあっさり倒した。魔石キャッチもばっちりだ。





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