17 鳳凰暦2020年4月21日 火曜日放課後 小鬼ダンジョン1層


 あたし――高千穂美舞と酒田さんは、ぽかんとしながら、鈴木くんと岡山さんの背中を見送った。

 あたしの手には鈴木くんから手渡されたウエストポーチ――マジックポーチで60万円もするアイテム――にスタミナポーションが入ったもの、酒田さんの手にはメモ帳が残されていた。


「………………鈴木くんは、なんて?」

「……鈴木先生メモによると、まず、マジックポーチに魔力登録をして、専有するように、って」

「あ、うん」


 あたしはマジックポーチについているガラスみたいな、ダイヤみたいなものに触れて、色を変えることで専有の状態にした。これでこのマジックポーチはあたしにしか取り出しができない。専有の解除もあたしにしかできない。これ、あたしが悪人なら、持ち逃げしちゃってると思う……。


「中のスタミナポーションは使っていいけど、個数は確認してるから、使えばニコニコ追加って。でも、それで使わないという選択はしないこと、って」

「……今さらだから、必要になったら使おうか、酒田さん」

「はい、高千穂さん。それと、今日は1層をぐるぐると回って、ひたすら2対2を繰り返せ、って。昨日の岡山さんの動きを思い出せって」

「1匹釣って、2匹にしてから……あ、2層のための練習かな」

「あ、そうだね。あと、今日はペア活動だから、クランに関係なく報酬は自分たちで分けていいって」

「……1層のゴブリンだと、100円で安いから、とか考えてたり?」

「鈴木先生ならあり得るね。でも目標、150ゴブ……え? 多くない?」

「単位がゴブ……」

「高千穂さん、そこ? 二人で150ゴブに届かなかったら、届くまでこのメモの内容で放課後は訓練を継続……」

「ええ? それは……」


 あたしは頭の中で計算する。1分1ゴブでだいたい2時間半。どう考えてもダンジョンの中を走らないと届かない数だ。


「……ギリギリ、できるか、できないか、くらい?」

「わ、じゃ急ごう、高千穂さん!」


 そう言った酒田さんは駆け足でゲートへ向かった。酒田さんは鈴木くんに従順過ぎると思う。もちろん、あたしもそれに続いて進むけど。

 ゲートを抜けて、中に入って、走り出そうとする酒田さん。


「待って、前はあたしが。釣って2対2には、まだ酒田さん、できないでしょ?」

「あ、そうだったね。じゃ、お願い、高千穂さん」


 そして、あたしたちは走り出した。

 得意ではないけど、『釣り』自体は附中で学んだからできる。あたしが1匹釣って逃げると、あたし、ゴブリン、酒田さんの列になって、次のゴブリンを躱して抜ける。

 そうすると2対2に――ってこれ、違う!

 あたしが釣ってきたゴブリンがあたしに、ついさっき躱して抜いたゴブリンは酒田さんの方に向いていた。このままじゃ酒田さんが単独戦闘に!


「えいっ!」


 そこで、迷いなくゴブリンに斬りつけた酒田さんの声が聞こえた。見ると、ちょうど、バックステップで距離を取るところだった。あ、あれ? 酒田さん? 初めての単独戦闘のはずだけど⁉


 あたしの方がおろおろとしながら、目の前のゴブリンを倒す。ほぼ同時に酒田さんももう1匹の方を倒してしまった。


「……んー、やっぱり攻撃3回かぁ。じゃ、次、行こうね、高千穂さん」

「え、あ、うん」


 やっぱり鈴木くんの指示に従順過ぎる⁉


 そうやって、10回、20回、と戦っていくけど、酒田さんの単独戦闘に問題はなくて、しかも全然、酒田さんにスタミナ切れがやってこない。やってこないのはいいことなんだけど、なんか、思ってたのと違う……いえ、ニコニコが追加されないなら、それはそれで……。


「……んー、次、あたしが『釣り』ってのを、やってみるね」


 そんなことを酒田さんが言い出した。


「え、酒田さん⁉」


 そのままあたしの前を走る酒田さん。

 そして、ゴブリンをただ躱すのではなく、ゴブリンに攻撃させて、それを躱してから、追い越して、そのまま釣っていく。どうしてできるの⁉


 さらには、酒田さんはもう1匹の前で加速すると、2匹目の攻撃も躱してから追い越し、向こう側に抜けた。

 人数的には2対2だけど、状況的には1対2だ。酒田さん⁉ どうして⁉


「高千穂さん! バックアタック!」


 酒田さんの声であたしは、はっとした。

 確かに今、ゴブリンが2匹、あたしの方に背中を向けている。あたしは、まず右のゴブリンの背中に一撃を入れ、続けて左のゴブリンの肩から側頭部の辺りにも一撃を入れた。

 ゴブリンが少しだけタイミングをずらして右ゴブ、左ゴブと、あたしの方を向き直る。

 そこへ、酒田さんが、あたしと同じ順番でゴブリンの背中を斬りつける。後に攻撃した左のゴブリンが消えて、もう1匹は酒田さんへと向き直る。

 あたしは残ったゴブリンの後頭部へメイスを振り下ろして、ゴブリンが消えた。


「……うん。鈴木先生のメモの指示と、高千穂さんが予想した2層のための訓練というその意図から考えたら、たぶん、これが正解だよね? ね、高千穂さん?」

「うん、ソウダネ……」


 酒田さんの急成長がすご過ぎる! なんか、背中に鈴木くんみたいな黒いコウモリみたいな翼が見える気がする! あたし、間違ってないと思う!


 この日はそこから、『釣り』を交代でやって2対2の状況とバックアタックでの攻撃で、合計158匹のゴブリンを倒した。

 魔石はそれぞれ79個ずつ……その数と1層で7900円というのも驚きだったけど、それ以上に、あたしたち、スタミナ切れ、して、ない?

 附中で3層に行っていたあの3人はゴブリンを100匹倒してもスタミナ切れしないって噂だったけど、ひょっとして、あたしたちって、もう3層レベルのスタミナがあるの? いえ、鈴木くんに連れられて3層は経験済みだけど……。


 それと、小鬼ダンで走ってる馬鹿がいるらしい、という噂が流れ始めたの……それ、たぶん、あたしたちのことだと思う……。


「ふふん。鈴木先生の課題をきっちりクリア! それにゴブリンは2回で倒せるようになってきたし、次は何だろうね、高千穂さん! 楽しみだね!」


 ……楽しそうな酒田さんを見ながら、あたしはほんの少しだけ気持ちを引き締めた。





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