11 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日放課後 小鬼ダンジョン


「お待たせしました、鈴木さん」

「あ、うん。じゃ、こっちへ」


 転移陣で1層に戻ると、本当に入口のすぐ近くだった。あたし――高千穂美舞は初めてのダンジョン内転移に感動……する暇もないらしい。

 鈴木くんは、特に何も聞かず、何も言わずで、先へ進んでいく。紳士かも。たぶん、いろいろと察してるとは思う。鈴木くんの案内でたどり着いたのは、入口から一番近い行き止まりだった。


「ここで、高千穂さんと、酒田さんは、まず、素振り、それから反復横跳びと垂直ジャンプ、あとは20メートルダッシュかな? それをやろうか」


 そして、いきなり、トレーニング的なことを要求してきた。


「え、なんで?」

「大丈夫、やればわかる」


 ……言葉を尽くそうよ。しゃべる時はすっごいしゃべるのに。


 でもまあ、ここまで、鈴木くんの言うことには従った方がいいことが証明されている。あたしは酒田さんにも声をかけて、言われたことをやった。

 まず、メイスがなんか、ほんの少しだけ軽く感じる。この違和感。これはわかる。今までも、あった感覚だ。


「あ、肉体強度の……」

「高千穂さん、正解。だから、今までの自分の力と思ってたそのイメージを、実際に体を動かして脳内できっちりと更新していく必要があるから。理解できたら、とっととやる」

「え⁉ ショートソードがなんかすごく軽いです、鈴木先生!」

「今までとは違う?」

「全然違います! ふぅわぁぁぁ、なんっか、強くなった気が! すごいです! 鈴木先生!」


 ……酒田さんの場合は、よくないんじゃないかな? それまでとの差が……あと、酒田さんの復活が早いよ! ちょろいよ、酒田さん! ついさっきまでメンタル大ダメージだったのに!


「鈴木くん、酒田さんのそれは、接待戦闘になったんじゃ……」

「接待戦闘、ま、ゲームで言うパワーレベリングではあるけど。何か問題が?」

「ガイダンスブックでも、ダンジョン基礎の教科書でもするべきではないって!」

「確かにそう書いてあるし、テストではそう答えるべきだけど、効率を求めるなら、当然の選択肢だと思うな。それに大なり小なり、やってるだろう? 初ダンのゴブリン1匹なんて、附中の人にタンクになってもらって倒すんだから、あれだって接待戦闘のひとつじゃないかな? 今さらだよな、それがダメとか。最初はある程度は必要なんだと思う。安全のために」

「あ……」

「それをやらない一般の初心者アタッカーが初心者だけでパーティー組んで、死亡事故が起きるんだよな」

「確かに……」


 あたしが、昨日まで酒田さんに対してやってたこと……それも接待戦闘と言えばその通りだ……。


「酒田さんはもっと真剣に、自分がどれだけの力で、どれだけの速さで、ショートソードを扱えるのか向き合うこと。自分がここまでできる、をしっかり確認する」

「はい、鈴木先生!」

「高千穂さんは、さっき言った、スポーツテスト的なやつで、自分の体をしっかり確認。岡山さん、盾を用意して。まだ矢の防御をもう少し詰めようか。少し斜め向きで、間接視野で防ぐ練習からいこう」


 ……この人、何を言ってるんだろう? 斜め向き? 間接視野?


「はい」


 そして岡山さんは素直に返事し過ぎだと思う! なんで平然と受け入れられるの!


 鈴木くんが弓を準備すると、岡山さんは一度真正面から鈴木くんと向き合ってから、体を斜めに向けた。そこへ、鈴木くんは躊躇いなく矢を放つ。

 しゅっ、とん、という音が定期的に続く中で、あたしは自分の身体能力の向上を確認し続けた。






 30分くらいはそうやって確認した。酒田さんは最初、うまく走れなかったり、ジャンプが思ったよりも高くなって着地で尻もちをついたりと、大変だったけど、どこか、それ自体を楽しんでるようにも見えた。

 あたしと二人でダンジョンに入っていた頃は、岡山さんの退学RTAの噂とかもあって、いつも暗い顔を二人でしてたことを思い出す。本当はこんなに明るい人だったんだ……。


 それと、矢を防ぐ練習を終えて、岡山さんが真剣にメイスの素振りを始めたら、鈴木くんは地面に座って何かを書き始めた。なんで全マップ探査済みの小鬼ダンで筆記用具?

 そう思ってたら、鈴木くんがみんなを集めた。紙が手渡される。


「……鈴木くん、『クラン活動における分配契約書』って?」

「なんかすごいです、鈴木先生!」


 ……お願い、酒田さん。思考を放棄しないで。あなたもう既に鈴木くんのワンコみたいになってるから!


「本当はダンジョンに入る前に決めておくべきだったんだけど、こう、ちょっと興奮して、うっかりしてたからな。今、改めて、それでお願いしたいんだけど」

「……鈴木さん、これは、わたしとのパーティー契約が変更、更新されるものですか?」

「いや、岡山さんとのパーティー契約とは別で、そこに書いてある通り、クラン活動ではこっちが優先されるけど、二人で入る時はあっちになる」

「それなら、わたしはこれで構いません」


 そう言って、岡山さんはさらっと名前を書いてしまった。


「あ、岡山さん、書き終わった? あたしにもペン、貸してね」


 岡山さんが書き終わると、酒田さんはそのままペンを受け取ってさらっと名前を書いてしまった。酒田さん、あなた、ちゃんと読んでないでしょう!


「……鈴木くん、この『魔石の分配は原則として活動参加者の人数による均等割とし、端数をクランの共有資金とする。ただし、活動参加者の現場での合意によって端数の分配を認めるものとする』っていうの、よくわからないけど。どういう状況?」

「例えば、ゴブリンの魔石に端数が出た時に、スキル講習の100個に届いてない酒田さんに端数を分配するとか、今日なら、ボスの魔石も端数になるけど、それを高千穂さんに分配するとか、そういうこと」

「でも、それは……」

「小鬼ダン卒業で外ダンに行くにはボス魔石50個、納品しないとダメだよな? それを端数になるからってクラン資金にしてたら、いつまで経っても外ダンに行けないだろう?」

「あ、そっか……」


 ……あたしたちのための、ただし書きなんだ。


 そう思ったあたしは、素直に名前を書いた。


「それじゃ、1回目より少し、ペースを上げて行く」


 そう言って、鈴木くんが走り始めると、迷わず岡山さんと酒田さんが続いた。あたしは一瞬だけ遅れて、それに続いた。酒田さん馴染むの早い!


 1層は、あたしと酒田さんで1匹、あたしの単独で1匹、岡山さんが2匹で交代して倒しながら走る……っていうか走る? あれ? ダンジョンって走るとこだったっけ? あ、今さらか……。


「おい、あいつら走ってるぞ?」

「バッカじゃねぇの? 走る必要なんてねーだろ?」

「何か勘違いしてんだろ。ダッセー」


 ……デスヨネー。


 でも、聞こえてるはずの鈴木くんはスルーだ。ブレない。怖いくらいに。


 そして、1層をあたしたちは走破して、2層へと進んでいく。スタート地点が違うから、最短コースじゃなかったけど、鈴木くんは全然道に迷わない。そして、今度は2層でも走り続けるらしい。まあ、会話はできるペースではあるけど。


「すごく強くなった気がしたんですけど、まだ3回も攻撃しないとダメなんて」

「最上さんは振り下ろしで内側に少し捻るクセがあるから、刃がちゃんと立ってないかな。ソード系の武器は刃が立ってはじめて攻撃力が増すんだよな。刃がちゃんと立たなかったら殴るのと一緒だから、メイスより軽いし、与えられるダメージも少なくなる。素振りでもっと刃を立てることを意識した方がいい」

「おおおっ、ありがとうございます! 鈴木先生!」

「握りからちゃんと意識して、手首、肘、肩も意識しないと、刃を立てられないから」

「はいっ!」


 ……酒田さん、あなた喜んでるけど、ちょくちょく違う名前で呼ばれてるから。気づいてないの?






 2層ではさっき教わったバックアタック戦法だ。岡山さんが完璧すぎる。

 しかし、6回目の戦闘で、また、酒田さんがスタミナ切れになってしまった。あたしはまた大事なことを忘れてたと慌ててしまうんだけど、鈴木くんが黙ってポーションを差し出してくる。

 あたしはほんの少しだけ震える手でポーションを受け取り、酒田さんの口に含ませる。もちろん、効果はバツグンだ! だけど……。


 鈴木くんは取り出したニコニコ鈴木Eローンの紙を酒田さんに見せながら、借りた物品の項目の、今日の日付の、スタミナポーションのところの個数の正の字の線を1本、追加した。やっぱり岡山さんはその瞬間、すっと目をそらしてた。あたしもそこから目をそらしたのだった。


 酒田さんが復活するとまた走っては倒し、走っては倒しで、2層も走破して、3層へと突入する。

 そして、3層でも、岡山さんの獅子奮迅の活躍で、難なくゴブリンソードマンとゴブリンアーチャーを駆逐していく。で、3層での4回目の戦闘の時――。


 あたしは、ひゅ~、ひゅ~、という弱い呼吸を繰り返し、3層の地面に横たわっていた。


「高千穂さんっ!」


 あたしに駆け寄る酒田さん。地面に膝をついてあたしの上半身を抱き上げ、心配そうにのぞき込んでくる。ちょっと泣いてる。ああ、この子、ほんとにいい子だ……。


「酒田さん、これを……」

「あ、はい! ありがとうございます、鈴木先生!」


 鈴木くんが何かを酒田さんに手渡し、酒田さんはそれをあたしの口に含ませ、そして、岡山さんがすっとあたしから目をそらした。

 一気に体が楽になる。何コレ? さっきまでの苦しさはどこいったの?

 復活したあたしはぐいっと自力で上半身を起こした。


「ああ、よかったね、高千穂さん……」


 目を潤ませた酒田さんはいい子だ、いい子なんだけど……その後ろの人!


「それで、現物の返還と、これと、どっちがいい、岩戸さん?」


 あたしは高千穂だから! その岩戸って誰なの⁉


 鈴木くんがあたしに一枚の紙をひらひらと見せてくる。

 あたしは助けを求めるように、酒田さんと岡山さんを見た。二人は、すっと、あたしから目をそらした……。


「……………………ニコニコでお願いします」


 あたしは鈴木くんの財力に屈して名前を書いた……もう卒業まで、もしかしたら卒業後もずっと、鈴木くんからは逃げられないかも……おそるべし、ニコニコ鈴木Eローン……。






 そして、最後はボス部屋へ。

 今度は耐えてみようと気合は入れたものの、やっぱり震えて座り込んでしまった。でも、最初の時とは違って、岡山さんの戦いは見ることができた。


 ゴブリンソードウォリアーのバスタードソードを盾で受けつつ外へ流して、持ち手の右手をメイスで強打。ゴブリンソードウォリアーがバスタードソードをファンブルした。でも、そのバスタードソードを拾おうと手を伸ばしてゴブリンソードウォリアーの頭が下がる。そこへ岡山さんの、腰の回転が効いた横殴りのメイスの一撃。


 ……岡山さんが強過ぎる。さっきの、最後の一撃は、まるでプロ野球選手か、プロテニスプレーヤーみたいだったんだけど!


「おっ、またパーフェクトドロップか。今日は運がいい日かも」


 そんなことをつぶやきながら、鈴木くんがドロップを拾っていると、岡山さんがこっちへ駆け寄ってきて、酒田さんへ囁くように声をかけた。


「大丈夫でしたか?」

「うん。今度はほんのちょっとだけだったからね、たぶん大丈夫……」


 酒田さん⁉ またなの⁉ ほんのちょっとだけって⁉






 転移陣で1層のスタート地点付近に戻った。

 その時、あー、あたし、小鬼ダン、クリアしたんだ、と今さらながらに気づいた。あたしがクリアしたとは言えないかもしれないけど。1回目は酒田さんのおもらし事件があまりにも衝撃的で、そんなことを考える余裕はなかったのだ。


 鈴木くんがまた行き止まりへ移動して、それから再度、動きの確認に入って、その間に、鈴木くんは魔石の分配をしていた。


 魔石の分配は、ゴブリン47、ゴブリンメイス52、ゴブリンソードマン36、ゴブリンアーチャー18、ボスのゴブリンソードウォリアー2で、一人あたりゴブ11、ゴメイ13、ソード9、アーチ4で1100+2600+4500+2000で合計は1万とんで200円⁉

 え? 放課後って、3層でやれたらこんなに稼げるの?


 あ、でもポーション1万円だと考えたら200円しかない? でも、実はあのポーションを鈴木くんに現物で返せてたの? え、あたし、ひょっとしてニコニコ鈴木Eローンいらなかったの⁉ ひょっとして騙されてた?


「アーチの余りはクラン資金として、ゴブの余りは酒田さんで、ボス魔石は高千穂さんと酒田さんにひとつずつ分けていいかな?」

「わたしはそれで構いません」

「え、いいんですか、鈴木先生!」

「それは……申し訳ない気が……」

「受け取ってもらって、とっとと50個納品して、外ダンに行かないと、本当の意味ではダンジョンを楽しめないからな。遠慮なくもらってほしい」

「……その言い方だと、鈴木くんと岡山さんはもう50個、終わってるってこと?」

「あ、うん。もちろん秘密で頼むな」


 ……嘘でしょ……と言いたいけど、あの実力の岡山さんに稽古をつけてる時点でもう何もかもがおかしい人だし……嘘ではないか。

 それと、ダンジョンって、楽しむところなの⁉


「あ、あと、ボスでドロップしたバスタードソード2本とスモールバックラーシールドひとつは、契約の通り、クラン資金の方で預かるから」

「え?」

「えっ、て……契約書に『魔石以外のダンジョンで得た換金可能な全てはクラン資金及び資産とする』ってあったよな? ちゃんと契約書を読んでなかったとしても、ここは譲れないな。そもそも契約書をちゃんと読まなかったのなら文句は言えないと思う」

「いや、読んだけど……」


 ……武器ドロップは、あることはあるけど、すっごく珍しいことだからまあいいやって思ってた。でも、ドロップしたら魔石よりもお金にはなる物だから……ああ! すごい収入源を逃してる、あたし⁉ いつの間に⁉ やっぱり鈴木くんに騙されてる?


 鈴木くんの背中に悪魔みたいなコウモリっぽい黒い羽根があるような気がしたけど、本当に気のせいだろうか、と、あたしは思った。





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